ファイル25王城連続窃盗事件—王妃の依頼①—

 王立図書館を訪れてから数日が経った。

 アイリーンは今、王城へ向かう馬車に揺られている。

 馬車の目隠しが付いた小さな窓から、カーテン越しに外を眺める。


 今日は霧も少なく、いつもよりはっきりと街並みが見える。人気の少ない閑静な貴族街が右から左へと流れていく。

(事件以降初めての王城。こんな短期間で何度も来るようになるなんて、少し前なら考えられなかったわね)


 アイリーンはそんなことを思う。

 毒の混入を発見した日から、何の音さたもなかったのだが、つい昨日、彼女の元へ手紙が届いたのだ。

 危険な目に合わせたことへの謝罪と、結果的に王妃と王太子の命を守った働きについて、国王陛下直々の呼び出しである。


(あの手紙を見たお父様たちの顔といったら……今思い出しても笑ってしまいそうだけど、私も同じ顔をしていたのよね。笑えない)

 王城になれてきたとはいえ、国王陛下に会うのは初めてのアイリーン。


 朝から膝はがくがく、口から心臓を吐き出しそうな勢いで緊張していた。

(ほんとに、王城につかなければいいのに……)

 そう願ってやまない彼女だが、無情にもあっさりと王城に着き、あっさりと王太子殿下に出迎えられてしまった。


「久しぶりだね。アイリーン嬢、よく来たね」

 いつも通り輝くプラチナブロンドと、濃紺の瞳に端正な顔立ちのエドガー殿下にアイリーンは見とれてしまう。

(はう……少しは慣れたはずだったのに、ダメね。かっこよすぎて倒れてしまいそう)


 そんな気持ちをおくびにも出さず、彼女は平静を装って礼をした。

「エドガー殿下。ご機嫌麗しく」

「そんなの良いから。ごめんね。あの事件の後連絡も取れず、不安にさせたでしょう? 大丈夫かい?」

「いえ。驚きましたが、大丈夫です。あの王妃殿下は?」


 心配そうな表情で近づくエドガーに、ドキドキしながらも彼女は気になっていることを口にした。

「元気そうで良かった。母上なら、元気だよ。今は一足先に父の元にいる。今から僕たちも行くよ」

 そう言われて応接室を出て歩き出す。


 道中殿下はアイリーンに今日呼ばれた理由を話し始めた。

「今日君を呼んだのは、君に先日の事件のことを話しておきたかったからだよ。あの後、王宮内でいろいろあったからね。詳しくは父が話すよ。さ、ここだ」




「よく来た。アイリーン・ポーター侯爵令嬢。私がフォグラード王国、現王のスティーブ・フォグラードである」

 心の準備もなく、彼女は気が付いたら謁見の間にいて、国王陛下の前だった。


(ひえ~。心臓が、いたい)

 内心では今まで以上に震えながらも、そこは侯爵家令嬢。アイリーンは、表には完璧な挨拶をして見せる。


「お初にお目にかかります。ポーター侯爵家が娘アイリーンでございます」

「うむ。今回は王妃と我が息子の命を助けていただき感謝している」

 国王のトパーズ色の力強い瞳が、アイリーンを見る。


 目以外はエドガー殿下とよく似た容姿で、威厳と風格に溢れた王は、そう言って貴族の娘に頭を下げた。

「い、いえ。今回の件は、本当に偶然で……お二人がご無事で本当に良かったですわ」

「アイリーン嬢も無事でよかった。あの日、君が帰った後の話をしよう」


 国王はゆっくりと事の顛末を語り始めた。

 あの日、王妃の部屋を出たエドガーから報告を受けた国王は、早急に使用人たちを再調査した。

 その結果、最近入ったばかりのメイドが一人、その日付で行方不明になったことがわかった。


 捜索し、捕まえることに成功。

 動機は、入職早々に女官長に叱られたことでの逆恨み。女官長に罪を擦り付けようとしたようだ。


「そ、そんな理由で毒を……」

 全てを聞いたアイリーンは驚いて声を漏らす。

(人の命を何だと思っているのかしら? 軽率にもほどがあるわ)

 アイリーンは呆れた表情を見せる。話をした国王も王妃、エドガーまでもが同じように苦笑している。


「犯人は捕まえ、安全になったので、エドガーとの報告会を再開してもかまわないぞ。息子と仲良くしてやってくれ。今は不在だが、娘もおるし、良き話し相手になれるだろう。王城で自由に歩くことを許そう」

「まぁ! ありがとうございます」



 それから少し雑談をして謁見は終わった。

 気付けばアイリーンは、とんでもない後ろ盾を得ていた。


 謁見の間を出た彼女は、エドガーと次の報告会の予定について少し話すと、彼と別れる。

 そして、出口まで案内してくれる騎士について歩くと、騎士は何故だか王城の奥へ向かっているようだった。

 一般区画の奥まで歩き、ついに王族専用区画への境界線を越えてしまった。


「え、え? あの、これはどちらに向かっているんですか?」

「王妃殿下からのご指示で、お部屋までご案内します」

「わ、わかりました!」

 アイリーンはポカンとしていたが、気を取り直して返事をしたが、疑問は消えない。


(え、いったいなぜ……)

 そんなことを考えているうちに、あっという間に以前も見た王妃殿下の私室前に案内されていた。

 あっさりと部屋に通される。


「よく来てくれたわね。アイリーン」

「王妃殿下」

 先ほどぶりの王妃だった。

 以前と同じようにソファーに招かれ、紅茶を出される。

 王妃殿下は、そう言って優雅にティーカップを取ると、紅茶に口を付ける。


「今回の紅茶は安全だから大丈夫よ」

「ふふ。いただきます」

 アイリーンも妃殿下に続いてお茶を口に運ぶ。

 芳醇なラズベリーの味と香りが鼻を抜ける。大変美味なフレーバーティーだ。

 アイリーンの顔もほころぶ。


「とっても美味しいです」

 喜ぶアイリーンに王妃は笑いかけ、そして口を開いた。

「よかったわ。早速だけど、先日はエドガーがいて言えなかったお話をしましょうか」

「言えなかった話、ですか?」

「そう。あのね」


 王妃様は一度言葉を区切ると、真剣な表情で口を開いた。

「アイリーン、探偵としての貴女に頼みたいことがあるの」

「?」

 アイリーンは小首をかしげる。

「探してほしいの。スティーブと結婚したときにもらった、彼の目の色を模したブローチを」

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