ファイル20愛犬メアリーの腹ペコ事件—前編—

 アイリーンは友人である令嬢を招き、茶会を開催することがある。


 先日の令嬢ハンカチ事件以来、意気投合した、男爵令嬢ベリンダ・フォスター。

 そして何故かベリンダと仲良くなっていた、伯爵令嬢ジュリアナ・デンゼル、子爵令嬢オリーブ・ウッド、ヘレン・リース。

 今回は彼女たちを招いて、お茶会を開催した。


 自慢の庭に、素敵なお茶とお菓子の準備は万全だ。

 思った通り、令嬢たちは喜んでくれて、彼女がホッとしたところで、和やかな茶会は進んでいく。

 年若い少女が集まればする話は決まってくる。

 ジュリアナが、陶器のような白い頬をバラ色に染めて言う。


「殿下はいつもかっこいいですわよね! あの美しさ、聡明さ、物腰の柔らかさ素晴らしいですわ」

「そうですわね!」

「確かにいつも凛としていらっしゃいますわよね」

 アイリーンや他の令嬢も同意する。


 そんな中、興味深い事件と遭遇した時のアイリーンのような顔で、オリーブは彼女を見て、我慢できないと言った様子で口を開いた。

「アイリーン様は、殿下とどんなお話をなさっているのですか?」

「どんな話? 何のことでしょう?」

 こてんっと首を傾げるアイリーンに、ジュリアナが詰め寄る。


「何のこと? ではありませんわよ! 先日の茶会で殿下とお二人で会う約束をなさっていたではありませんか」

「あ、ああ」

 確かに、とアイリーンの口が動く前に、詰め寄るジュリアナ。


「お、落ち着いてジュリアナ様」

「さぁ言うのですよ!」

 そんな押し問答で、彼女はヘレンに視線で助けを求める。

 それに気付いたヘレンが、くすりと笑って理由を話し出した。


「今までは殿下の御意志で継続参加される令嬢はいらっしゃらなかったから、みんな気になるのですよ。殿下の想い人がアイリーン様ではないかと思っているのです」

「ええ!」


 うんうんと同意するように頷く他の令嬢たちを見て、アイリーンは自分が世間からどう見られているのかを初めて知った。

「それはないですわ! あれは、探偵業のためです」

「探偵業、ですか?」


「そういえば、先日の推理力は素晴らしかったです! まさに【名探偵シャーリー】のようでしたわ」

 【シャーリーシリーズ】のファンであるベリンダが、その日を思い出しているように、うっとりと頬を両手で包む。


「ありがとう、ベリンダ様。実は私——あの後殿下とお話して、探偵業を殿下が支援してくださることになったの。報告会は条件にあげられた義務よ」

「まあ! そうだったのですね」

「天才と謳われる、エドガー殿下に気に入られるなんて、アイリーン様すごいです」


「アイリーン様ならば、どんな事件も解決できてしまいそうですわね!」

「そ、そんなことはないわ」

 口々に令嬢たちに褒められる。

 褒められ慣れていないアイリーンは、恥ずかしそうに縮こまる。


 そんな中、ベリンダが「アイリーン様に解決していただきたい事件がありますの」と言い出したのがきっかけだった。

「ベリンダ様、どうしたのですか?」

「わたしの愛犬メアリーが、最近ご飯を食べすぎるんです」

「食べすぎる? どういうことなのですか?」

 アイリーンは、首を傾げて尋ねた。


「いつもメアリーの食事時間は決めていましたの。朝と夕の二回で。ですが最近、食事の後に、食事したのを忘れたように、食べたいと皿を出して待っているのです。わたし、メアリーがお食事を忘れてしまったのかと思って、病院に連れて行きましたの」


 ベリンダが悲し気に目を伏せる。うるんだ瞳と泣きボクロが艶っぽい。

 サラサラ揺れる銀髪に発育の良い豊かなお胸。同い年であるアイリーンにとっては憧れである。

(いけない。羨ましがっている場合ではなかったわ)


