ファイル23王妃の茶会―後編―

 ドアを蹴破るような勢いで表れたのはエドガーに、母である王妃は「あらまあ」と楽しそうに笑い、アイリーンはポカンと口を半開きにしたまま固まった。

「え、エドガー殿下」


 妃殿下の壁になるように、立ち上がっていたアイリーンの肩をエドガーが掴んで揺らす。

「アイリーン! 無事ですか?」

「へ? ええ。大丈夫ですが……ゆ、ゆれる」

「そうですか。よかった……ああ、すみません」

 ほっと息を吐いたエドガーが腕の力を緩める。


「そんなに慌てなくても、アイリーンを食べたりしませんよ。ああ、アイリーン私を守ろうとしてくれたのですね。ありがとう」

「い、いえ。エドガー殿下でよかったです。変な人だったらどうしようかと思いました」

 そう言うアイリーンに、エドガーが眉根を下げる。


「それは、怖い思いをさせてすみません。母が急に貴女を呼び出したと聞いたので、少し慌ててしまいました」

(なんでそんなに慌てるのかしら?)

 そう思った彼女だったが、あまり深く考えずに軽く流す。

 のほほんと平和そうにしている彼女にエドガーは、胸をなでおろす。


 彼の心配は、マギーの心配と同じ類のもので、いわゆる女の戦いというものが勃発するのではないかというものだったのだが、彼は二人を見て思う。

(彼女を見る限り、母と揉めたわけではなさそうだ。しかし、一体何故……)

 母の思惑が分からないエドガーは、人好きする笑みを浮かべて提案する。


「せっかくなので茶会に参加してもよろしいでしょうか」

「!」

「まあ。かまいませんよ。お茶を準備させましょう。私たちのお茶も冷めてしまいましたね、アイリーン」

「は、はい」


(ひえっ! 何故、隣に、殿下が! いい匂いがする!)

 突然隣に座る王太子殿下に、アイリーンの内心は動揺で荒れ狂う。

 彼女の動揺も何のそのエドガーは、若干距離を詰めて座る。


「アイリーン嬢は何のお茶が好きですか? せっかくなら好きなものを準備させますよ」

 彼が話しかけてくれていることは分かっているのだが、アイリーンは心がそれどころではない。

(なんで一人分の距離を空けてくださらないの? ち、ちかいのよ~)


 心ここにあらず、なアイリーンに気付いたエドガーは、少し顔を顰める。

「……」

 話を聞いていないアイリーンの頬に手を添えて、顔をぐっと近づける。

「!」


 そして、少し無理やりではあるが、ばっちりと視線を合わせると、甘やかに微笑んで、とろりとした色気を感じるような声で囁いた。

「ね、アイリーンは、何が好き?」

「は、はひ……だ、ダージリンがすきです」

「そっか。ちゃんと聞いてたんだね」


 残念、と聞こえてきそうな表情でエドガーは、真っ赤になったアイリーンを見て満足したのか笑って離れる。

(なに! なんなの!? 殿下心臓に悪いわ!)

 どくどくとアイリーンの心臓が早鐘を打つ。

「うふふ。二人とも仲がいいのね」


(あ~! 妃殿下もいらしたのに! 忘れてたわ)

「ではダージリンで用意させましょうね。ベル、お願い」

 エリザベス王妃殿下が、近くにいた年配のメイドに声をかける。

 メイドは頭を下げて、他の若いメイドたちと一緒に下がる。従者が誰もいなくなったこの瞬間を待っていたかのように、エドガーが話を切り出す。


「それで、母上は何故アイリーンを呼び出したのですか?」

「貴方が邪魔しなければ、すでにその話は終わっているところだったのですよ」

「それはすみません」

 あまり悪いと思っていなさそうなエドガーの笑顔に、妃殿下もため息を吐く。


(親子仲がいいのね。エドガー殿下のプライベート見ちゃったわ)

 アイリーンは、笑顔で会話する二人を見て、何となく得した気分になる。

「全く……聞きたかったのは、アイリーンの探偵業のことですよ」

「ああ。確かにアイリーンは探偵をしていて、なかなかの推理力ですよ。ね?」


 エドガー殿下に目配せされ、どぎまぎしながらアイリーンは頷く。

「そうなのね。どんな事件を推理したのかしら?」

「そうですね。では――」

 王妃殿下の声がとても楽しそうで、アイリーンはいろんな事件の話をした。


 エリザベス王妃が特に興味を持ったのは、平民街で孤児を助けた時の捜査だった。

 話の最中で、お茶が準備されたが、誰も手を付けることなく、アイリーンの話に聞き入っていた。

 王妃殿下が感心した様子で声を上げる。


「へぇー! 足跡! 良く見つけたわね。すごいわ」

「そ、そんな、ありがとうございます。些細なことでも、何か繋がってるんじゃないかって思って気にするようにしています」

「そうなのね」


「はい。私はいつも探偵に必要な七つ道具を持ち歩いているんです」

「七つ道具?」

 不思議そうな顔をするエリザベス王妃とエドガー殿下に、アイリーンはポケットからビロード生地の布を取り出した。


 アイリーンは、その布につけられた紐をほどき開くと、中から一本のスプーンを出す。

 二人にスプーンを見せる。銀色の細やかな細工を施されたスプーンだ。

「このスプーンは純銀で出来ております」

「そのスプーンが何か?」


「この間、図書館の本で読んだのですが、銀は毒を判別する効果があるとか。もしも毒があれば、この美しい銀色が変わってしまうのです」

「まあ、博識ね」

 アイリーンは、照れくさそうに笑って、目の前のティーカップにスプーンを近付けた。


「そのお話を聞いてから、いつも持ち歩くようにしているんです。趣味というか何というか……あれれ!?」

 アイリーンは素っ頓狂な声を上げる。エドガー殿下と王妃殿下もアイリーンの手元を見て、驚きの声を漏らす。

 アイリーンの手元、銀のスプーンの紅茶につけた部分が黒く変色した瞬間だった。


「なっ!」

「まあ!」

「いろ、かわっちゃいました……」




 その後は怒涛の展開となった。

 すぐさま信頼のおける部下として、クラウスとアーサーを呼びつけたエドガー殿下は、クラウスを残して、慌しく出ていった。

 去り際には、急ぎながらもアイリーンへ配慮を残して。


「アイリーンは母上とここにいて。私は用が出来たから失礼するよ。クラウスに護衛をさせるし、門の外も別の騎士に任せるからこの部屋から一歩も出ないでね」

 そう言い残すと、部屋を飛び出していったのだ。

 アイリーンは混乱する頭を整理しようと必死だった。


(銀が変色した。それってつまり……誰かが紅茶に毒を入れたってことだわ。私たちを毒殺しようとしたということよね)

 そう考え、今更になって一歩間違えば死ぬかもしれなかったと恐怖に体が震える。

(怖い……だけど、妃殿下の精神面も心配ね……)

 彼女が妃殿下の顔を見ると、やはり慣れてはいるのか、アイリーン程震えている様子はない。


「エリザベス王妃殿下、大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫よ。ごめんなさいね。巻き込んでしまって。せっかくお茶会に来てくれたのに」

 しばらくは妃殿下とアイリーンはずっと手を繋いで待っていたが、アーサーが呼んだらしい迎えの馬車がきて、アイリーンは早急に自宅へ帰されたのだった。

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