ファイル33幼児失踪事件—勃発—
アイリーンとマギーは、司書騎士フィリップと共に本の返却滞納者の下へ、未返却本の回収に訪れていた。
三件目に訪れた少年マルコの家で、母親と思われる女性と出会い、衝撃的な事実を知るのだった。
一先ず、泣いている女性と共に家に上がることになったアイリーン達は、彼女が落ち着くのを待って話を聞くことにした。
「あの、貴女はマルコくんのお母さんですよね。先ほどのお話、詳しく聞かせていただけませんか?」
アイリーンがそう尋ねると、女性は涙をぬぐって口を開いた。
「はい。私はマルコの母、イーシャです。息子は……一週間前息子は、本を返しに王立図書館へ行くといって出ていきました。それから息子は一度も帰っていません。うっ……」
「失踪届けは出されましたか?」
「もちろん。当日の夕刻には出しました。でも、見つからなくてっ、ううっっ」
イーシャは、言葉に詰まり、両手で顔を覆うと再び泣いている。
フィリップは伏し目がちに視線を落とし、そんなイーシャに声をかける。
「そうだったのですね。我々は息子さんの借りた本が返却されていないことで、お伺いしたのですが……」
「つまり、王立図書館にたどり着くまでに、何かあったということですね……」
「……っ、マルコっ」
マルコの行方を思い心配になったアイリーンは、そっと決意を固める。
(私が、マルコくんを探してみせるわ!)
アイリーンは、悲しむイーシャの肩にそっと手を添える。
「イーシャさん。私、探偵をしているのですが、マ」
「探偵さん!? どうかマルコを探していただけませんか!? お金はいくらでも払います! だからっ、おねがいしますっ……」
掴みかかる勢いで縋るイーシャに、アイリーンは驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情になり彼女の手を握って頷いた。
「分かりました。この名探偵アイリーン・ポーターにお任せください!」
それからアイリーンは、マルコの交友関係や生きそうな場所など、思いつく限りのことを教えてもらう。
もちろん、そのすべての場所をイーシャも探してはいた。そのどこにもマルコはいなかったのだが。
情報収集を終えた三人は、マルコの家を後にする。
王立図書館に戻る道中、平民街を歩きながら、フィリップが尋ねる。
「いいのですか? 幼子が一週間も……大きな事件なのでは?」
「だって、放ってはおけないわ。今もマルコは怖い思いをしているかもしれないのに!」
マギーがため息をつく。
「フィリップ様、お嬢様が首を突っ込むのはいつものことなので、大丈夫です。それで、捜査はどうされるんですか?」
アイリーンは得意げに笑う。
「ふふん! GCの皆に出てきてもらうわ!」
「GC? 何ですか?」
フィリップが首をかしげる。
「お嬢様の諜報部隊です。【ガーネットチルドレン】略してGCです」
「なるほど。アイリーン様。私も出来ることはいたしますので。くれぐれもご無理はなさらない様に」
「ありがとう。出来ることをやってみるわ。それでね、フィリップにお願いがあるのだけど」
そう言ってアイリーンがフィリップを見る。
「何でしょうか?」
「しばらく情報収集も兼ねて王立図書館に通いたいのだけれど、その時に司書騎士の仕事を手伝わせてほしいの」
「分かりました。上司にも伝え、手配しておきます。それでは私はここで」
「ええ。今日はありがとう」
フィリップは、彼女たちに礼をし、アイリーンたちもそれに返す。
平民街の中立区がある大通り沿いで、図書館へ戻るフィリップと別れ、アイリーンとマギーは自宅へ戻る。
自室へ戻ったアイリーンは、ガーネットチルドレンを呼び出す目印の手紙を作る。
立場上スラムには行けない彼女は、いつも手紙で彼らを呼び出していた。
書き終わった手紙を持った使者を出すと、アイリーンはマギーにお茶の準備を頼む。
「さてと、明日には来てくれると思うし、後はニックに任せましょう。マギー、情報の整理が必要よね」
セイロンの香り漂うカップに口を付けながら、アイリーンがホッと息を吐く。
「事件の起こりは、一週間前。いなくなったのは、少年マルコ。八歳。母親の証言では、王立図書館に本を返しに行ったきり、戻ってこなかったと」
「しかし王立図書館への本の返却歴はない……」
「そうね。司書騎士への聴取はしたのかしら? 図書館の職員は誰もマルコを見ていないのかしらね?」
アイリーンからの視線にマギーは、肩をすくめる。
「フィリップに聞いてみるべきでしょうね。司書騎士も沢山の利用者から少年一人を覚えているのは難しいと思います」
「そうよね。やっぱり街での目撃証言を集めることの方が重要ね。平民は絵姿がないから、正確な見た目が分からないけれど」
「母親からマルコの容姿は聞きましたが、黒髪に黒い瞳、丸顔。気になる特徴と言えば、左腕に生まれつき痣があることぐらいですね」
「まぁ悩んでも仕方ないわね。ニックたちから情報が来れば、何かわかるかもしれないし。それまではしばらく、街での聞き込みと、王立図書館の業務を調査することにしましょ」
アイリーンがチョコレートを摘まむ。
「お嬢様。今回の件、殿下へご報告しておいた方が良いのではないでしょうか?」
「そうね。前回の人探しみたいに迷子を捜すのとはわけが違うものね。報告のお手紙をしたためておくわ」
アイリーンは、マギーの助言を受けてエドガー殿下への報告書を作り、この日の捜査はお開きとなった。
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