ファイル27 王城連続窃盗事件—国王の依頼—

「国王殿下がお呼びでございます。応接室へご案内します」

 王妃との現場検証を終え、捜査を開始したアイリーンを待ち受けていたのは、何故か国王陛下からの呼び出しだった。

(えっ! 何かしたかしら!?)


 顔をひきつらせたアイリーンが、騎士に連れられてやってきた部屋には、先ほど謁見の間で顔を合わせたはずの国王陛下だった。何故か向かいには王太子もいる。

(エドガー殿下まで! な、ななぜ!?)


 後ろには使用人を連れた国王は、アイリーンを手招きすると、向かいのソファーに座るように促す。これまた何故か、エドガーの隣である。

(ああっ、また殿下が近い……)


「うむ。呼び出してすまないな。アイリーン嬢」

「い、いえ。驚きましたが……」

「実は、そなたに頼みがあって呼んだ。そなたの探偵としての腕は息子から聞いている。その腕を見込んで頼みたい」


(ん? 最近どこかで同じ流れを見たような……)

 アイリーンは国王の言葉に嫌な予感を感じ、思わず、隣に座るエドガーを見る。

 彼女が見ていることに気付いたエドガーは、にこりと王子様然とした笑みを浮かべる。

(何かしら。素敵だけど、不安が増す笑みね)


 恐る恐るアイリーンは、国王に尋ねる。

「何でしょうか?」

「うむ。実はな……王妃の様子を報告してほしいのだ。最近私の贈ったブローチを使わなくなったり、話しかけても愛想笑い、夜もあい」

「父上! それ以上は!」


「う、うむ。そうだな。失礼した。とにかく最近王妃の様子がおかしいのだ。様子を探ってきてほしい」

(そんな気はしましたわ! すでに怪しまれてますよ。王妃殿下~!)

 アイリーンは、嫌な予感が最悪の形で当たってしまったことに驚いたが、王妃との約束があるため表情には出せない。

 胸中では、暴風の様に荒れ狂い叫んでいた。


(な、何かとんでもないものに、首を突っ込んでしまったのでは? このままでは王妃殿下と国王陛下の関係が大変なことになってしまいますわね。そもそも、陛下の頼みを断るなんて出来るわけありませんもの)


 考えをまとめたアイリーンは、決意を固める。

(とにかく絶対に殿下のブローチを見つける! 完璧な愛のキューピッドになってみせますわ!)

 アイリーンは凛とした表情で、国王陛下に向き直った。


「謹んでお受けいたします」

「おお! よく言ってくれた! 実は王妃から連絡があってな。アイリーン嬢との仲を深めたいからと、宿泊の許可を出してほしいと申請が来ておる。三日間、この城に滞在し、妻の様子を報告してほしい」


「わ、分かりました」

「なお、王妃に怪しまれてはいけないので、エドガーが協力してくれる。何かあれば頼りなさい」

 国王はそう言って、息子に目配せをする。エドガーは事前に聞いていたのか、軽く頷いただけだった。


 アイリーンは瞬時に、脳をフル回転させる。

(ま、マズいわ! 妃殿下の秘密を守れるかしら? 協力を断る? いや、ムリよね……)

「……分かりました」

 回避できる可能性が絶望的だということ、それだけが理解できたアイリーンは、一先ず了承した。




 それで話は終わり、彼女は王太子と共に部屋を出る。

「アイリーン嬢、話があるんだ。少し歩こうか」

 エドガーが、アイリーンに声をかける。

(来たわ!)

「はい」


 先ほどまでいた応接室が見えなくなったところで、エドガー殿下が切り出した。

「さっきの父上の話は分かった?」

「はい」

「大丈夫?」


 アイリーンは隣を歩くエドガーの顔をちらりと見る。

「……どういう意味ですか?」

 アイリーンの問いに、エドガーの足がピタリと止まった。アイリーンもつられて足を止める。


「君が」

 アイリーンをまっすぐに見る濃紺の瞳が、悪戯に細められ、魅惑的で艶やかな笑みが浮かぶ。


「何か、隠してるんじゃないかなと思って」

「えっ! ど、どうして」

 アイリーンは思わず後ずさる。

 エドガーは一歩踏み出し、距離を詰める。


「アイリーンが父上の話を聞いたときあんまり驚いてなかったよね。普通に考えて、国王からあんな依頼をされたら驚くと思うんだけど」

 獲物を狩る猛禽類のごとく、ギラリと光る目が、アイリーンを壁際まで追い詰める。

 両側につかれたエドガーの腕に、アイリーンは固まった。


「!」

「それに、あのタイミングで母上から宿泊の申請って、おかしくない?」

(また! 近いのよ~!)

 アイリーンは視線を泳がせながら、反論した。


「ぜ、前回のお茶会のことで、仲良くしていただいているだけですわ」

「そう? それもあるかもしれないけれどね。私の想像はね、君は母上からも何かの依頼を受けている。そしてそれは、先ほどの依頼と関係があるんじゃないかな?」


「! そ、そんなわけ」

「ホントに?」

 ぐいぐい近づくエドガーに、羞恥心で真っ赤になってしまったアイリーンは、ここでも逃げられないことを悟った。


「……守秘義務です。内容は言えません」

 そう言って必死に目を逸らす。

「……ふーん。そっか。それなら仕方ないね」


 エドガーはそう言うと腕を下ろして、近すぎた距離を離して、先ほどまでとは違った、優しい笑みを浮かべる。

「内容は聞かなくてもいいから、手伝えることは言って。彼らは私の両親だからね」

(殿下はご両親を心配なさっているのね……それなら、断り続けるのも失礼よね)


 アイリーンは頷いた。

「はい。そうします」

「うん。今から君はどうするの?」

 アイリーンはしばし考え、国王陛下の元に呼ばれる前にしようとしていたことを思い出した。


「……少々、使用人の方々に聞き込みを」

「んー、そっか。今の時間なら、クラウスと一緒に行って。アーサーは手が離せないし、私もずっと君の傍にいられるわけじゃないからね」

「分かりましたわ」


「夕食の後に執務室へおいで。アーサーもクラウスもいるから安心していいよ。今日の捜査の内容と明日の予定を報告してもらおうかな」

「はい」

 アイリーンが頷くと、エドガーはすぐにクラウスを呼んで後を任せ、去って行った。

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