ファイル21愛犬メアリーの腹ペコ事件—後編—

 メアリーに別れを告げ、フォスター家に通されたアイリーン。

 ベリンダに案内されて応接室へとやってきた。

 フォスター家の応接室は、とても温かみのある部屋だった。

 鮮やかな発色の様々な糸が使われた織物が、壁や床に飾られている。


「どうぞ。アイリーン、お座りになってくださいな」

「わー! いい匂いの紅茶! お菓子もどれもおいしそう。それに素敵な織物ね」

「ありがとうございます。この織物は、母とわたしの手作りです」

「まぁ! そうでしたの」


「我が家の領地は国の端ですから、外国のものや、珍しいものが手に入るんです。食べ物や織物、宝石とか……こちらの編み方も海外の編み方を教えていただいたのですわ」

 そう言ってベリンダが、壁に掛けられた編み物の説明をしてくれる。


「これはどちらの国の織り方なのですか?」

「それは、工業の国コメリカの織物ですわ。とても繊細な織物が出来る機械工業が盛んですの」

「へぇー」

 アイリーンは感嘆の声を上げた。


「とても質が良く、安価なのでこの国に入ってくるようになるのも、時間の問題だと思いますわ」

「そうなのですね。ベリンダは詳しいのですね」

 そこから、アイリーンとベリンダはいろんな話をした。


 領地の話や家族の話。

 ベリンダには兄が二人いて、一人は領地に、もう一人は王都に出てきて働いているらしい。

 他にも二人の共通の趣味である読書の話は大いに盛り上がった。特に【名探偵シャーリーシリーズ】の名場面や好きなセリフについての話は、二人とも大はしゃぎであった。


 ボーン、ボーン――

 柱時計の音が時間を告げる。


「あ、メアリーのおやつの時間ですわ」

 話を中断した二人は、メアリーのおやつを準備するため、厨房へ向かう。

 道中、アイリーンは聞きそびれたことがあったのを思い出した。


「そういえば、ベリンダ。メアリーって最近、子犬を産んだかしら?」

 アイリーンがそう尋ねると、ベリンダは「まあ!」と言って驚き、口元を手で隠す。

「どうしてそう思いますの? 実はお医者様にも同じことを聞かれたのです。ですが、子犬を産んだ形跡はなくて」


「メアリーのお腹を触ったとき、乳腺が随分と発達しているなと思ったの。子犬にお乳をあげているのかなと思って……お医者様は異常がないと言ったのよね?」

 アイリーンの言葉に「なるほど!」と言って、ベリンダは頷く。

「お医者様は、異常はないとおっしゃっていましたわ」

「うーん。それなら……」


 彼女は、今まで読んできた数々の本の中に、何かヒントがないかと考えを巡らせる。

(何か、あるはずなのよ。どこかで読んだ気がするの)

 考え込む彼女の脳裏に、ふと【名探偵シャーリーの大冒険―怪盗貴族と犬―】のストーリーを思い出した。

【怪盗貴族と犬】は、【名探偵シャーリー】の原点である、出会いが多く描かれている。


 怪盗貴族との出会いや支援してくれる友人たちとの出会い。

 そして、愛犬となるホームズと出会い、旅をする決意を固める話なのだ。

 アイリーンはぽつりとつぶやいた。


「ホームズは、最初にシャーリーがパンをくすねた野犬で、怪盗貴族に眠らされた後、一緒に食事を分け合うのよね……」

「そのシーンもいいですわよね。ホームズは、その場でパンを食べないで、シャーリーを連れて巣穴に帰る。そこには、種類の違う三匹の子犬がいて、ホームズはその子犬にお乳を与えているんですよね」

 アイリーンの言葉を拾ったベリンダが、話を続ける。


「そうね。ホームズがメスだとわかる衝撃シーンなんだけど……ねえベリンダ」

「なんでしょう?」

「メアリーは敷地内では放し飼いよね? おやつをあげた後、どこかに消えたりしないかしら?」

「そういえば、食べてしばらくは、見ないですね。すぐに出てくるので気にも留めていませんでしたが……」

「メアリーの後をついていきましょう」


 二人は、いつもより多めにおやつを入れた皿を持って、メアリーの元に向かう。

「メアリー!」

 ベリンダの声に反応したメアリーが、小屋の中から飛び出てくる。

「おやつですよ」


 ベリンダがメアリーの前におやつを置くと、メアリーはちゃんと「待て」をしてから、ベリンダの合図で食べ始めた。

 それを見て、二人は家に戻るふりをし、そっと物陰に隠れる。

 メアリーはおやつを食べた後、辺りをきょろきょろと見てから、庭の奥へと向かった。


 アイリーンは、ベリンダと顔を見合わせ、小声で話しかける。

「追いかけましょう」

「ええ」


 腰ぐらいの長さがある草の中をかき分け、家の裏手に回ると、厩が見え、古い木造の小屋があった。

「ベリンダ、あれは?」

「多分、物置小屋だと思いますわ。わたしも小さなころに遊んだだけで何が入っているかはわかりません」

 メアリーは老朽化した小屋の裏に消える。


 少し近づくと、裏側の壁が少し割れて、子供や大型犬が通れる程度の穴が開いていた。

 二人は小屋まで近づくと、頷き、穴から中を覗く。

「暗いわ……」

「あら? アイリーン、鳴き声が聞こえますわ」


 中はベリンダの言う通り物置のようだった。様々な道具や箱が積まれている。

 耳を澄ますと、みゃーみゃーと小さな声が奥から聞こえてくる。

「こっちね」

 二人は屈んで、音を立てない様に中へ入る。


 庭道具が入った箱の裏に埃避けの布がかけてある。

 ベリンダが、そっとめくると、そこにはメアリーと子猫が二匹。

 メアリーが、子猫にお乳をやっていたのだ。


「まぁ! こんなところにいたのね。メアリー」

「くうぅ」

 ベリンダの声に、メアリーは立ち上がると、ごめんなさいと言っているかのように彼女の手にすり寄る。


「この子達にご飯をあげていたから食べる量が増えていたのね」

「みゃーみゃー」

「みぃー」


 毛の長い白猫が二匹。一匹は青色と金色の目、もう一匹は、両目とも青い。

 とてもきれいな猫だ。

「どちらも毛並みが綺麗。飼い猫が親なのかしら。とっても可愛いわね」

 指を差し出すとじゃれてくる子猫に、アイリーンは頬が緩む。


 しかし、ベリンダの顔は浮かない。

「どうしましょう。二匹とも飼ってあげられるかはわからないですわ。お父様とお母様にお願いしても……アイリーン、良かったら一匹飼ってくれないかしら?」

「うーん。多分大丈夫だと思うわ……お父様とお母様に聞いてみる」


 二人はそれぞれに子猫を抱えて立ち上がった。

「よしよし。もう大丈夫よ。アイリーンありがとう。とても助かったわ!」

「これで事件は解決ね!」

「そうね! 【シャーリーの冒険】みたいでとっても楽しかったわ」

「私も! また遊びましょうね。ベリンダ!」


 その後うちに戻った二人は、泥だらけなのを使用人に見つかり、大慌てで風呂に連れていかれた。

 結局アイリーンはその日、フォスター家に泊まっていくこととなる。


 そしてその数週間後、乳離れのできた子猫が一匹ポーター家にやってきた。

 青と金の瞳を持つ、白い長毛の子猫にアイリーンはアランと名付け、大層かわいがったのだった。

 フォスター家とは、家族ぐるみの付き合いとなり、アイリーンは趣味の合う親友を得たのであった。

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