ファイル26王城連続窃盗事件—王妃の依頼②—

 王妃殿下は広い部屋の中で声を潜めて言う。

「探してほしいの。スティーブと結婚したときにもらった、彼の目の色を模したブローチを」

「ブローチ? ブローチ!? お、王妃様のブローチって、あの結婚記念のですか!?」

「しっ! 誰かに聞かれちゃうわ! でも貴女も知っているそのブローチよ」


 口元で人差し指を立てる王妃に、アイリーンは口元を両手で覆う。

 あまりの重大さにアイリーンは、驚きと混乱で取り乱してしまいそうだ。




 フォグラード王家に関する本を読むと必ず出てくる宝飾品がある。

 この国の王家には、王太子と王妃の結婚の際、互いを繋ぐ愛の証として宝飾品を交換する文化があるのだ。

 現王が妃に送ったのは、殿下の瞳を思わせるイエロートパーズのブローチだということは有名な話だった。


 エリザベス王妃は、茶会の席など、そのブローチを頻繁に付けていると言われている。

 しかし、ここ数ヶ月で王妃と会うようになったアイリーンは、まだそのブローチを付けている姿を見たことがなかった。


 王家の愛の証は普段使いされる方もいるし、時々しか付けない方もいるが、大きな式典など催事には必ずといっていいほど着けておられるものだ。

 着けなくなるということは、つまり【愛がここにない】ことを意味し、不仲を囁かれる原因となる。


 この数ヶ月でアイリーンが見たことがなくても不思議ではないのだが、まさかそれが無くなっていたとは。そう思ったアイリーンの口は半開きのまま、唖然とした顔で固まる。

 エリザベス王妃は少し青白くなりながら、話を進める。


「貴女も知っていると思うけれど、この宝飾品を付けない期間が長くなれば、浮気や心変わり、愛想が尽きたと思われるわ」

 話すたびに王妃の顔がどんどん青くなる。

 それを見て、聞いているアイリーンの顔色もどんどん血の気が引いてくる。


「特に私は、スティーブが喜ぶから、婚約してブローチをもらって以来、頻繁に付けていたの。特に彼に会う日は必ず。だから、不貞を疑われる前に見つけたいの」

 アイリーンは恐る恐る聞いてみた。


「王妃様、無くなったのに気づいたのは、いつなんですか?」

「あれは、五月の茶会の前日だったわ」

「え、二ヶ月ほど前ではないですか!」


「そうなのよ……今までは、ドレスの形や色が合わないからと誤魔化してきたけれど、もうそろそろ限界なの。それに何より、あれはスティーブからもらった大切なもの。後ろめたくて、話す時も上手く笑えていない気がするし、彼に隠し事をするなんてもう耐えられないの」


 エリザベス王妃はとても悲し気な表情を浮かべた後、感情が高ぶったのか顔を両手で覆い嘆く。

「お願いアイリーン。私のブローチを探して頂戴。誰にも言えないから、もうあなただけが頼りなの」


 王妃が自分より身分も低く、年若いアイリーンの手を取り、再度ブローチ探しを懇願する。

「分かりました。その依頼お引き受けします!」

「! ありがとう、アイリーン!」




 こうして王妃のブローチを探すことになったアイリーンは、王妃からさらに詳しく話を聞くことにした。

 王妃からの聴取の結果をまとめるとこうだ。

 ブローチが消えたのは五月茶会の前日。


 朝食後、会場となるガーデンを散歩がてら歩き、温室でお茶をし、読書や編み物をして過ごしているうちに転寝。

 その後、部屋に帰って鏡を見たら、ブローチが無くなっていたらしい。

 慌ててその日通った道を探したが、見つからなかった。


 当然温室も王妃は一人でくまなく探したが、何も見つけられなかったのだという。

 誰にも言えずに、一人でブローチを探していた王妃の不安を考えると、アイリーンは何とか見つけたいと思うのだった。


(うーん。かなり時間が経ってしまっているから何とも言えないけれど……誰かに盗まれていたら売られている可能性も……ないか。現王妃の愛の証なんて、裏であっても流通すれば、大騒動になるわよね)

