ファイル36幼児失踪事件―孤児院訪問―
移動図書館の開店準備を終えて待っていると、子供達とモラン神父、そしてシスターが現れる。
アイリーンの目がきらりと光る。
子供達の服装は簡素だが、それなりに清潔感もある。
がりがりにやせ細ったような子もおらず、健康状態もまずまずといったところだろう、と彼女は推測した。
「わー! えほんー!」
「こないだの続きはー?」
きゃっきゃとはしゃぎながら、走ってくる子供達は、とても楽しそうだった。
(皆、移動図書館を楽しみにしていたのね。不当な扱いを受けているような感じはしない。ニックの言っていた噂は、ただの噂だったのかしら)
無邪気に思い思いの本を手に取り、読み始める子供たちを何気なく視線で追う。
ここにいる子供たちは十五人。
アイリーンは行方不明となった少年の容姿や特徴を思い出しながら、子供達の外見とそれとなく見比べる。
外見に見える特徴の髪色や目の色は、珍しいものではない。現にこの子供たちの中にも黒髪の少年が数人いる。
重要な手掛かりになりそうな腕の痣は、この状態では流石に見るのも難しい。
(これじゃ痣は調べられないわね。今日は様子見かしら。それに……)
アイリーンは、偶然を装って教会の入り口付近にいるモラン神父を盗み見る。
穏やかな表情を浮かべて笑っている彼だが、ニックの調べた情報が間違っていたことは今までかつてない。
(何か裏の顔があったりして……何度か通ってみたいわね)
そう決心して、アイリーンは司書騎士見習いの仕事をこなした。
時はあっという間に過ぎ、移動図書館のお開きの時間となった。
図書館を片付けている最中、アイリーンはフィリップにお使いを頼まれた。
「こっちは大丈夫ですから、アイリーンには本の回収をお願いしてもいいですか? あの袋を取って、孤児院の中でモラン神父に声をかけてください。重いかもしれないのでマギーも一緒に行ってください」
「分かりました」
アイリーンは司書騎士見習いということになっているので、普段とは会話の内容も敬語も違う。
アイリーンは大きくうなずくと、一緒に積み込まれていた袋を持ってきて、マギーと共に孤児院の中に入って行った。
礼拝堂の中央で遊ぶ子供達とシスター。彼らを遠巻きに見ているモラン神父にアイリーンは声をかける。
「モラン神父。返却予定の本がありましたら、お預かりします」
「おお。もうそんな時間ですかな。少しお待ちください」
モラン神父はそう言って、礼拝堂の奥の部屋へと入って行った。
暫くすると神父と男の子が、両手にごっそりと本を抱えて戻ってくる。
「お待たせいたしました。今日返す本は事前に子供達から集めておるのですが、今週は多くて」
「すごい量ですね。この袋に入れてください」
アイリーンとマギーは袋を開いて、彼らが持ってきた本をごっそり受け取る。
「ありがとうございました。こんなに沢山の本を借りておられるなんて、こちらの孤児院は何人ぐらいの子供がいるのですか?」
アイリーンはそれとなく内情を探る。
「今は十五人ですね。一人三冊まで貸していただけるので、複数冊借りた子も多いのですよ」
「そうなんですね」
アイリーンは素早く思考を巡らせる。
(外に出てきた子どもで全員という訳ね。でも、この本を運んできた少年、いなかったような気がするのだけど……今は何とも言えないわね)
その場で二、三言交わしてからアイリーンとマギーは、とても重たくなった袋を持ってフィリップのいる荷馬車へと懸命に運んだ。
彼女達が途中まで来たところ、すでに片付けの終わっていたフィリップがやってきて、二人の持っている重たい袋を受け取る。
「重かったでしょう。持ちますよ。返却の手続きは戻ってからやります」
そしてモラン神父と子供達に挨拶してから、三人は馬車で王立図書館に戻るのだった。
「それで、アイリーン様。怪しい所はなかったですか?」
フィリップが馬を操りながら尋ねる。
「そうね。今のところは何とも言えないわ。ただ……」
「何か気になることでも?」
フィリップが首を傾げる。
「さっき孤児院の子供の人数を聞いたの。モラン神父は十五人って言っていたのだけど、本を持ってきてくれた子の顔、見覚えが無かったのです。マギーはあの子の顔覚えている?」
「モラン神父と一緒に持ってきてくれた子ですよね。確か……移動図書の最中には見なかったと思います」
マギーの答えに、アイリーンが頷く。
「そうなのよ。私もあの子がいるところを見なかった。だけど、移動図書を見に来た子供達は十五人。つまり移動図書に来た子供達で、あの孤児院にいる子供は全員ということよ」
「っ! 確かに、見覚えのない子がいるのは、おかしいですね」
「でも、何故神父はそんな嘘を?」
驚いたフィリップが、ずり落ちた眼鏡を慌てて直し、質問する。
「そこはまだ分からないけれど、少なくともあそこの孤児院にはもっと人がいるはずなのよ。それを隠したい何かがあるんだわ」
それ以降アイリーンは考え込んだ様子で黙り込む。
帰りの馬車では、馬車の車輪と荷物の揺れる音だけが響いていた。
王立図書館についたアイリーン一行は、フィリップの後について、カウンター奥の事務所に入る。
大きな机のある会議室のような部屋にやってくると、フィリップが持ち帰った袋を机に置く。
「今から先週の貸し出しリストと本の数、タイトルを照らし合わせて、返却忘れがないか確認します。タイトルを読み上げますので、リストに印をお願いします」
「分かったわ」
アイリーンは張り切ってペンを構える。
「マギーさんは、読み上げられた本の貸し出しカードに返却日の記入をお願いします」
「分かりました」
マギーがペンを持って頷いたところを見て、フィリップが「では、始めます」と言って、タイトルを読み上げ始めた。
「——次は、【名探偵シャーリーと碧の洞窟】ですね。……あれ? この本、孤児院に持って行ったか?」
フィリップがタイトルを読み上げた後、怪訝そうな顔でぶつぶつと呟く。
リストの文字を追いかけるアイリーンは、彼の呟きを聞き逃していたのだが、暫くリストを見ると焦ったような声を上げた。
「ん? ね、ねえフィリップ、リストにないわ」
「え?」
「……お嬢様! このカード、見てください」
マギーが貸し出しカードをアイリーンに差し出す。
「この本の最終貸出人、マルコになっています」
「え!」
慌ててアイリーンとフィリップは、カードを覗き込む。
確かにカードに書かれた最後の名前はマルコで、返却期限もマルコがいなくなった日だった。
「どういうことでしょう!?」
「これが、孤児院にあったということですよね」
マギーとフィリップの困惑した声を聞きながらアイリーンは、暫く考えるとゆっくりと口を開く。
「ニックの持ってきた情報は本当だったということよ。マルコは、孤児院に行ったのだわ」
アイリーンの真剣な声が部屋に響いた。
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