ファイル22 王妃の茶会—前編—

 フォスター家から帰ったアイリーンを待ち受けていたのは、母の雷だった。

 ぐったりとソファーに寝そべるアイリーン。

「はぁ~。お母様ったら、あんなに怒らなくても……」

「お嬢様がお転婆するからですよ! まぁでも、猫を飼う許可が下りてよかったですね」


「確かにそうね。ベリンダと仲良くなれたのはとても楽しかったし、猫も飼えるし、上々かもしれないわ」

 倒れ込んでいた体を起こし、ちゃんと腰かけると、マギーの淹れたお茶を飲む。

 今日はアップルティーだ。瑞々しく甘い香りが、鼻腔を擽る。


「ねえマギー! ベリンダのご両親もすっごく美人なの。ベリンダって、お父様似なのね。お父様が銀髪で、お母様は黒髪だったわ。ベリンダみたいな美人が殿下の隣にいると素敵じゃないかしら?」

 楽しそうに何の他意も持たずそう言うアイリーンに、マギーは言葉に詰まる。

(殿下が絡むと、どうしてそんなにぽんこつに……)


「そうですかね? お嬢様は、殿下に好きな人がいてもいいんですか?」

「美男美女で素敵だと思うわ! あ、でもそう……殿下は好きな人、いらっしゃるのかしら?」

 そう言うとアイリーンは考え込んでしまう。


 しばらく、「うーんうーん」と口に出しながら悩んでいた彼女だったが、「あっ!」と叫んで、何かひらめいたように手を叩いた。

「そうだわ。簡単なことよ! 私が殿下に好きな人がいるかを捜査すればいいのよ!」

「……流石です」


 マギーは、ため息が零れない様に、必死に息を吸う。

(あー、私の意図とは違いますが、殿下に好きな人がいるかもしれないという認識を、持っただけでも上出来ですね……)

 今朝届いたばかりのアイリーン宛の手紙。

 ポーター侯爵から、彼女に渡すように頼まれたのだ。


 しかし、主の幸せを考えるマギーは、本当に渡していいのか不安を覚える。

「アイリーン様、今朝こちらの手紙が届きました。旦那様より、よく考えてお答えせよと」

 マギーから受け取った封筒は、つい最近も見た、王家の紋章が入った白い封書。

 深緑の蝋はユリの印が施されている。


「? これ、王妃殿下から!? え、どうして……」

 アイリーンは驚きで、目を見開く。

 定期開催されるお茶会は、まだ先のはずで、マギーを見るが、彼女は何も答えずペーパーナイフを差し出す。


「どうぞ。ペーパーナイフです」

 受け取ったナイフで封を切る。

 アイリーンは真っ白の便箋に、書かれた文を読み上げる。


「何々……拝啓アイリーン・ポーター様。この度、王城にて貴女を招待し、茶会を開きたいと考え、お手紙を送りました。息子、エドガーより貴女の話は聞いております。是非二人で話をしたいと――ってえええ!!」


 アイリーンの驚く声が屋敷中に響き渡る。

(やっぱり……)

 マギーの顔が僅かに心配にゆがむ。

「どどうしよう……って断れるわけないわよね。一介の侯爵令嬢が、そんな、ね」

「お嬢様……」


 アイリーンは、にこりと笑って、マギーを安心させるように手を重ねる。

「行くわよ、マギー。心配ないわ」

「ですが……」


「もう決定事項よ。それにしても、王妃様が二人でお話したいって、何かしらね? せっかくだから、探偵業を売り込むのもいいわね。それなら探偵道具も持っていこう」


 のほほんとしたアイリーンがそんなことを言うので、マギーはがくりと肩を落とした。

 そして、ゆっくり紅茶を味わい始めたアイリーンを見て、マギーは考える。

(王宮の女は怖いというから、変な派閥争いとか……そんなものにお嬢様が巻き込まれないといいけど)

 マギーの心労は増えるばかりなのであった。


 **********


 数日後。

 綺麗な薄ピンクのドレスに身を包んだアイリーンは、王妃と一対一での茶会に出席するため、王宮を訪れていた。

 アイリーンが着いて早々、騎士がやってきて案内をしてくれる。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 案内されるがまま、向かうのは以前来た応接室よりも、もっと奥の部屋。

(え、こっちって王族の居住区じゃ……)

 アイリーンは冷や汗をかくのを感じた。


(ひえ~。どこへ向かっているのかしら? ま、まさか)

 嫌な予感を感じた彼女が青い顔になっているところで、騎士が立ち止まる。

「こちらでお待ちください」


 前には何やら大きな扉があり、両側を屈強な護衛が二人。

 騎士たちがやり取りをしてから、扉を開けてくれた。

「どうぞ」


 恐る恐る入ったアイリーンが見たのは、白と金を基調とした上品な室内。

 そして、ゆったりとしたソファーに座った、美しい部屋の主。

 艶やかなマロンブラウンの髪。その瞳の色は、息子であるエドガー殿下と瓜二つ。


「いらっしゃい」

 フォグラードの光と謳われるエリザベス王妃殿下、アイリーンに微笑みかけている。

(ひえ、お近くで見ると、本当になんて美しい人なの)


 アイリーンは妃殿下に見とれ、呼ばれるがままに傍へ近づく。

 彼女は妃殿下の前まで来ると、人生で最も慎重にカーテシーをした。


「本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます。ポーター侯爵家、アイリーン・モリー・ポーターでございます」

「頭をあげて頂戴。急に呼んでごめんなさいね。驚いたでしょう?」

 そう言って微笑む妃殿下は、アイリーンにソファーを勧めてくれる。


 アイリーンが礼を言ってソファーに座ると、メイドたちがお茶の準備を始めた。

「貴女のことは息子から聞いて、気になっていたのよ。5月と6月のお茶会には来てくださったけれど、挨拶だけでお話は出来なかったから」

(ええ。エドガー殿下に何を聞いたのかしら……バレたらお母様に怒られるようなあれかしら? それとも……ああ、こわい)


 アイリーンは内心震え上がるが、そんな彼女に気付くことのない妃殿下は、朗らかに笑って、好奇心の浮かんだ顔で、軽くテーブルに身を乗り出す。

「ねぇ、エドガーから聞いたのだけど、貴方」

 エリザベス王妃殿下がそう話しかけようとしたところ、扉の向こうがざわざわと騒々しくなり始める。


「何かしら? 騒々しいわね」

「誰か来られたのでしょうか?」

(もし、変な人だったら……妃殿下をお守りしなければ!)

 アイリーンは不安に駆られながら、決意を固め、そっと腰を浮かす準備をする。


 ――バタバタバタ

 ――ドンッ

「母上! アイリーン!」

 ドアを蹴破るほどの勢いで表れたのはエドガー殿下だった。

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