ファイル41恋心窃盗事件―王子からの挑戦状―
「今回みたいなことがないか心配だから、今度は私が同行して、アイリーンの捜査に危険がないかを見ることにするよ」
「え!」
エドガーが突如、アイリーンの捜査に同行すると言い出した。
驚くアイリーンだったが、殿下には探偵活動を支援してもらっているのだから、監視ぐらいは当然かと思い直して、承諾しようと考える。
「いいです」
「だめ! だめ、絶対だめに決まってるだろ!」
「そうですよ、エド! 仕事はどうするんですか!?」
クラウスとアーサーは、捜査への同行に声を荒げて猛反対する。
そんな二人を鎮める様にエドガーは、「二人とも落ち着け」と言って、優雅にティーカップを取る。
「これが落ち着いていられるかって!」
それでも言い募るアーサーに、ゆっくりと落ち着いた威厳ある声で、エドガーは話を続ける。
「まずは話を聞け。何もずっと同行するわけじゃない。ひとまず一回だ。私の予定的にもそれ以上は厳しいだろう。もしも、二度目があるとしても時間は空くと思う」
怒っているわけではないのに、他を従わせる風格、アイリーンは思った。
(すごいわ。これがカリスマ! これが王者の風格なのね! 流石怪盗プリンスだわ)
アイリーンの見当違いな尊敬は、心の中に留めているため、誰にも突っ込まれることはない。
その間もエドガーは、話を続ける。
「私はアイリーンを支援している立場だ。今回のようなことが起きては、ポーター侯爵家にも顔向けができない。だから自分の目で、アイリーンの捜査の安全性を確認するまでは、彼女の探偵活動は応援できないな」
「ぐっ」
「確かに……」
従者二人は、巧妙に正論を織り交ぜた話術で反論の余地なく、頭を抱えて沈黙した。
勝利を確信したエドガーは、すぐにふわりと雰囲気を和らげてアイリーンの方を向く。
「と、いうわけで、反対する者はいなくなった。今度二人で城下を見ようか」
「分かりました! 捜査に殿下が来てくださるなんて光栄ですわ」
「喜んでもらえてよかったよ」
絶妙に嚙み合わない会話を繰り広げる妹と主にアーサーは、頭痛がするのを感じた。
(エドのやつ! それっぽく言ってるだけで、完全にお忍びデートだろ! アイリーンも気付けよ!)
兄の思いに反応したのかは分からないが、アイリーンが「あっ」と声を上げた。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ。その」
アイリーンは言いよどむ。
(ど、どうしましょう。殿下が来てくださるのに、肝心の依頼がないわ! 依頼がない日なんてアランと遊んでるだけよ)
アイリーンは困った顔で、依頼がないことを正直に話すか迷っている。
エドガーは王子様スマイルを浮かべ、優しくアイリーンの肩に腕を回す。
アーサーのところからギリィッと音が聞こえた。
「何かあるなら遠慮しないで言ってごらん?」
「あ、あの殿下! 申し訳ありません! 私まだあんまり依頼をいただけていなくて、殿下がご覧になっても、捜査する事件がないかもしれませんわ」
しょんぼりと肩を落とすアイリーンに、天使のような悪魔がにっこりと微笑む。
「アイリーン、そんなことは気にしなくていいんだよ」
「でも……」
「でも、君が気になるなら、一つ仕事を依頼しよう。むしろ私からの挑戦状だと思ってくれていい」
エドガーはそう言ってアイリーンと視線を合わせる。
「挑戦状、ですか?」
アイリーンは小首をかしげる。
すっかり話に気を取られて、肩を抱かれていることにも、エドガーの尊顔がとても近い距離にあることにも気付いていない。
エドガーは頷くと、ゆっくりと秘密を語るように話始めた。
「そう。アイリーンには私の好きな人を探してほしい。もちろんヒントはあげるよ。推理してみて?」
「え! す、好きな人ですか!?」
目玉が飛び出そうなほど驚くアイリーン。
(え? 殿下に好きな人? やっぱりいらっしゃったのね! ひょっとしてベリンダかしら? いいえ。まだ分からないわ。しっかり捜査していかないと!)
すっかりやる気がみなぎっている様子のアイリーンに、エドガーは内心苦笑する。
(少しぐらい妬いてくれてもいいのに。まぁまだ始まったばかりだしね)
従者二人は何も言わずに空気に徹しているが、実際のところこの勝負の行く末を不安に思っているのだった。
(ねぇアーサー、大丈夫なのでしょうか? アイリーン嬢が悲しむのでは?)
(大丈夫だろ。むしろ俺はエドが負ける方に賭けるわ)
一瞬のアイコンタクトで、二人は言葉を交わす。
エドガーは気を取り直したのか、ごほんと咳ばらいをしてから話を続けた。
「ブローチ事件の時も素晴らしい推理力だったよ。ちょっとした余興だと思って、他の事件の間に推理してみてよ。私からの宿題。できたら、ん~とっておきのプレゼントをあげるよ」
「わかりました! あの、期限はいつまででしょうか?」
「期限は……特に決めていないのだけど、そうだな。四年かな? できれば早い方がいいよ」
「随分長期間ですね。その間に殿下は成人されますし、好きな人も変わってしまうことがあるのではないですか?」
アイリーンは素朴な疑問を口にする。
「確かにその可能性もあり得るけど……でも私はね、もう彼女以外は愛せそうにないんだ」
「そんなにもお好きなのですね。素敵ですわ! 必ず殿下の好きな方を見つけてみせます!」
そう言って拳を握り締め、気合十分のアイリーンに、エドガーは微笑む。
「ということで、アイリーン。君には捜査してもらわなければならないからね。報告会以外にも、頻繁に会いに来てもらおうかな。何なら、一緒に住もうか」
「えっ!」
至近距離で甘ったるく誘うエドガーに、アイリーンはようやく赤面しながら逃げようとし始める。
その時、今まで震えながら我慢してきたアーサーが遂に爆発した。
「黙って聞いてりゃ、ダメに決まってんでしょーが! お兄様許しません!!」
「お、お兄様!」
アイリーンの肩に回されていたエドガーの腕を払い、妹を抱き上げて自分の後ろへ庇う。
一瞬でそんなことを成し遂げた兄に、アイリーンは尊敬の眼差しを向ける。
「残念」
エドガーは全く残念そうには見えない顔で肩をすくめてそう言うと、さっきまでの色気を消して、清廉な印象の笑みでアイリーンを見つめる。
「まぁ一緒に住むのは冗談にしても、今までより頻度を上げたいからね。せめて一週間に一度は来てもらうよ。あ、忙しい時は無理しなくていいからね」
「は、はい。分かりましたわ!」
アイリーンは元気よく返事をする。
本当に理解できているとは思えないが、そんな彼女にエドガーは笑みを深める。
「うん。それでは、一週間後、捜査に同行させてもらうよ。頑張って私の好きな人を推理してね」
こうしてこの日の報告会は終了し、後は気のすむまでアイリーンにお菓子を食べさせたエドガーなのだった。
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