ファイル29王城連続窃盗事件—捜査二日目前編—
翌日。
朝、アイリーンは昨日と同じく、王族の食堂で食事をとる。
朝から沢山の美味しそうな料理や、みずみずしいフルーツが並ぶ。
それを口に運びながらアイリーンは考える。
(さすがに昨日よりは慣れたけれど、まだ緊張で味が分からないわ……)
王族に囲まれた食事の場。広く長いテーブルにはアイリーンを入れて四人が席についている。しかし、王女であるレティシアの姿だけは、昨晩も今日も見えない。
(レティシア様はいらっしゃらないのかしら? 今まで一度も見たことないのよね)
そんなことを思いながら、アイリーンは美味しそうなスクランブルエッグを口に運んでいると、正面のエドガーから声がかかった。
「ねぇアイリーン嬢」
「はい。何でしょう?」
「昨日言っていた私の執務を見せる約束、それの準備が出来たんだ。食事が終わったら執務室へ行くけど、一緒にどうかな?」
ふんわりと微笑み誘うエドガーに、アイリーンは瞬時に考えを巡らせ、笑顔で頷いた。
(昨日の調査結果かしらね)
「ええ! ぜひお願いいたします」
食事を終えた二人は、エドガーの執務室に向かった。
道中、出くわす従者たちが、みんな揃って笑顔で頭を下げるので、アイリーンは内心首を傾げていた。
食堂を出る時も、国王夫妻に微笑まれて送り出されている。
(これが王族の受ける待遇なのね。殿下が隣にいらっしゃるから、皆殿下に挨拶されているのだわ!)
アイリーンはそう結論付けて気にすることを止める。
これが大きな間違いであるのだが、アイリーンがそれに気付くことはない。
執務室には、すでにクラウスとアーサーがいた。
エドガーとアイリーンが席に座ると、クラウスが早速口を開き、報告を始める。
「昨日の件から調査をしたところ、ここ数ヶ月に城内で物を失くし、見つかっていない従者が、三十五人もいました」
「三十五人!? 王城の紛失物ってそんなに多いんですか?」
驚きでエドガーを見るアイリーンに、彼も目を見開いている。
「いや。私もそんなに多いとは思わなかったな」
エドガーの言葉にクラウスとアーサーが頷く。
「私も今回の調査をして驚きました」
「俺も驚いた。でも、驚くのはそれだけじゃねえぞ」
「彼らの職種に共通点でも?」
エドガーがそう尋ねると、アーサーは首を横に振る。
「いや。職種じゃねえ。紛失物事態が、偏ってるんだよ。俺達、これは窃盗なんじゃないかって話してたんだ」
「窃盗!? そうなると、穏やかじゃないですわね」
「これだけの数が数ヶ月で起こり、しかも物が持ち主に返却されていないとなると、その線は十分考えられる」
「そうですわね。残念なことですが、大勢が住んでいる王城ではあり得る話ですわ」
アイリーンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにエドガーと一緒に考察に入る。
顎に手を当てて顔を顰めたエドガーが、クラウス達を見る。
「それで、無くなった物は何が多いんだ?」
「被害報告で一番多いのはネックレスのようです。次が、ブレスレット、指輪。他にもアーサーの様に万年筆やペンを失くした者も何人か」
「貴金属と万年筆。売買が目的の窃盗かな」
「それもありえそうですわね。三十五人が全てそうなのですか?」
アイリーンが尋ねる。
「いえ。二十人程度です。他はタオル、書類、新聞紙、お菓子、ハンガー、紐などですが、それらは基本的に使用済みのもので、金銭的には価値のない物だったそうです」
「そうなのですね」
「ふむ。残りは、ただの紛失物かもしれないね」
「……今はまだわかりません」
クラウスの読み上げた品を思い浮かべて、アイリーンは違和感を持つ。
(他の窃盗品は随分変わっているわね。新品でもないのに盗むような人が、王宮で働けるとは思えないけれど)
アイリーンの疑問はもっともである。
王宮に仕える者たちは、それなりの商家出身だったり、貴族の分家や家督を継がない者たちだったりと身元がはっきりしている者が多い。
使用済みの新聞紙や紐、タオルに手を出すほど、金に困っている人は中々いない。さらに書類に至っては、仕事が滞るのだから、悪質ないじめでもない限り、手を付けないと考えられる。
(殿下のブローチも同一犯かしら? 貴金属を狙うのだから可能性はあるわね。でも、そんな大それたもの普通は盗まない。うーん。もう少し、ピースが足りないわ)
「——リーン! アイリーン!」
「は、はい! あ、殿下。申し訳ありません」
アイリーンが思考の海にどっぷりと浸かっていると、エドガーが彼女を呼んで現実へと引き戻す。
慌てて返事をするアイリーンに、エドガーは軽く笑いかける。
「かまわないよ。それより、君はこれからどうする?」
「そうですわね……現場を見に行きたいです。何か手掛かりが見つかるかもしれませんし」
「そうだね。アーサー、現場はどこが多いんだ?」
「いつ無くなったかわからないってのが一番多かったんだが、場所が分かってる中では、庭園、中庭、屋上、ベランダってところだな」
「屋外ばかりだね。外部犯の可能性もあるか」
「王宮の警備強化が必要かと」
アーサーとクラウス、エドガーの会話が進む中、アイリーンの脳にはある可能性が浮かび上がっていた。
(もし、この説が正しければ、やっぱり、事件は一連の窃盗。妃殿下のブローチも同一犯だわ! 確かめに行かないと!)
アイリーンはすぐさま行動を起こす。
「エドガー殿下! 私、図書室に行きたいんです! それから庭師と話がしたいです!」
「かまわないけれど……アーサーとクラウスは庭師に声をかけておいて。アイリーンは私が案内するよ」
「よろしくお願いします」
エドガーは不思議そうな顔を見せたが、すぐに彼女の言うことを実現するべく指示を出す。
そしてアイリーンの肩に手を添えて、図書室へと案内するべく部屋を出るのだった。
「ああいうとこ、エドって抜け目ないよな……」
「そうですね……」
二人が去った部屋で疲れた表情のアーサーとクラウスが、そんな会話をしていたとは、当の本人たちは知る由もない。
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