ファイル40恋心窃盗事件―王子の覚醒―

 幼児失踪事件後、アイリーンを送り届けて城に戻ったエドガー達は、後始末と各種処理に追われていた。

 クラウスとアーサーが必死に新しい孤児院の立て直しや優秀な先生を探して手配する中、はぁ、と、物憂げな表情のエドガーがため息を吐いた。


「珍しいですね。エドがため息なんて、どうしたんですか?」

「やめとけクラウス。関わってもろくなことがないぞ。馬に蹴られたいのか?」


 首を傾げて尋ねるクラウスに、アーサーは呆れた顔で首を横に振る。

 そんな二人の話には答えず、エドガーは口を開く。


「ねぇ。二人とも。私は、気付いてしまったんだ……」

「何にですか?」

「やめとけって」

「もちろん、アイリーンが可愛いことにだよ」


 国家の危機でも話すような神妙な顔で、エドガーそう告げる。

「はぁ……」

「ほらな。相手するだけ面倒だぞ」

 クラウスの表情にも呆れが混ざり、アーサーに至ってはやれやれと首を振って、ため息を零す。


「ひどいな、二人とも」

「というか、お前は否定してたけど、どう見てもアイリーンに興味持ったあの時点で、お前アイリーンに惚れてただろ」


「そう、かな?」

 驚いた様子で、エドガーがアーサーを見る。


「誰にも興味なかったお前が、あれだけアイリーンにかまい倒しといて……今更だろ?」

「……そう言われると、なんだか照れるね」

 そう言って、わずかに頬を染めるエドガー。


「で、婚約するのか? 自覚のない時点で随分外堀埋めてるけどな。両親も絶対反対しないわ」

「私の両親もアイリーンなら大歓迎だと以前から言われているし、その辺は問題ないよ。でも、まだ言わない」


「え。なんで?」

「告白しないのですか?」

 驚くアーサーとクラウスに、令嬢たちが見たら卒倒しそうな美しい笑みを浮かべて、エドガーが告げる。


「せっかくだから彼女に推理してもらおうと思ってね」

「はぁ?」

「意味が分からない……」


 呆れを通り越してぐったりした友人たちを見ながら、ニヤリと悪戯を考えた子供の様に笑う。


「ふふ。名探偵に挑戦しようじゃないか。僕の好きな人を当ててもらおう」

「……もし当てられなかったら? アイツ鈍いぞ?」


「その時は次の手を考えるさ。それに」

 エドガーは甘やかに色っぽく微笑む。


「態度で示していかないとね? ふふふ」

「あーそうですかー」


 やってられないわーと言いたげに仕事に戻るクラウスとアーサー。

 そんな彼らを気にもせず、エドガーはアイリーンの心を射止める作戦を考えるのであった。


 **********


 王宮内のある意味不穏な空気など、全く知らないアイリーンは、幼児失踪事件からしばらくは平和な毎日を過ごしていた。

 変わったことと言えば、新しい家庭教師が来たことだろう。


 突如追加された高度な行儀作法の授業に、アイリーンは疑問を持っていたが、もともと好奇心旺盛な彼女は、なんだかんだと楽しそうに教わっている。


 そして事件後、初の定期報告日を迎えた。

 アイリーンは城について早々に、何度も訪れた王宮の応接室へと呼ばれる。


「やあ。アイリーン。よく来たね」

 部屋に入ると、麗しく微笑むエドガーが、アイリーンを手招きしており、彼の後ろには虚無の表情を浮かべるアーサーとクラウスが控えている。


「ご機嫌様。エドガー殿下。お招きいただきましてありがとうございます」

 優雅にカーテシーを見せるアイリーンに、エドガーは何故か不満気な顔をする。


「アイリーン。ここには私たちしかいないんだから、堅苦しいのは抜きだよ。前にも言ったでしょ? さ、隣においで」

 そう言ってアイリーンの手を引くエドガーに、彼女は頬を染めて困惑する。


「で、ですが!」

「あー、アイリーン。諦めろ」

「なっ」


 実の兄からの最後通告により大人しくなったアイリーンを、今のうちにとソファーに座らせたエドガー。

 無駄のない所作でさっとアイリーンの隣に座ると、メイドたちがあっという間にお茶会の準備を始める。


(うーなんで殿下はこんなに近いのかしら? そして今日はいつも以上に、色気がすごいわ。殿下の目が細められているのって素敵……はっ! もしかして殿下は……目が悪いんじゃ?)

 そう思ったアイリーンは、親鳥の様にかいがいしくお菓子を差し出すエドガーを正面から観察する。


「アイリーンこれ美味しいよ。こっちも食べてみて」

 正面から見つめ合った二人。眩しそうにとろけるような表情で、エドガーの目が細められる。


「……エドガー殿下」

「どうしたんだい? アイリーン」

 見つめ合った二人にどことなく甘い雰囲気が漂い、クラウスとアーサーは驚きの表情を浮かべる。


(お、俺の妹が、目の前で大人の階段上っちゃうのか!?)

 焦るアーサー。


 嬉しそうなエドガー。徐々に近づく二人の顔。

 拳一つ分ほどの距離にまで近づいたとき、アイリーンが口を開いた。


「エドガー殿下は、もしかして……目が悪いのですか?」


「ん?」


 その瞬間、急速に冷え切る場の空気。

(うわ~! アイリーン! バカ! もう、そのままキスでもされてりゃよかったのに!)

 兄の内心は、滝のごとく冷や汗があふれ出して止まらない。


 急速冷却されてもなお、笑みを浮かべられるエドガーは、流石一国を担う王子である。

 思わず引きつりそうになる口元を、鋼の筋力で制し、目を見張るような王子様スマイルを浮かべて見せる。


「どうしてそう思ったの?」

「だって、最近殿下が近いので……それによく目を細めて笑ってらっしゃるので、見えにくいのかなって」


 頬を染めて、おずおずと推理を口にするアイリーン。


(やっぱり兄のアーサーが言うだけあるな。分かってはいたけどね。まぁ恥ずかしそうにしているのも可愛いから、今はいいか)

 エドガーは、完璧なポーカーフェイスで心を隠すと、それとなくアイリーンのフォローをする。


「ふふ。残念だけど、その推理は、はずれだよ」

「そ、そうなのですか。ではなぜ殿下はそんなに近いのですか?」


 きょとんと小首をかしげるアイリーンの手を取り、そっと握るエドガー。

「それはね……秘密かな。当ててみて」


 ますます頭に疑問符を浮かべるアイリーンだったが、エドガーはそれ以上その話をするつもりはないようで、「それより」と先ほどまでの笑顔とは打って変わって真剣な表情で話始める。


「アイリーン、今回の事件。一歩間違えれば大変なことになっていたのは分かっているよね?」

「は、はい! 申し訳ありません!」


「あれほど無茶はしないでと言ったのに、眠らされて牢に連れていかれて……もっと怖い目にあっていたらどうするの?」

「……」


 エドガーの言葉に自覚があるアイリーンは、しょんぼりと肩を落として話を聞いていた。

「そこで、今回みたいなことがないか心配だから、今度は私が同行してアイリーンの捜査に危険がないか見ることにするよ」


「え!」

「は?」

「ええっ!」


 広い応接室に、三人の驚嘆の声が響いた。

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