ファイル37幼児失踪事件―潜入捜査―
「ニックの持ってきた情報は本当だったということよ。マルコは、孤児院に行ったのだわ」
静まり返った部屋に、アイリーンの凛とした声が響き渡る。
「それでは、彼はまだ孤児院に?」
「それを調べたいわね。もしいるのなら、どうして神父は他にも子供達がいることを隠しているのか」
「しかし不思議ですね。彼が借りた本は、まだ二冊あります。一冊だけが帰ってくるなんて……しかもこの本が、次の予約があった本なのですよ」
「他の二冊は、どんな本なんですか?」
「他は昔ながらの童話です」
フィリップの話を聞いてアイリーンは、思考の海に潜り込む。
(予約した人のために早く返そうとした? それとも童話を手元に残すことに何か意味が? うーん、まだよくわからないわ)
アイリーンは捜査のために必要な情報を集めることにした。
「フィリップ。来週も一緒に孤児院に連れて行ってほしいわ。マルコがいないか孤児院に潜入したいの」
「わかりました」
**********
それから一週間の間に、アイリーンはガーネットチルドレンに更なる情報集めを頼み、エドガー殿下にも手紙で事の次第を報告した。
【次に孤児院に行く際は、こっそり乗り込んで調べるつもりです】といった内容が書かれた手紙に、エドガー殿下が大慌てで警備兵を強化したのだが、アイリーンは知る由もない。
そして待ちに待った、当日。
アイリーンはマギーと一緒に荷馬車に揺られている。
今回はフィリップの案で、マギーとアイリーンを孤児院の手前で降ろし、他の司書騎士と二人で移動図書館を担当するということになった。
こっそりと裏口から侵入するのがアイリーンとマギーの仕事である。
「それではアイリーン様、マギーさん。気を付けて。何かあったら叫んでください」
「ええ。ありがとう」
フィリップと握手を交わしたアイリーンが、背を向けようとしたところ、「あ、アイリーン様」と声がかかった。
「どうしたの?」
「これを、貴女にお渡ししておこうと思いまして」
フィリップが眼鏡を押し上げる。
そっと差し出された手の上には一本のライトがあった。
「ライト?」
「ええ。それとこれも」
小さな青い板を渡される。もとは透明の板らしいそれは、青を基調としているが、他の様々な色で重ねて塗られていて、形容しがたい色になっていた。
「これは?」
アイリーンが首をひねり、しげしげと渡された板を見ている。
「特殊なフィルターです。これを、ライトの前にかざして、こうすると――」
フィリップがライトの光が出る部分に板を付け、明かりをつけると、黄色がかった白い光が、たちまち深海を思わせるような暗い色になった。
「これは、特殊な文字を見つけるためのライトです。先日貴女が聞きたいといっていたことです。王立図書館の本の盗難防止につけられた、シールも印鑑も消されている場合、このライトを使って特定していました。このライトで照らすと、本の表紙に隠れている文字が発光します」
「そうだったの! ありがとう、フィリップ。絶対マルコを見つけてみせるわ!」
「お気をつけて」
そう言うとフィリップは馬車に戻り、正面の入り口から入っていく。
子供達と神父、シスターが出てきた。子供は十五人いる。
「マギー! 私たちも行くわよ!」
「はい」
彼らが子供や神父の目を引き付けてくれているうちに、アイリーンとマギーはこっそりと教会の裏手へと回り込む。
勝手口を見つけた二人は、アイリーンの【探偵七つ道具】のうちの一つ、針金とロープを使って閂を開ける。
「よし、開いたわ」
「流石お嬢様。こんなことができる令嬢いませんよ」
「すごいでしょ! っとここからは黙って行くわよ」
小さな声で言葉を交わすと、アイリーンはこっそりと中を窺い、そっと身体を滑り込ませた。マギーも続く。
入った部屋は厨房のようだ。周囲には人影も見えない。
二人は足音を鳴らさない様に、こっそりと厨房を出ると、周囲を警戒しながら廊下を歩く。
(もしもモラン神父の言うことが正しければ、今この建物の中には誰もいないはず)
彼女達は子供達の住んでいるらしい部屋を四つ見つけた。簡素で割と大きめの部屋には、二段ベッドが複数ある。
(子供達は四人一部屋なのね。部屋の数と子供の数はほぼ一緒……あら?)
廊下を更に奥へと進んだ二人は、神父の使っているらしい司祭室を見つけた。
司祭室の脇にはもう一つ扉があり、掃除道具が立てかけられている。
(司祭室の横に掃除道具置き場? しかもドアが開きっぱなしなんて)
その様子に違和感を感じたアイリーンは、ぐっと目を凝らしてその光景を見る。
(これ、もしかして布かしら? まさか!)
アイリーンがそっと掃除道具に触れようと手を伸ばすと、全く触れない。掃除道具は平面、つまり絵だったのだ。
「マギー、これ」
「随分精巧な絵ですね。この布動きますね」
彼女は触れた掃除道具入れを軽く横にずらす。
奥は暗く狭いように見えたが、よく目を凝らせば道が続いていた。
「見て、後ろに道があるわ。行ってみましょう」
暗い通路をアイリーンたちはゆっくりと進む。
しばらく進むと暗がりの中に明かりが見えてきた。
こっそりと周囲を窺い光の差す方へ向かうと、ろうそくが灯された廊下に複数の扉がある。
一番奥の扉以外は空いていて、ベッドや机、家具が配置されている。
誰かが住んでいそうな生活感のある一人用の部屋だ。
一番手前の部屋の中を覗く。
一番殺風景な部屋だ。ベッドと机、そして机の上に一冊の本たったこれだけ。
(この部屋……まだ、新しい感じがするわ。この絵本マルコが借りたものと同じタイトルね)
アイリーンはフィリップにもらったライトをつける。
本には、図書館のシールも印鑑もない。
(あれを試してみる時ね)
そう思った彼女はフィルターを付けて、絵本を照らす。
その瞬間、アイリーンとマギーの目が驚愕で見開かれた。
「!」
「お嬢様! これ!」
「ええ」
ぼんやりと青白く光るライトの光で照らされた本の背表紙には、でかでかと【王立図書館】の文字が光り輝いていた。
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