ファイル30王城連続窃盗事件—捜査二日目後編—

(早く! 図書館で確かめたい!)

 その一心で、エドガーとの距離が近いことにも気付かず、あっという間に図書館に辿り着いたアイリーン。


(事件のことで頭がいっぱいって感じだね。可愛いけど、何となく面白くない。いつもみたいに赤くなったらいいのに)

 いつものような恥じらう様子を一切見せないアイリーンに、エドガーは若干不満気だ。


 そんな彼の心中も知らず、彼女は王宮の広大な図書館に入るとすぐさま目的の本を探す。

 エドガーは少し後ろから、彼女の様子を窺う。


 アイリーンが本を探し始めて数分後、大きな分厚い本を手に取った彼女は裏表紙から数ページをめくり、索引で何やら調べ始めた。

 そしてついに、あるページで彼女の指が止まる。


「……わかりましたわ。殿下、この本お借りしても?」

「動物図鑑? かまわないけど、何が分かったか教えてくれないかい?」

「……まだ、証拠の裏付けが残っているのですが……これを見てください」


 そう言う彼女の手元を覗き込んだエドガーは、目を見開いて、そのページに書かれた生き物の名を口にする。

「……カラス?」

「そうです。この国ではカラスはどこにでもいます。もちろんこの王城にも」

「それはそうだね。鷲と同じくこの国では大切にされている鳥だからね。でもそれがどうしたの?」


 アイリーンはそっとカラスのページを指さす。

「ここ、カラスの繁殖期が書いてあります。紛失物が増えたのは、五月ぐらいからですから一致するかと」

「まさか、巣作りのために? 一連の窃盗は、カラスの仕業? でも、もう夏だよ」


「この本によると、巣作りを邪魔すると、巣を捨て別のところに作るようです。それで時期が長引く例もあるようですよ」

 そう言ってアイリーンは笑う。

 そんな彼女を見て、エドガーも面白そうに口角をあげた。


「その顔は、結構自信がありそうだね?」

「ええ! 少々自信ありますわ!」

「楽しみだね。庭へ行こうか」

 エドガーは、少々と言いつつ胸を張るアイリーンに笑いかけ、二人はアーサーとクラウスの待つ庭園へと向かう。




 アイリーンとエドガーが庭園に辿り着くと、アーサーとクラウス以外に数人の作業着を着た男性がいた。


 男性たちは作業着の腰元には、ハサミや軍手、タオルをぶら下げていたが、エドガー殿下が現れると同時にそれら手に持ち、礼をする。

 エドガー殿下は、彼らに手を上げて礼を止めさせる。


「仕事中に呼び出してすまないね」

「いえ! 殿下のお呼びとあれば」

 無精ひげの庭師Aがエドガーに答える。


「実は彼女が少し聞きたいことがあってね。さ、アイリーン嬢」

 エドガーに促され、彼女は庭師たちの前に進み出る。


「はい。庭師の皆さん。この庭で落とし物を見ることはありませんか?」

「落とし物? 見てないですね」

「同じくです」


「ありがとう。では、この庭園に、カラスの巣はありますか?」

「ありますよ。もちろん」

 庭師Aが答えた後に、若い庭師Bが声を上げる。


「今年は巣が多いんですよね~」

「そうなの? どれぐらい巣があるのかしら?」

 アイリーンの目がきらりと光る。

「そうですね~。十個はありますよ~」


「いつも巣を作りに来る木は、一般のお客様に見えない様にしているのです。本来カラスの巣作りは、邪魔をしない決まりなのですが、今年は例年までと木の好みが変わったのか、少々見栄えの悪い所に出来てしまったので、何度か邪魔をしました」


「巣は取り壊していないのですか?」

「ええ。警戒心が強いので、一度放棄した巣に戻ることはありませんから。糞も心配しなくてよいので、次の一斉伐採の時に除去する予定ですが……あの、それがなにか?」


 庭師Aが疑問を口にする。図書館にいなかった、アーサーとクラウスも不思議そうな顔をしている。

 そんな彼らに、アイリーンが「実は――」と言って、図書館での推理を披露しはじめた。

「——という訳で、犯人はカラスだと思うのです」


 それを聞いたアーサーとクラウス、庭師達は、ざわめき立つ。

「カラス! 確かにいろいろ収集する鳥だとは聞いたことがありますが……」

「まぁ調べる価値はあるな」


 驚いた様子で考え込むアーサーとクラウスだったが、アイリーンの推理に納得したように頷く。

 そして、エドガーの方に向き直って、余所行きの雰囲気で傅く。


「殿下、カラスの巣を捜索する許可を!」

「うん。かまわないよ。人をもう少し連れてこよう。手分けして探そうか。アイリーンは母上のところにでもいる?」

「そうですわね……はっ!」


 巣の捜索は任せておこうか、と思ったアイリーンだったが、大問題を思い出してしまった。

(王妃様のブローチ! 他の方に見つかったらマズいですわ!)

 彼女が慌ててエドガーに「参加する」と伝えると、彼は「別にいいけど」と不思議そうな顔をする。


 何か聞かれる前にアイリーンは、庭師たちに話しかけた。

「巣の場所に案内してください」

「え、ああ。分かりました」


 戸惑いながらも庭師Aは、アイリーンやエドガー達を案内する。

「この木です。あの、右側の太い枝についているのがカラスの巣です」

 庭師Aが指さす方には、どっしりとした太い枝があり、その上には他の枝葉に紛れる様に大きな塊がある。


「あれか……よし、先ずは一つ目だ。探していこう」

 エドガーの合図を筆頭に庭師がするすると梯子を上り、巣を撤去する。

 それを、シートを敷いた地面に下ろすと、アイリーン達が手袋を付けた手で慎重に解体していく。


 巣作りの途中から放棄されたらしいそれは、枝組と僅かな床材だけだった。

 巣の中央部分、枝と枝を絡め合わせる様に、深緑色の万年筆が刺さっている。

 アイリーンが引き抜いてみれば、きらりと光るシルバーの刻印。


 アーサー・ローガン・ポーターの文字が浮かぶ。

「あ、これ俺の!」

 アーサーの声を聞いたアイリーンとエドガーは、顔を見合わせて頷いた。




 そこから彼らは、一日かけて、発見されている十個の巣を全て見て回った。


 巣からは、大量のハンガーやネックレス、ペンなどの紛失物が多数発見された。

 上の卵を乗せるベッドとなる部分は、ボロボロ千切られた書類や新聞紙、タオルが敷き詰められていた。


 土台の部分はペンやハンガー、紐やネックレスを使って、上手く固定されている。

 そして、宝石のついた指輪やキラキラ光る金属、ガラス片などは、彼らにとっては遊び道具だったらしく、無数の傷がついた状態で発見されたのだが。


(ど、どうしよう……どうしたらいいの?)

 アイリーンは青白い顔で頭を抱える。


(どうして? 妃殿下のブローチが見つからない!)


 探偵令嬢アイリーンは、絶体絶命の大ピンチを迎えていた。

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