 アイリーンは思考を巡らせる。


「それでは、今から現場を見に行ってもいいですか?」

「今から案内しましょう」

 一通りの聴取を終えたアイリーンは、王妃と一緒に現場を見ることにして部屋を出た。


 最も可能性の高い場所と思われるガーデンに向かう。

(まずはガーデンまでの道ね)

 アイリーンは歩きながら、周囲を見回す。


 ガーデンは五月茶会の会場となった場所なので、アイリーンも言ったことのある場所だった。

 道中の回廊は、アイリーンと友人となった令嬢たちとの出会いの場でもあり、王太子エドガーと初めて会話した場所でもある中庭に面している。


(つい昨日のような気がしてしまうわ……いけない。集中しないと)

 アイリーンは感慨深げに目を細めると、思考を切り替えた。

(特に気になるものはないわね)

「ここのガーデンで散歩をしたのよ」


 王妃は丁寧に手入れされているガーデンを見る。

「翌日の茶会ではこちらの会場が使われていましたね」

 アイリーンの言葉に、王妃は「ええ」と頷く。

 アイリーンがガーデンを見渡す。


 青々と茂る草木は生命力に溢れ、花は五月とはまた違った色どりをたたえている。

 芝生も相変わらず魅力的で、美しい形に整えられた木々は見事としか言いようのないものだ。

(やっぱり素敵なお庭。寝ころびたい……)

 空からは、光が差し込み、綺麗な青空が見える。


 どこからともなく聞こえる、チュンチュン、カーカーといった鳥の声がまるで空間を作る音楽のようでアイリーンはその景色にうっとり見入っていた。

「アイリーン? どうしたのです?」

 そんな彼女に王妃が声をかける。


「! あっいえ! 素敵な庭だと思ったのです」

「ふふ、ありがとう。今度はここでお茶にしましょうね」

「はい! ありがとうございます」

 穏やかに笑う王妃についてガーデンの中に敷かれた道を歩いていく。


 このガーデンはいくつかの区間に別れている。それぞれの区間ごとにコンセプトが違い雰囲気の違う風景が見られる造りになっていた。

 レンガの道から、石畳の道へ変わると、周囲の雰囲気も変化を見せる。

(どこから見ても素敵な庭ね。こちらの野性味あふれるワイルドさもいいわ)


 比較的高い木々が間隔をあけて並ぶ区画を抜けると、芝の美しい開けた場所に、クリーム色と茶色を基調とした、かわいらしい外見の建物がある。

「これがうちの自慢の温室よ」

「まぁ! 素敵ですわ!」


 中に入ると、外にはない珍しい花が沢山並んでいる。

 植木鉢や花壇が並ぶ中、水が流れている。

 花壇の間をぬう様に水が流れていて、上流から下流へと三段ほどの小さな滝が連なっている。

 中央にある広くなっているところに、綺麗なガーデンテーブルと同じ種類の椅子が並んでおり、王妃はそれを指す。


「あの日は、ここに座ってお茶をしたのよ」

「そうなのですね。素敵なところ……」

 アイリーンは周囲を見回す。

(ガーデンテーブルに椅子が二脚、周りは花壇と水路、そして滝。天井は、光が入るようにガラスを使っているのね。……特に気になるところもないわね)


 一通りの場所を歩いたアイリーンは、王妃殿下と別れ、王城内を探索する。

 廊下をうろうろと歩いていると、前方から騎士が声をかけてきた。

「失礼。アイリーン様とお見受けします」

「ええ。そうですが」


「国王殿下がお呼びでございます。応接室へご案内します」

「え! は、はいっ」

(え、な、何故お呼び出し!?)

 アイリーンは驚きながらも了解を示した。

 王妃の依頼は、一筋縄ではいかないらしい。

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