ファイル16王立図書館の暗号の行方
翌日。
アイリーンとマギーはもう一度と王立図書館へと足を運んでいた。
アイリーンは昨日の暗号がどうなっているのか確認したくて、居ても立っても居られなかったのだ。
「二日連続で図書館に行きたいなんて、どうなさったんですか?」というマギーの疑問を曖昧に濁しながら、二人は昨日と同じ王立図書館の門をくぐる。
昨日と同じ門番だったので、アイリーンは手を振って挨拶した。
「ご機嫌様。今日もご苦労様」
「おや。昨日のお嬢様方。おはようございます。連日のお越しとは、何か気になることでもありましたか?」
茶髪の門番Aが尋ねる。
「ええ。ちょっと昨日の続きが気になってね」
「そうでしたか。勉強熱心ですね」
世間話に花を咲かせていると、グレーの髪の門番Bが「そうだ」と思い出したように切り出した。
「お嬢様。昨日話していたフィリップなんですが、今日ならいますよ。ただ、アイツは今日勉強会に呼ばれているようなので、時間がとれるかはわかりませんが」
「そうなの。後で顔を見に行ってみるわ。無理そうなら声をかけるのは今度にするわ」
「ありがとうございます。フィリップは割と男前なんですぐにわかると思いますよ。眼鏡を掛けた、茶髪の男です」
「分かったわ。探してみる」
門番と別れ、二人は図書館へと入った。
天井まで所狭しと並ぶ無数の本棚を見て、アイリーンはマギーに声をかける。
「さてと……マギーは好きなものを見てきて」
「どうしてですか? お供しますよ」
「ダメなの。これは一人で行くわ」そう言って、アイリーンは首を横に振る。
そしてかなり声を潜めて、マギーにしか聞こえない様に顔を近付ける。
「実は……今から見に行くのは、暗号なの。それも、恐らく恋文……なんだか悪いじゃない? 覗くのって」
「わかりました……ですが、それならお嬢様も見なければいいのでは?」
マギーが素朴な疑問を投げかけると、「だって一度見ちゃったら、気になるじゃない」とアイリーンが悪戯っ子のような顔をする。
「わかりました」
少し呆れた笑いを漏らしたマギーは、主の言いつけを守り、大人しく好みの本を探しに行った。
マギーと別れたアイリーンは、昨日と同じ哲学の棚へと歩く。
相変わらず、奥に行くほど人気のない棚を横目に映す。
(他の棚には……いないわね)
彼女が哲学の書棚へ来ると、やはり昨日の女性、王立図書館の妖精はいなかった。
(そう簡単には会えないか……)
そう思ってアイリーンはしょんぼりと肩を落とす。
期待はしていなかったが、それでも妖精と会えずに落胆してしまうのは仕方ない。
「まぁ仕方ないことよ。気持ちを切り替えましょ」
小声で自分を奮い立たせて、アイリーンは昨日の本を探す。
経年劣化でくすんだようだが、未だ鮮やかなコバルトブルーの背表紙には、相変わらずへんてこなタイトルが金文字で書かれていた。
【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】そう印字された本を手に取る。
昨日の暗号と答えを探して、パラパラとページをめくる。
(ん? あれ? ないわ)
昨日見つけた時に挟まっていたページには、何もなかったのだ。
彼女は続けてページをめくり続ける。
「ない……」
その本には何も挟まっていなかった。
アイリーンは念のため、背表紙を持って本を揺すってみたが、何も落ちてこない。
「不思議ね」
彼女は本を棚に戻しながら考える。
今この本にないということは、誰かが持って行ったと考えるべきだ。
候補は三つ。
昨日この本を触っていた妖精と呼ばれる女性。
暗号のやり取りをしている相手。
そして、全く無関係の人間。
アイリーンがそれを発見してから、まだ一日しか経過していないのに消えた。
(今はまだ時間も早いし、客は少ない。昨日のうちになくなったのかしら?)
彼女は不思議に思いながらも、マギーの元へ戻るため歩を進める。
彼女が貸し出しカウンターの近くを通ると、会議室コーナーの方から、ぞろぞろと大勢の人が出てくる。
先頭は、豊かなお鬚のお爺さんと二十代ぐらいの司書騎士。ついで老若男女、あらゆる人が続いている。
先頭の二人は言葉を交わしており、時折聞こえる声と仕草から、「素晴らしい」とか「流石だ」などと司書騎士を褒めているようだった。
司書騎士は、少し恐縮した様子ではあるが、口元に僅かな笑みを浮かべていた。
司書騎士は黒に近い茶髪で、眼鏡を掛けている。
眼鏡で少しわかりにくいが、端正な顔であることがアイリーンにも分かった。
(大人しそうだけれど、聡明な感じで、学者様のような雰囲気の方)
彼女は何となく、彼が門番の言っていた、フィリップなのだろうと思った。
会議か何かを行っていた様子の一行は、これから図書館内の見学に映るようだった。
(これは……今日はお話しできそうにないわね)
そう思ったアイリーンは、この図書館で最も本に詳しい司書騎士であるフィリップ、と思われる人物の顔をしっかりと見つめて覚える。
「あ、お嬢様。こんなところにいらしたのですね」
「あら、マギー。ごめんなさい。すぐ戻ろうと思ったんだけど」
「いえ」
「ね、あの方が門番の言っていた、本に詳しい司書騎士ではないかしら?」
「あの方? ああ、確かに特徴は似ていますね」
そう言って二人が視線を彼に向けると、彼もまたこちらを向いて、バチリと目が合う。
彼の顔は「見られていると思っていなかった」と驚いており、アイリーンの顔もまた、「目が合うと思わなかった」と目を丸くしていた。
彼が軽く礼をして、去っていく。
その身のこなしに、アイリーンは、独特の雰囲気を感じた。
「……また、今度来た時に話かけてみましょ。さ、本を借りてこようかしらね」
「そうですね。今はお忙しそうですし」
「今日は流行りのプティングを食べに行きたいのよ!」
「では、早速行きましょう! でも食べ過ぎちゃダメですからね! 殿下にお会いするまでに太ったら大変なことです」
「……分かってるわよ、たぶん」
二人は軽口を交わしながら、王立図書館を後にしたのだった。
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