ファイル31王城連続窃盗事件—捜査三日目—
王城滞在最終日の朝、アイリーンは目の下に巨大な隈を作っていた。
アイリーンは一晩中ブローチのありかに頭を悩ませ、眠れぬ夜を過ごしたからなのだが、そんなことを誰にも言えるはずはない。
結果、朝食の際に国王陛下と王妃殿下、エドガー殿下を心配させてしまった。ちなみに本日もレティシア殿下は現れなかった。
(結局昨日、十個全ての巣を探したのに出てこなかったのよね)
一人でこっそり庭園の捜査を続けながら、アイリーンは昨日の捜査に想いを馳せる。
昨日発見されたものは紙やタオル、ハンガー、食品などは破棄となったが、それ以外のアクセサリーやペンなどは、概ね持ち主の下へ戻って行った。
それによって、大規模捜索は打ち切られたのだが、当然アイリーンにとっての最重要捜査はまだ終わらなかった。
全ての巣をひっくり返してなお青白い顔をした彼女を、エドガーが心配したのだが、理由を話せない彼女は、下手な愛想笑いで誤魔化した。
(エドガー殿下に心配をかけてしまった。しかも、あの顔は全く納得してない顔だったわ……)
その時のエドガーの表情を思い出して、罪悪感があると思うアイリーンだったが、頭を切り替え、捜査を続行する。
彼女は王妃殿下がブローチを失くしたと思われる温室へと向かった。
(他の人の紛失物は見つかったのに、何故、殿下のブローチだけ出てこないのかしら? 犯人は別にいるのかしら?)
そう考えながら、温室内部を調べ始めた。
沢山の花壇や鉢植えが並び、色とりどりの花が咲いている。三段の滝と池、そして花壇の間を縫う様に引かれた水路。しゃがんで花壇の中まで入念に調べると、一枚の黒い羽根が、花壇の土に紛れていることに気付いた。
(これは、カラスの羽根だわ。室内なのにどうして?)
中央はガーデンテーブルと椅子が並ぶ。
他には目新しいものはない、彼女がそう思って肩を落とした時、視界を横切る大きな翼の影が地面を通り過ぎて行った。
アイリーンは慌てて頭をあげる。
続いて三羽、少し小さいカラスが通り過ぎて行く。
(カラス……そう言えば昨日の巣、卵も雛もいなかった。もちろん巣作りの季節が過ぎたからかもしれないけれど、あんなに巣作りを邪魔されたなら、相当育ての期間がずれていてもおかしくないわ。それなのに、昨日見つかった全ての巣は、すでに放棄された後の巣だった。いったい彼らはどこで子育てを?)
アイリーンは天井のガラスをじっと見て、一部が開閉式であることに気が付いた。
(もし犯人がカラスなら、あの天窓が開いていたのね)
そして、影の過ぎ去った地面を見つめてから、何かにひらめいたように、はっとした表情で口元を覆う。
(見つかっていない巣が、まだ王城にあるんだわ!)
