ファイル28王城連続窃盗事件—捜査一日目—
エドガー殿下が執務に戻った後。
秘密裏に王妃殿下からの依頼について、捜査をしたいアイリーンと、お目付け役となったクラウスはこれからのことを話し合うことになった。
「アイリーン様、今からどうされますか?」
「まずは情報収集をしようと思うのです。少し気になることがあって……クラウス様、こちらには落とし物ボックスのようなものはないのですか?」
「落とし物ボックスとは何でしょうか?」
クラウスは初めて聞いた、と小首をかしげる。
そんな彼にアイリーンが説明を始めた。
「我が家では、持ち主不明の落とし物がある際、入れる場所を決めているのです。落とし主は、そこを探せば見つかる可能性があるし、拾った方は自分で落とし主を探す手間が省けるのです」
「なるほど」
合点がいったようで、クラウスがぽんっと手を叩く。
「王宮の中での落とし物でしたら、一定期間は保管されているはずです。王族の方の落とし物はすぐにわかりますし、そもそも付近に従者がおりますので、落とし物は滅多にされないかと。来客の方々が落とし物をした場合は、守衛室で保管しているはずです」
「そうなのですね」
(クラウス様の話を聞く限り、王妃殿下のブローチなんて、所有者が明白すぎて、すぐに手元に戻りそうですわね)
黙って考え込むアイリーンに、クラウスが声をかける。
「何かなくされたのですか?」
「あ、いえ。その、5月の茶会でアクセサリーを落としたかもしれなくて……」
「そうでしたか! では、一度守衛室へ行ってみますか?」
「ええ。案内をお願いします」
目的地の決まった二人は、守衛室へ向かって歩き始める。
守衛室は、王宮のもっとも外側、玄関ホールの近くにあるようだった。
部屋の前まで来ると、クラウスがアイリーンに向き直る。
「アイリーン様」
「何でしょう?」
「ここから先は、高位貴族の方にはお見苦しいかもしれませんので、私が代わりに行ってまいります」
アイリーンは首を横に振る。
「ありがとう。でも大丈夫です。可能であれば自分で探したいのです」
「わかりました。ではこちらへどうぞ」
クラウスについて入った部屋は狭く、お世辞にも綺麗とは言い難い味気ない部屋だった。
木の机や椅子が並び、何人かの守衛が、書類仕事をしている。
奥の扉は守衛の休憩室と繋がっているらしい。
アイリーンは一番手前にいた屈強な守衛に尋ねる。
「お仕事中に失礼。少し聞きたいことがあるのだけれど」
守衛は驚いた顔でアイリーンを見てから、クラウスを一瞥し、またアイリーンに向き直る。
「これはお嬢様。こんなところまで何の御用でしょうか?」
「アクセサリーの落とし物をしたの。落とし物を確認させてもらってもいいかしら?」
「わかりました。ちょっとお待ち下さい」
守衛が席を外す。
しばらくして戻ってきたときには、守衛は二人掛かりで大きな箱を抱えていた。
「どうぞ。こちらです」
守衛が箱のふたを開けてくれたので、アイリーンとクラウスが箱の中を覗き込む。
中に入っていたのは、大半が使用人のものと思われる指輪やネックレスで、宝石のついたものはごくわずかしかなかった。
貴族が落としていったらしいブローチも3つほどはあったが、随分と変な形だったり、壊れていたり、王妃殿下の持ち物とは思えない質のものばかり。
(王妃殿下のブローチはないわね)
「これで全部かしら?」
アイリーンは、箱を持ってきた守衛に確認する。
「そうですね。届いているのは全てです。落とし主が見つかったものはお返ししていますが」
「そう。ありがとう」
守衛室を出たアイリーンは考える。
(やっぱりないわ。落ちてたらそのまま殿下に返すわよね。偽の落とし主が出てきた線もない。普通に考えて王妃のブローチは身元が分かりすぎるもの)
その後のアイリーンは、王妃の元へ戻り、国王には陛下の依頼をこなしているように見せ、王妃には今日の捜査状況の説明をする。
王妃の部屋で、国王との馴れ初めを聞いて夕食まで過ごした。
震えながら緊張の夕食会を終えた彼女は、昼に約束していたエドガー殿下の執務室にやってきた。
「あ、来たね。入って」
「失礼いたします」
案内の従者と別れ、部屋に入る。ソファーにはエドガーが座っていて、彼の後ろにクラウスと兄のアーサーが立っている。
促されるまま、アイリーンがソファーに腰かけたところで、エドガーが口を開いた。
「さてと、捜査結果を報告してもらおうかな」
アイリーンは一瞬クラウスに視線を向けると、反応を窺う。特に顔色が変わることもない。
(……守衛室での話は多分筒抜けよね。私がアクセサリーを探していることはバレていると思った方がいいか――それなら)
彼女は一瞬にして作戦を立てる。
(嘘は通用しない。本当のことを言えばいいのよね。言えるところまでだけど)
「あの後、守衛室に行きましたわ。先日の茶会で落とし物をしまして、クラウス様に連れて行っていただいたんです」
「ふぅん。見つかったの?」
「いいえ。ありませんでしたわ」
「そう。残念だね」
「あの、」
アイリーンは言葉を区切って、兄を見る。アーサーは何故か会話の間、ずっと何かを書いていた。
「どうしたの? ああ、今日はアーサーに会話を書きとらせているんだよ。何かのヒントになるかと思って」
「そうなんですね」
下敷き代わりの板と、見慣れないペンを持っている兄に、アイリーンは何となく気になったことを尋ねてみる。
「ねぇお兄様。そのペン、どうなさったの? 仕事中は、お父様にいただいた万年筆を使っているのではなかったの?」
「ああ。それが、ここ最近失くしたみたいだ。気に入っていたんだが、どこを探してもなくてな……父さんには内緒にしてくれよ」
そう言って気まずそうに頬を掻くアーサーに、アイリーンは驚いた声を上げた。
「失くした? 名前と家紋入りの万年筆を?」
アイリーンは心に靄がかかるような気分になる。
(なにかしら? そんなに身元のはっきりしそうなものがなくなるなんて……偶然?)
気になったアイリーンは、エドガーに頼んでみることにした。
「殿下……捜査の件で一つお願いがあります。最近王城内で何か紛失した人物がいれば、話を聞きたいのです」
「……わかった。城中の者に確認を取ろう。クラウス、アーサー手分けして頼むよ」
「かしこまりました」
その後、エドガーに王妃の様子を話して、一日目の捜査は終了した。
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