 他の令嬢たちも、ベリンダの話を気の毒そうに、悲しそうに聞いている。

「まぁ」

「それで、お医者様は何と?」

「それが、どこも悪くないと……どこにも異常が見つからなかったのです」

 ベリンダは形の良い眉を下げる。


「病気がなかったのはよかったのですけれど……」

「理由が分からないのですね」

 こくりと頷くベリンダ。

「ふむ」

 アイリーンは顎に手を当ててしばし考え、一つの案を持ち掛ける。


「よろしければ、ベリンダ様のお家にお邪魔して捜査させていただけないかしら?」

「もちろんですわ!」

「ありがとうございます」

 こうして、アイリーンはフォスター男爵家のタウンハウスを訪れることになった。




 数日後。フォスター男爵家へ向かうことになったアイリーン。

 ゴトンゴトンと、馬車に揺られ、たどり着いたフォスター家は、貴族居住区のもっとも外側の地域だった。

 高い塀に囲まれた敷地に入ると、薄黄色の土を練りこんだ地域特有の壁のタウンハウスが見える。


 侯爵令嬢であるアイリーンの家よりは、随分とこじんまりとした敷地だ。

 前庭は、生命力のままに伸びる草木が生い茂り、玄関からほど近い所に、茶色い屋根の犬小屋があった。

 玄関前では、出迎えのベリンダとフォスター家の使用人たちが並んでいる。


「ようこそお越しくださいました、アイリーン!」

「ベリンダ! お招きありがとうございます!」

「何もない家ですが、精一杯おもてなしさせていただきますわ!」

「ありがとうございます。それで早速なのですが、あの犬小屋がメアリーのお家ですか?」

 そう言ってアイリーンは、茶色い犬小屋を見る。


「やだ、わたしったら。あまりお家にお友達が来てくださることがなくて、ついはしゃいでしまいましたわ! そうなんです。メアリーにご紹介いたしますね」

 ベリンダの言葉を聞いて、アイリーンは思い出した。


(フォスター家は、【顔だけ貴族】と言われ、社交界でも非難されていることが多いわ。お友達が少ないのもきっとそのせいね。だって、こんなにも可愛らしく笑うベリンダを知っていれば、みんな嫌うはずがないわ)


 アイリーンは、ベリンダの後に続き犬小屋にいるメアリーを見る。

「おいで、メアリー!」

「ワン!」

 尻尾を振って飛び出してきたのは、ゴールデンレトリーバー。


 大きな体に金のくるくるした毛は見るからにふわふわとしていて、人懐っこくベリンダにすり寄る姿はとても可愛らしい。

 ベリンダの美しい銀髪とメアリーの金の毛が、光を集めて、まるで絵画のような光景にアイリーンは感嘆のため息を零す。


(ほぅ。なんて美しいのかしら……ベリンダのような方が殿下の王太子妃になったら素敵なのに)

 ぼんやりとそんなことを思うアイリーン。

「アイリーンに挨拶するのよ」

「わふ!」

「初めましてメアリー。よろしくね」


 ベリンダの合図でアイリーンに駆け寄り、ごろんとお腹を見せるメアリーを撫でる。

「ふわふわだわ! 可愛い!」

 元来動物好きのアイリーンは、メアリーをとても気に入った。


 ふわふわの毛を堪能してから、よしよしと腹を優しく撫でているとき、アイリーンはふと思った。

(ん? あら? メアリーって……子供がいるのかしら?)

 アイリーンは気になったことを尋ねようと口を開く。


「ねえメアリーって」

「あ、アイリーン! メアリーのおやつの時間まで、わたし達もおやつにしませんか?」

 期待と少しの不安を混ぜたような顔で、ベリンダが提案する。

 先ほどの話を聞いて、断れる人間がどこにいるのか。


(今日はいっぱい話をして、楽しまなければ!)

「そうね!」

 そう言って笑ったアイリーンは、ベリンダと一緒に屋敷の中へ入って行った。

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