ファイル24司書騎士フィリップと不人気な本
王城での毒物混入事件から数日後。
事件に関与しない様に自宅へ帰されたアイリーンは、犯人が捕まるまでの間、王城へ上がることを禁止されることになった。
殿下への報告会も一旦取りやめとなり、久しぶりに平和な探偵令嬢としての日々を送っている。
(エドガー様も王妃殿下も大丈夫かしら? 詳しい話は何も聞けないし……もやっとするわね)
「はぁ~、暇ね」
現在彼女は、ソファーにうつぶせに寝そべり、項垂れていた。
「依頼が……こないわ」
知名度ゆえか、屋敷の塀に貼った広告の効果は、あまりない。
今までも人探しや、逃げたペットの捜索をしたのだが、それも二、三件程度だった。
「にゃー」
ぐったりと寝そべるアイリーンの背中を、子猫のアランが踏み、我が物顔で歩いていく。
それを呆れた目で見るマギーは、気の抜けた主を焚き付けることにした。
「アイリーン様、そんなにお暇なら、王立図書館へ行って調べ物をしてはいかがですか? まだ例のフィリップという司書騎士ともお話できていないでしょう?」
「……そうね。いるのかは分からないけれど、行くだけ行ってみましょうか」
こうしてアイリーンとマギーは、王立図書館へ訪れた。
いつも通り、入館証を見せて中に入った彼女たち。
アイリーンがさっそくフィリップを探そうと、館内を見渡したところ、運よくすぐにフィリップらしき人物を見つけた。
以前に見かけた時と変わらない、少し癖のあるこげ茶色の髪の彼は、端正な顔に眼鏡を掛けていて、大人しそうだが、仕事が出来そうな雰囲気を醸し出している。
今日の彼は、相談スペースの係らしく、これ幸いとアイリーンは近づく。
「失礼。そこの貴方、お名前はフィリップで合っているかしら?」
「ええ。私がフィリップですが、お嬢様方は?」
彼は、アイリーンを見て、少し不思議そうな顔をして答える。
そんなフィリップに彼女は、笑顔で胸を張って挨拶した。
「初めまして。私はアイリーン。探偵をしているの」
「おや。お嬢さんが、探偵ですか。素敵ですね」
「ありがとう。駆け出しで、全然依頼がないのよ。ここには勉強のために来ているのだけれど、先日司書騎士のジルとコニーに、貴方がこの図書館で最も本に詳しい司書騎士だと聞いたの」
「ああ。なるほど」
合点がいったのか、フィリップは頷く。
「実は彼らからも、私に会いたいと言っているお嬢さんがいる、という話は聞いていました。何でも聞きたいことがあるとか」
「そうなのよ。私、エドガー殿下のことを調べていて、いい本はないかしら?」
「エドガー殿下ですね。どういった内容のものをお探しなのですか? 王家の成り立ちとかでしょうか?」
「うーん。殿下についての本が少なくて……何でもいいのだけれど、成り立ちよりも今の王族の方に密着したような内容とか、お好きなものが分かったりすると嬉しいわ」
アイリーンの要望に、フィリップは腕を組み、しばし考えていたが、すぐに組んでいた手を下ろしてふわりと微笑んだ。
「どうぞこちらへ。ご案内しますね」
フィリップはアイリーンとマギーを連れて、不人気な王族の書籍が立ち並ぶ棚へやってくると、いくつかの本を取る。
「このあたりの書籍はいかがですか? こちらが王家に密着取材した記者の作品。こっちは猫の絵画集なのですが、殿下が飼っている猫がモデルだとか」
「素晴らしいわ! フィリップ!」
「ありがとうございます。あちらの王族の歴史は、八百ページ以降に、エドガー殿下についての記述があります。殿下がされた勉学のことや数年前の災害援助についての取り組み等も載っております」
「まぁ!」
「良かったですね。お嬢様」
アイリーンは嬉しそうにぱらぱらと本をめくる。
彼は大変に仕事のできる男で、彼の取り出した本は、アイリーンの求める通りのものだった。
(素晴らしい。これは帰ってゆっくり読まなければ!)
本をしっかりと抱きしめて彼女は貸し出し処理を急ぎ、持ってきたバックにしまう。
そして、フィリップを見ると、気になることを聞いてみることにした。
「本当に助かったわ。ありがとう。貴方ってページ数まで覚えているの? 私もあの王族年鑑を読もうとしたのだけど、分厚すぎて飽きてしまって、枕にしてしまったわ」
アイリーンがそう言うと、彼はふにゃりと優しく笑う。
「ははは。皆さんよくそうおっしゃるんですよ。僕は本が好きなので、分厚い本を読むことが全く苦痛ではないんです。だからもともと文官になりたくて、まぁ親の反対があって司書騎士に落ち着いたのですが」
「まぁそうだったの」
「人気のない本も皆さんに親しんでもらおうと思って、この図書館ではいろんな企画をしているんです」
フィリップはそう言うと、受付横の掲示板を示す。
そこには、いくつかのポスターが掲示されている。
内容は、【先月の人気ランキング】【年間不人気ランキング】【ジャンル別司書騎士のおすすめ】などといったランキング形式のものと、あらすじや内容のおすすめポイントを伝えるものとがある。
「すごいわね!」
「いえ。これで皆さんに本を好きになってもらえると、いいんですけどね」
手作り感あふれるポスターを見つめて微笑むフィリップに、アイリーンは思う。
(本当に本が好きなのね! 思っていたよりも優しく笑う人ね)
真面目そうで大人しそうな雰囲気から、少し無関心なイメージを持っていたアイリーンだったが、どうやら違うようだ。
彼の示すポスターを眺めて、アイリーンは、ふと気づいたことがある。
「あら、この【年間不人気ランキング】一位って……」
「ああ、【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】という恋愛哲学を解いた本が万年最下位なんです」
「まあ。あの本が……」
アイリーンが苦笑を零すと、フィリップの表情が驚きに変わる。
「ご存じなのですか?」
「ええ。随分と綺麗な背表紙だったから、興味を惹かれて……だけどタイトルが変で結局読まなかったわ」
何となく、アイリーンは暗号のことを思い出したが、黙っておくことにした。
「そうなのですね。まあ少し難しいかもしれませんね。読んでみれば面白いのですが」
「機会があれば試してみるわ。それより」
アイリーンは言葉を区切ると、【今月のお知らせ】と書かれた掲示板を見る。
「先ほども言ったのだけど私探偵をしているの。何か仕事はないかしら?」
「仕事ですか……うーん」
フィリップは顎に手をあてて、またも考える。
「未返却本の回収に同行していただくのはどうでしょうか?」
「未返却本?」
アイリーンが小首をかしげる。
「ええ。二週間の貸出期限を守らずに、本を返却しない方がいる場合、登録いただいた住所まで取りに行くんです。何故機嫌を破ったのかは、直接聴取するのですが、嘘を吐く者もいますし、人を見る目は養えるかと」
「なるほど。面白そうね」
フィリップの提案にあっさり乗った彼女は、後日の回収に同行する約束を取り付けて図書館を後にしたのだった。
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