ファイル38幼児失踪事件―危機―
暗がりに発光する【王立図書館】の文字。
マギーがほうと感嘆の息を漏らす。
「これが……」
「紫外線に発光する特殊インクね。これがあるということは……ここにマルコがいる可能性が高くなったわね」
そう言ったアイリーンの顔は、今まで以上に真剣な表情だ。
「他の部屋も全て子供の部屋ね。この部屋の主がマルコなのか確信はないけれど、その可能性は高いわよね」
「本人はどこにいるのでしょう?」
「多分、この通路の奥、一つだけドアの閉まっている部屋があったでしょう? そこが怪しいと思うの」
アイリーンとマギーは、部屋を出ると通路の一番奥まで進む。
木でできた古そうな扉は、所々朽ちていて、奥から光と音が漏れている。
アイリーンは、手近な場所に開いていた穴から、中を覗いてみる。
(なに、ここ? あれは遊具? ……じゃないわよね)
彼女は部屋の中の光景に困惑する。
部屋は上の礼拝堂ぐらいの大きさだろうか。数人の子供達がいるのが見える。
子供達は互いに話すでもなく、それぞれに遊具のようなものに向き合っていた。
ある子供は、ロープに吊るされた重りを、何かの棒で止めることを繰り返している。
またある子供は、砂の入った大きな袋に強烈なパンチを繰り出している。
(この子達は何をしているの? 特訓? 何かの訓練のようなものかしら?)
アイリーンは訳が分からないまま、様子を覗き続ける。
子供をしばらく見ていると、そのうちの一人が、先日モラン神父と一緒に本を運んできた少年だと気付いた。
それからもう一人、黒髪、黒目の少年が、本を読みながら、他の子供達を見ている。
捲り上げた袖から見える彼の腕には、はっきりと残る痣が。
(イーシャさんの言っていたマルコの特徴!)
すぐに知らせないと、そう考えたアイリーンが、マギーの方を向こうとした時、ふと、自分の上に影が出来ていることに気付く。
(誰? マギー?)
ドサッ――
横で何かが倒れる音がし、音の方を見るとマギーが倒れていた。
(うそ! まさか)
アイリーンは嫌な予感がして背筋がぞわりとする。サッと顔色を失うような心地がして、震えながら、恐る恐る後ろを振り返った。
「困りますなぁ。勝手に動かれては」
口元に微笑を浮かべたモラン神父が立っていた。
「!」
神父の口元は笑っているのに、目は全く笑っていない。アイリーンはそんな表情に恐怖を覚える。
「すみません、お嬢さん。眠っていただきますよ」
「……マ、ギィ」
薬をしみこませた布で口と鼻を覆われたアイリーンは、大人相手になすすべもなく崩れ落ちる。
そのまま、深い眠りに落ちて行ったのだった。
**********
数日前のフォグラード城。
エドガーは供の二人を連れて、アイリーンを護衛している騎士を呼び出した。
エドガーは護衛騎士から定期的にアイリーンについての報告を受けているのだが、今日は彼女が気になる報告をして帰ったので心配になり現状を聞くことにしたのだ。
「それでアイリーンが追いかけている事件について詳しく話してくれる? そんなに深刻な事件なの?」
そう言う彼の表情は少し険しい。
エドガーにとっては、アイリーンが額へのキスを忘れて、普通に事件報告してきたことが、どうにも不服だったからなのだが、彼自身この不快の理由を知らないままでいた。
哀れな護衛騎士は、何か粗相をしたかと冷や冷やしながら、報告を始める。
「うん。内容自体はアイリーンと一緒だね。君はアイリーンに危害が及ばない様に細心の注意を払って護衛を続けて。他の護衛達にも周知するように。アイリーンが孤児院に行くときは知らせてくれ」
「はい!」
エドガーは「それから」と、従者でもありアイリーンの兄でもあるアーサーを見る。
「アーサー。孤児院についてと神父について詳しく調べてくれ。何か嫌な予感がする」
「了解」
優秀なアーサーは次の日にも多数の情報を掴んで、エドガーに報告した。
「エド! あのモランって神父、ちょっとした不穏分子だぞ」
アーサーの報告によると、孤児院の院長、モラン神父は他国の出身で、他国の裏では少し名の知れた王権政治過激派だったようだ。
他国からの移籍ということで、入国の際は調査されているはずだが、その後、特に何の危険もないと野放しになっているらしい。
「近所の住民の話じゃ、時々物騒な連中が入り込んでるらしいぜ。厳つい大男とか、荒くれ物が」
「……」
「ちなみに、入国当時の彼の後ろ盾になった貴族は、モリアーティ伯爵だ」
「そう……モリアーティ伯爵のことは、よく知らないんだ。よく頭の回る人だとは聞いているけれど」
エドガーは思案顔になるが、すぐに決断を下す。
「一先ず、モラン神父だね。そんな危ないところに彼女を行かせるのは嫌だけど、止めるわけにもいかないからね。騎士からの連絡を待つ」
「わかった。でもこの調子なら、すぐにでもアイリーンは、孤児院に潜り込む作戦に出るだろ。どうするんだ?」
アーサーが不安げな顔で、疑問を口にする。それが、妹の安否と、主の行動、どちらについての不安なのかは彼にしか分からない。
「その場合は、助けに行くよ」
「どうやって?」
その質問に、エドガーがにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべるのを見て、アーサーの顔が引きつる。
「平民街の視察中に、近くで事件が起こったら、この国の王太子として見過ごすわけにはいかないよね」
「うわ」
アーサーは目元を手で覆うと、天を仰いだ。
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