ファイル34幼児失踪事件―捜査会議と報告会―

 手紙での召集を行った翌日、ポーター家の屋根裏部屋兼アイリーンの探偵事務所では、極秘の捜査会議が行われていた。


 整理された屋根裏部屋に、ろうそくの明かりが揺れる。

 ちなみに、この部屋はアイリーンが事務所として使い始めた時に、掃除と改装を行ったので電気はつくのだが、形から入る彼女の要望でろうそくを使用している。


 集まったガーネットチルドレンを見たアイリーンは、如何にもといった神妙な顔で口を開く。

「よく来たわね、皆。今回も手伝ってほしい依頼が来たわ」

 相変わらずのアイリーンに、ガーネットチルドレンの隊長であるニックが呆れた声を出す。


「それはいいけど、お嬢。別にここに呼び出さなくても、手紙で内容書けばいいだろ?お嬢のお陰で俺達文字も読めるようになったし、書けるようになったんだから。しかも、なんで毎回芝居がかった演出なんだ?」

 そんなニックに妹リサが、ふにゃりと笑っている。


「おじょうのおうち、きれいで好きだよ。お菓子おいしい」

「雰囲気があっていいでしょ。リサはいい子ね! 後でカップケーキ食べましょうね! 今回はお父様も追い払ってあるから、足りなくなったりしないでしょうし」


 嬉しそうにアイリーンは、リサの頭を撫でる。

「まぁいいけど。それで、今回は何をすりゃいいんだ?」

 ニックの言葉に、一度破顔した表情をきりりと引き締めて、アイリーンは指令をだす。


「子供を探してほしいの。平民街のマルコという少年よ。特徴は今から資料を回すわ。彼がいなくなったのは約一週間前で――」


 そう言ってアイリーンは情報の書いてある資料をニックに手渡した。

 子供達はそれを順番に回し読みしていく。


「俺達と変わらない年の子供が、一週間も行方不明か」

「こわいね」

「そうだな」

「早く見つけたいな」


 子供達の表情が心配そうに曇る。

 親のいない彼らは、仲間を家族のように大切にしている。年の近いマルコのことも、他人事のようには思えないのだろう。

 優しい彼らを見て、アイリーンは微笑む。


「そうね。早く見つけて、一日も早くお家に帰らせてあげましょう! そのためにも皆、頼んだわよ!」

「おう! 任せろ!」

 ニックの自信あふれる声に、他の子供達も賛同する。


「それでは、恒例のやついくわよ!」


 アイリーンは堂々と胸を張って腰に片手をやり、もう片方の手でビシッと前方を指さす。


「行け! ガーネットチルドレン出動!」

「お~!」

「おー!」

「おー……ってこれ、いつもいるか?」


 盛り上がるアイリーンと子供達をニックが呆れた目で見て、ぼそりと呟く。

「ニック! 何か言ったかしら?」

「なんでもなーい!」

 今日も迷探偵アイリーンの極秘捜査会議は、笑い声で溢れていたのだった。


 **********


 捜査会議の翌日は、アイリーンは王城にいた。

 アイリーンの出した報告書に対して、エドガーが直接の報告を求めてきたからだ。


 数日前まで殿下が触れた額の熱が忘れられなくて、悶えながら朝まで一睡もできない日々を過ごしたり、本を一心不乱に読みふけったりしていた彼女。


 彼女の性格を少なからず理解してきたエドガー自身も、彼女はあの時のキスを引きずっているだろうと思っていた。

(アイリーンの真っ赤な顔が早く見たい。次の報告会の前にこちらから呼び出してしまおうか)


 そんな計画を立てているところにこの報告。

 正直なところエドガーにとっては、絶好のタイミングだった。


 しかし、実際に会ったアイリーンは、あの日の口づけを忘れたように、けろりとしていて、顔を赤らめるどころか、神妙な様子で報告と今後の方針を語る。

(何というか……事件に負けるというのは癪だね)


 エドガーはそんなことを思いながら、彼女の報告を聞いていた。

 王宮のテラスでお茶をしながらの報告会。夢中で事件の話をするアイリーンに、エドガーは少し苦い顔で笑うと「あんまり無茶はしないでね」と声をかけるだけにとどめた。


 そして、事件への警戒を込めて、アイリーンの護衛をこっそりと強化するのだった。


 **********


 殿下への報告を無事に終えたアイリーンは、自宅でマギーに王城でのことを話した。


「殿下も心配だとおっしゃっていたわ。一刻も早くマルコを見つけたいわね」

「そうですね。でも、あんまり無茶はしないでくださいよ」


「……私ってそんなにお転婆かしら? 殿下にも無茶しない様に言われたわ」

 マギーはきょとんと目を丸くすると、当たり前のことだと頷く。


「自覚がなかったんですか? 驚きです。こんな令嬢、他にいないと思いますよ」

「え」


「怪盗プリンスとか探偵とか、そんなこと言い始めるお嬢様が、おしとやかなわけないじゃないですか」

「そ、そうだったのね……何かナイフのようなものが刺さった気がする」

 アイリーンが胸を押さえて衝撃を受けていると、しれっとマギーがさらなる爆弾を投下する。


「というか、殿下のこと思い出したくなかったのでは?」


「……はっ!」

 その瞬間フラッシュバックする、いい匂い、柔らかい唇、色気のある夜空色の瞳、顔に触れた流星色の髪。


 アイリーンは両手で頬を抑え、巷で有名な絵画の叫びポーズをすると、真っ青になった顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「あ……あ……」


「やっぱり何かあったんですね。でも事件に夢中で忘れていたのですね」

「あー! マギーったら、もう! もう!! 思い出させないで!!」


 すぐさまベッドに飛び込んだアイリーンは、ゴロゴロとベッドの上で悶えのたうち回る。

 寝ていたアランが迷惑そうに、そして面倒な飼い主に捕まってたまるかと、かなり遠回りしてアイリーンを避けてベッドから降りる。


(これは明らかに何かあった。それでも、事件で忘れて普通に会ってしまったと)

 アイリーンの行動から、マギーはそう推理する。彼女も伊達に探偵令嬢の助手をしているわけではないのだ。

 気持ちが筒抜けとは思っていないアイリーンは、それどころではなかった。


 エドガーが触れたのは昨日今日ではないはずなのに、何故だか殿下の触れた額が今も熱を持って、感触を覚えているのだ。

(ああ……ここに、殿下の唇が……ああ! 恥ずかしい……これは何なの?)


 真っ赤な顔で転がりながら、額を手で覆う彼女の顔は、完全に恋する乙女。

 アイリーンはドキドキと高鳴る胸の音を、ぎゅっと目をつぶってやり過ごそうとする。


 そんな中、淡々としたマギーの声が響いた。


「……お嬢様、悶えてるところ申し訳ありませんが、ニックが報告に来ております」

「お嬢何やってんだ?」

 途端にがばりと起き上がるアイリーン。


「も、もう! それを早く言ってよ! っていうか勝手に入室許可出さないでよ!」

「ちゃんと聞きましたよ? お嬢様が悶えて聞いてなかっただけでしょう。さ、ニック。報告を」

「あ、ああ。いいのか? じゃ、報告するぞ」


 ニックは少し引いたような顔をしてから、アイリーンを見て調べてきた新情報を話し始めた。


「実はな、マルコに似たやつを街外れの教会で見たって証言があった」


 この情報から、事件は思わぬ急展開を迎えることになる。

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