ファイル17恋心窃盗事件―初めての報告会―
「……ついに、来てしまったわ」
探偵令嬢アイリーン・ポーターは、目の前にそびえる巨大な門と、その奥に見える美しい城に震えながら呟く。
二週間前の定期茶会で、令嬢ハンカチ窃盗事件を解決したところ、何の偶然か想い人であるエドガー殿下に見られ、何故か殿下は探偵業の協力をしてくれることになってしまった。
(あれから二週間。早かったわ……)
今日の彼女は、王太子であるエドガー殿下に、初めて探偵業の報告を行うためにやってきた。
「女は度胸よね」
グッと握りこぶしを作ると、心の中で気合を入れる。馬車は再び王城の敷地内へと進んでいく。
アイリーンが馬車を下りると、そこには迎えだろう近衛騎士と見知った顔の人物がいた。
エドガー殿下の側近、クラウスだ。
「お待ちしておりました。アイリーン嬢」
「ご機嫌様。クラウス様」
「ご案内させていただきます。こちらへどうぞ」
クラウスに案内され、アイリーンは城内を歩き始める。
(以前来た時にも思ったけど、高そうなものがいっぱいね……)
彼女がきょろきょろと見回しながら歩いていると、白に金の縁取りがされた両開きの扉の前に着く。
クラウスがノックをしてから、声をかける。
「エドガー殿下、アイリーン嬢をお連れしました」
「どうぞ」
許可が出てから扉を開いたクラウスに促され、アイリーンは緊張に顔を強張らせたまま足を踏み出した。
(ええい! 行くわよ!)
室内は明るく、応接室らしい高価な調度品が並ぶ部屋だった。
中央のソファーにはすでに、王太子であるエドガーが座っている。
「いらっしゃい、アイリーン嬢。さぁおいで」
(はうっ)
「失礼いたします」
麗しの怪盗プリンスが微笑み、手招きしているという事実に、彼女は一瞬気を失いそうになった。
しかし、同じ轍は踏まない彼女は、何とか荒ぶる心を押さえつけると、優雅にカーテシーをしてエドガーに挨拶を述べた。
「ああ、堅苦しいのはいいよ。僕と君の仲じゃない」
(……それはいったいどんな仲なのかしら?)
アイリーンは疑問を口にすることなく、促されるままエドガーの向かい側に座る。
その様子を面白そうに眺めた後、エドガーが口を開いた。
「さて、以前の茶会で言ったことを覚えているから来てくれたんだね?」
「はい。本日は殿下に探偵業の報告をさせていただくために参りました」
「うん。じゃあ早速聞かせてもらおうかな」
「わかりました。先日、王立図書館へ行った日のことです――」
彼女は、平民街で見たスラムの子供たちとパン屋のいざこざ、焼き立てパンが盗まれた話をした。
騒ぎの現場を保存し、足跡から犯人と手口を割り出したことを伝える。
エドガーは時折紅茶に口を付けながら、相槌を打ったり笑ったり、彼女の話を興味深そうに聞いていた。
「——ということで、平民街の情報を彼らが集めてくれることになりました。【ガーネットチルドレン】私の諜報部隊ですわ!」
「そう。ふ、ふはははは。孤児の諜報部隊まで作っちゃったの? 君はホントにやることが面白いね」
耐えきれないと言った様子でお腹を抱えて笑う殿下に、アイリーンはぽっと見惚れてしまう。
(は~。笑った顔が素敵! い、いけないわ! ちゃんとしなくては)「怪盗プリンスの秘密を探らなくては」
そう思ったアイリーンは慌てて、涼しい令嬢の表情を作る。
「いえ。そんな、面白いことをしているつもりはなく……」
「うん。真剣にやってるから面白いんじゃない」
「う……」
エドガーに面白いと言われ、落ち込むアイリーンを見て、彼はくすと笑うと宥めるような優しい声で「ねぇ」と話しかけた。
「あまり無茶はしないようにね」
「はい。ありがとうございます」
その後も、消えたカップケーキ事件について話し、エドガー殿下を散々笑わせて、アイリーンの初めての報告会はお開きとなったのだ。
************
アイリーンの帰った応接室に残ったエドガーは、彼女の兄であり、今日も執務室で働いていたアーサーを呼び出した。
「俺が仕事してる間に、妹と密会とかたのしかったですかぁ~?」
目元に隈を抱えたアーサーに詰め寄られ、エドガーは苦笑する。
「ああ、押し付けてすまないな。後で行くから」
「ったく、いいけどさ。で、何だよ。アイツなんかやらかした?」
「ああ。私の想像以上の行動力で驚いているよ」
エドガーはアーサーに今日の報告会の内容を話して聞かせる。
「はあ!? 孤児の諜報部隊!? アイツそんなことしてたのか!」
「そうみたいだよ。スラムは行ってないみたいだけど、平民街を令嬢とメイド一人でうろうろするのは危ないよね」
「まぁアイツのメイド、護衛も兼ねてるから強いけどな」
「そうかもしれないけど、彼女は随分お転婆みたいだからね。私からもこっそり護衛を付けるけど構わないかい?」
「あーいいんじゃないか? 父さんに話してみるわ。ついでに様子見に実家帰る」
「うん。仕事調整しないとね」
エドガーは頷き、頭の中で今後の予定を考える。
「あ、そうだ。アーサー、一つ調査を頼まれてくれるかい?」
「ん? なんだ?」
「アイリーンが、【かいとうなんとか】って言ってたから、調べてくれる?」
「あ? かいとう? 怪盗? 小説のか?」
アーサーが怪訝な表情を浮かべる。
「小さい声だったから分からないけど、確かに言ってたよ。ね? クラウス」
エドガーが、今まで黙って傍で控えていたクラウスを見る。
「そうですね。よくは聞こえませんでしたが……」
「何か大きな事件に関わってるといけないから、それとなく本人から話を聞いてきてくれるかい?」
「はあ~。わかった。今の話聞いたら、変な事件に関わってる可能性も否定できないからな」
大きくため息を吐いたアーサー。
(アイリーン、一体何を考えてんだ? 小説に入れ込みすぎただけならいいが……とにかく実家に帰って確かめないとな)
こうして、アーサーの帰宅が決まったのだった。
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