ファイル39幼児失踪事件―解決―
「……ン! ……リーン! アイリーン!!」
誰かに呼ばれている声がして、アイリーンは目を覚ます。
彼女の眼前に広がるのは、ラピスラズリのような濃紺の瞳と、滑らかな絹糸のようなプラチナブロンドの髪。
「……エ、ドガ、でんか……?」
アイリーンが寝起きの働かない頭で名前を呼ぶ。
それを聞いて、先ほどまで鬼気迫る表情をしていたエドガーに、安堵の表情が浮かぶ。
「よかった。気が付いて」
「私……どうして? あ! マギー! 殿下、マギーはどこですか!?」
「落ち着いて。君の従者なら大丈夫だよ。隣の部屋で寝てる」
「そう、ですか……よかった」
アイリーンの体から力が抜ける。が、何かに気付いたように、目を見開いた。
「……あ! 殿下! も、申し訳ありません! 殿下の腕に私の全体重がご迷惑を!」
何故かエドガーは、ソファーの上でアイリーンを抱きかかえていたのだ。
アイリーンは飛び起きようと慌てて上体を起こそうするが、エドガーはそれを止めると、再度自分の胸に彼女を抱きしめる。
「ああ、いいから。急に動いちゃだめだから暫くこのまま。命令だよ」
「ええっ!? そん、な……」
恥ずかしさで目が潤み、泣きそうなほど真っ赤になったアイリーンの頭を撫でながら、エドガーはさりげなく話を変える。
「そんなことよりアイリーン。君はどこまで覚えている?」
「え? あ、そうでしたわ。マギーが倒れて、モラン神父に薬品を嗅がされたところまでです。ここは、教会の中ですか?」
「そうだよ。ここは教会の医務室だ。君は眠らされた後、マギーと牢に閉じ込められたんだ。君と一緒に来た司書騎士達が、君たちの姿が見えないことを不審に思って、たまたま近くを視察中だった私たちに助けを求めに来たんだ」
エドガーは微笑みながら、息をするように嘘を口にする。
本当は、彼女に付けている護衛騎士が、教会潜入と同時にエドガーへ連絡しており、彼女が教会に入ってから三十分経った時点で、何もなくても突撃するつもりだったのだ。
そんなこととはつゆ知らず、すっかりエドガーの話を信じたアイリーンは、ほうっと安心したように息を吐く。
「まぁ。そうでしたのね。偶然に感謝しなくては。殿下、助けていただいて本当にありがとうございます」
そう言って頬を染めたまま満面の笑みを見せるアイリーンに、エドガーはどきりと鼓動が高鳴るのを感じた。
それから、彼女の体に触れている部分が、熱を持っているようなそんな気がしてきた。
(あ、れ? 何か変だ。アイリーンが可愛い。いや、いつも面白くて可愛いんだ。そうなんだけど、いつも以上に愛らしくて……それで)
剣技のために鍛えられた自分とは違う、アイリーンの柔らかい身体に、ふわりと香る甘い香り。
この時、エドガーは確信をもって実感した。
(ああ、そうか。私は、アイリーンのことが好きなのか――)
「エドガー殿下? どうかしましたか?」
「! ううん。何でもないよ」
エドガーは慌ててアイリーンから視線を外す。
彼はすぐに空気を変えるため、事件解決の話を続ける。
「あ、それでね。調査の結果、この孤児院の地下は、モラン神父が子供を教育している場所だったことが分かった。素質のある子供を見つけては、この地下で暗殺者を育てようとしていたんだよ」
「そんな……」
「君の探していたマルコという少年は、ここで頑張れば、母を助けられるヒーローになれると言われて連れてこられたようだ。他の子供達にも話を聞いたが、地下に部屋のあった子供達は大体そう言って連れてこられたらしい」
「そうだったのですね。あの、上の階にいた子供達は?」
「彼らは、地下の子供達のことは何も知らなかった。近くに住んでいる子だと思っていたと話している」
エドガーは話を続ける。
「モラン神父は逮捕したよ。シスターも連行して話を聞いている。孤児院は新設し、新しい院長とちゃんとした職員を雇うことにした。無理やり連れてこられた子供達も親元に帰る手はずを整えているよ」
「ありがとうございます」
アイリーンは安堵の表情を浮かべ、子供達が心配だったと口にする。
(ああ。ダメだ、可愛くて仕方がない。面白い子だからと恋愛感情もなく選んだはずたったのに。だが、すぐに事件に流されて、私の腕の中だということを忘れているところが、少し憎らしい)
さっきまでエドガーの腕の中で頬を染めていたはずが、事件の話をすれば簡単に流されてすっかり普通にしているアイリーンに、何とも言えない悔しさを覚えるエドガーだった。
事件解決に無邪気に喜ぶアイリーンが口を開く。
「マルコや皆さんに会えますか?」
「うん。じゃあ案内しようか」
エドガーは毛布ごとアイリーンを抱き上げて、部屋を出る。
「えええっ! 殿下っ、下ろしてください! 自分で歩けますわ!」
その暴挙にゆでだこになったアイリーンが暴れるが、「まだ動いちゃだめ」と押し切って大人しくさせたエドガー。
(まぁ、そこも可愛いからいいか)
エドガーは腕の中の柔らかな彼女を、まるで宝石を触るときの様に丁寧に、優しく運んだ。
姫抱きされたアイリーンとエドガーの登場に、扉の外で待っていたアーサーとクラウスは呆れた表情を見せた。
「はぁ~。言いたいことはいろいろあるが、まぁとりあえず、アイリーン、無事でよかった」
「お兄様もクラウス様も、殿下と一緒に視察に来ていらっしゃったのね。ありがとうございます」
「いえ。ご無事でよかったです。従者の方も先ほど起きられましたよ」
その後二人に案内されて、アイリーンはマギーと感動の再会を果たした。
「お嬢様!! 申し訳ございません。私が付いていながら、お嬢様に危害を……」
「そんなこといいのよ。二人とも無事なんだから」
マギーはアイリーンとの再会に目を潤ませたが、それ以上に王太子殿下に姫抱きされて現れた主人に混乱した。
アーサーも止める様子はなく、容認しているところを見て、マギーは今更ながらに、自分の嫌な予感が当たったかもしれないと思いいたる。
アイリーンの王太子殿下についての情報は、彼女自身の鈍感フィルターによってかなり精度が落ちていたらしい。
(うわ、お嬢様。平気そうな顔してますけど、状況分かってますか? 殿下の顔、見たほうがいいですよ。これは本格的に王妃教育に力を入れないと)
そう心の中で主に語り掛けるが、伝わるはずもない。帰ったらすぐ家庭教師の采配を相談しようと思うマギーなのだった。
それから、アイリーンはフィリップともう一人の司書騎士と合流し、無事を報告したり謝罪をした。
司書騎士二人は、アイリーンとエドガーを見て驚愕に目をかっぴらいたし、大げさなぐらい謝罪を言って、アイリーンを驚かせた。
その後はマルコと会って、自宅に帰る彼と少し話をした。
彼によると図書館の本を一冊返したのは、それが予約されていることを知っていたからだった。
残りの二冊は、よく母に読んでもらったため、寂しくてどうしても返せなかったとのことだった。
「おねえちゃん、ありがとう!」
最後にそう言って嬉しそう笑ったマルコは、迎えに来た母と一緒に自宅へ帰って行った。
こうして、幼児失踪事件の幕は閉じた。
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