アイリーンは大慌てで温室を出た。そしてカラスの飛んで行った方角を調べる。
(さっきの方角的に……東に飛んで行ったわね)
そう結論付けて、東を向いたアイリーンの視線の先はこの国の象徴であり、王宮内で最も高い場所。――時計塔だ。
そこからのアイリーンは迅速に動いた。
あれだけ誤魔化していたエドガーを呼び出し、本来の目的を伝える。
王家の人間に許可された者しか入れない時計塔。その許可をエドガーに出してもらうためだ。
エドガーは彼女の話を聞いても、あまり驚いた様子を見せず、呆れたように笑った。
「どうせ、そんなことだろうと思ったよ。母のブローチを見なくなったのは、私も父も一緒だからね。両親の話に巻き込んでしまってごめんね」
そう言ったエドガーはすぐに時計塔へ入ることを許可し、高所は危険すぎるので、時計塔管理を任せている使用人と、アーサー、クラウスを連れて上ることになった。
本来はもっと人手が欲しいが、探し物が王妃のブローチなだけに変な噂を避けるため、信頼のおける者たちだけでの捜索である。
時計塔内でアイリーンの探し物を聞いた兄アーサーは、目玉が飛び出るほど驚いた後、思い切りアイリーンを抱きしめた。
クラウスには泣きながら握手を求められ、アイリーンは少し引きつった笑みを浮かべる。
「アイリーン! すごいぞ! よくぞ国家の危機を救ったな!!」
「アイリーン様! ありがとうございます! 家臣を代表してお礼を言わせてください」
「い、いえ。国民として当然のことですわ。それより今は、本当にブローチが出てくることに賭けましょう」
感極まっていた二人も、アイリーンの言葉にそれはそうだと言って、時計塔の最上部を見やる。
そこには、今までの比ではないひと際大きなカラスの巣が出来ていた。
「コイツはデカい」
「縁起がいいですね」
アーサーとクラウスが呟く。アイリーンも感嘆の息を漏らした。
このカラスは高い塔の上という邪魔者の来ない最高の環境で子育てをしていたらしい。巣の中には、大きい一匹と三匹の小ぶりなカラスがいる。
「カアー!」
大きなカラスが翼を広げ威嚇を見せた。
その瞬間、影になっていた部分に、きらりと光る何かをアイリーンの目はとらえていた。
(今の! オレンジ色の光。あの大きさ……あった! 王妃殿下のブローチ!)
「殿下! そのカラスの後ろ! 何か光りました!」
「よし。カラスたちには、少し大人しくしてもらおう。アーサー、クラウス! カラスに決して傷はつけるなよ。行くぞ!」
その声を合図に三人が飛び出した――
激しい攻防の中、巣が空になっている隙をついて、アイリーンは巣へと向かう。
そして中央に鎮座する、場違いな程美しい大きなトパーズのブローチに、手を伸ばし、しっかりと掴んだ。
「見つけたわ! 殿下のブローチ!!」
**********
それから。
ブローチは無事に王妃殿下の下へ戻った。
妃殿下は目に涙を浮かべながらアイリーンに礼を述べると、すぐに国王陛下の部屋へと向かったようだ。
そこからは二人の問題である。
ただ、夕食の席では、少し頬を染めた妃殿下と、しきりに視線を合わせて笑い合う国王陛下の姿が見られたとか。
もちろん、妃殿下の胸元にはイエロートパーズの大きなブローチが、温かな輝きを放っていた。
食事の後、アイリーンは自宅へ帰るため、エドガーと一緒に門へと向かっていた。
今日のことを話しながら、二人きりで歩く道のりは楽しく、不思議と緊張を覚えないまま、気付けば馬車は目前に迫っていた。
「アイリーン嬢、改めて礼を言うよ。この三日間、両親のためにありがとう」
「いえ。王妃様と国王様のことなのですから、国民として当然ですわ。お二人が不仲、なんて嘘が噂になってしまったら、大事件ですし。それに皆様と沢山お話が出来て、私とても楽しかったですわ」
アイリーンは笑う。
エドガーは馬車前に待機していた御者を制し、自らアイリーンの手を取って、彼女を馬車内へエスコートしながら、話を続ける。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、少しは自分たちでどうにかすればいいのにと思うよね。……まぁ私としては、アイリーンが私の両親と、仲良くしてくれて嬉しいから、いいのだけれど」
エドガーの言葉にアイリーンは小首を傾げる。
「どうして殿下が嬉しいのですか?」
「……ふふ、どうしてかな? 推理してみて、アイリーン。またね。おやすみ」
そう言って不敵に笑ったエドガーは、そっと彼女の額に唇を落として馬車から離れた。
エドガーが離れると、見計らったように馬車は動き出す。
「……な、な、な…………なーっ!!!」
しばらく進んだところで聞こえた叫び声に、彼は思わず噴き出したのだった。
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