ファイル35幼児失踪事件―孤児院の噂―

 捜査報告に来たニック。

 ガーネットチルドレンの捜査によると、行方不明になった少年マルコに似た人物を、教会で見たという目撃証言があった。


「教会? あそこは、身寄りのない子供を集めて、孤児院もしているわよね」

「ああ。俺達も親が死んだとき、入るか迷ったんだけど、結局入らなかった。あそこはちょっと変な噂があってさ」


「変な噂って?」

 小首をかしげるアイリーンに、ニックが真剣な表情で声を潜める。


「あそこに行った子供は少しずつ消えるって噂だ」

「ええ!?」


「もちろん噂だし、孤児院だから、引き取られた子供はいなくなるだろうけど。ま、用心した方がいい場所だな」

「そんなところにマルコがいたかもしれないなんて……心配ね」

 アイリーンの表情は曇る。


「わかったわ。ありがとう。また何かわかったら教えて頂戴」

「お嬢、どうするんだ?」

「どうにかして教会を見に行ってみるわ」


 決意を固めたアイリーンをニックは、心配そうに見て「あまり無理するなよ?」と言ってから去って行った。



 それからアイリーンは、教会の孤児院を訪問するための作戦を考える。


(寄付金と共に訪問というのも一つの方法だけど、もしあまりよくない孤児院だったら、ポーター侯爵家の名前を傷付けてしまうことになるわね。まぁもしもの時はその手で行くしかないけれど、出来れば他の方法を考えたい)


 そう考えていたアイリーンに、さっそく思わぬ好機が訪れた。

 それはニックが報告した翌日。


 解決策の見つからなかったアイリーンは、一先ず王立図書館に足を運んだ。

 フィリップとその上司である館長から、館内でのマルコの目撃証言がなかったことを聞かされた後、アイリーンはニックから聞いた目撃証言を話す。


「——という訳で、潜入する手を考えているのだけれど、いい案が思い浮かばないのよ」

「孤児院なら、移動図書館として本を持って行きますよ」

「え! ほんと!?」


 驚きでエメラルド色の瞳が大きく見開かれる。


「ええ。ここまで来るのは子どもの足では遠いでしょう? 本は意外と重たいですし。そこで、一週間に一度、孤児院に移動図書館を開館しているんです」

「こちらで平民街の子供達に人気のあった本を選び、持っていくのです。もちろん、貸し出しも行っています」


 館長が微笑みながら説明してくれるには、子供達からはかなり好評で頻度を増やすことも検討していたらしい。


「そうだったのね……ね、ねえ! お願いがあるのだけれど! 私をその移動図書館に同行させていただけないかしら?」


 思わぬ好機に驚いたアイリーンは、慌ててテーブルに身を乗り出して、フィリップと館長に詰め寄る。

 その圧力にフィリップは苦笑、館長はたじたじで、流れる汗をハンカチで拭っている。


「かまいませんよ。名探偵アイリーン様の捜査でしたら、ご協力いたします」

「ありがとう! 館長! フィリップ!」

「丁度明日が移動図書館の日ですので、よろしければ」




 そして翌日、アイリーンとマギーは、朝から王立図書館を尋ねた。


 孤児院までは図書館から大きな荷馬車で本を運んでいく。

 普段は二人一組で行っていたらしいが、今回はアイリーンとマギーも同行し三人で向かう。

 狭い荷馬車で揺られながら、彼女たちはフィリップから説明を受ける。


「孤児院には夕刻までいますが、その間は子供たちが好きに本を読めるように馬車前に一人が交代で付きます。後は、次に見たい本のリクエストを聞いたり、借りたい本がある子は貸し出し、手元に借りた本がある子は返却のため持ち帰ります」


「わかったわ」

「貸し出し返却のシステムはどうしているのですか?」

 マギーが疑問を口にする。


「名前を書いてもらってこちらで控えます。返却はまとめて本を預かり、図書館でリストと照らし合わせていきます」

「了解です」


 大体の説明をしている間に馬車は進み、平民街の外側にある街外れの教会までやってきた。

 馬車を教会の表に止めると、三人は教会を見上げる。


 街外れの教会はかなり古く、くたびれた雰囲気を醸し出していた。

 すすけて黒くなった白壁に、所々塗料の剥げた屋根。曇り空の背景も合わさって、重苦しい不気味な雰囲気を漂わせていた。


「随分ぼろぼろね」

 アイリーンがおんぼろ教会を見上げてそう言うと、フィリップが頷く。


「中立区に新しい教会が出来てから、ここは既に教会としては使われてませんからね。手入れも行き届いてないのでしょう」

「だから孤児院として使っているのね」

「ええ。こちらです」


 フィリップに案内され、アイリーンは教会の中へと入る。マギーは荷馬車の見張り番だ。

 アイリーンは、サッと教会内に目を走らせる。


 教会の中は表と同様に、くたびれた様子ではあったが、元教会らしくステンドグラスが輝いていた。

 祭壇には女神像があり、礼拝堂らしく長椅子が複数並んでいる。


(子供たちはこの部屋にはいないのね)

 一人の神父が扉のすぐ正面に立っている。

 にこりと柔和な笑みを浮かべる神父にフィリップは、手を差し出し握手を求めた。


「お久しぶりです。モラン神父」

「これはこれは、フィリップ様。いつもありがとうございます。子供たちも喜びますよ。そちらの方は?」

 フィリップと挨拶を交わした神父が、アイリーンに視線を移す。


「ああ、こちらは司書騎士見習いのアイリーンです。子供達も年の近い子がいるといいかと思いまして、同行させました」

「アイリーンです。よろしくお願いします」


「そうだったのですね。ここを任されているモランと申します。アイリーン様、どうぞよろしくお願いします」

 アイリーンとモラン神父は笑顔で握手を交わす。


「それでは子供たちを呼んで参ります」

「それでは、私たちは準備を。行きましょう」


 モラン神父と別れた二人は馬車まで戻ると、マギーと一緒に荷物を展開して移動図書館開店の準備を始めた。

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