ファイル15孤児と盗まれたパン―後編―
パン屋の前でアイリーンは注目を集める。
「皆さん! 今から私がこの事件の真相をお話しますわ」
「真相だって!?」
「どうせあのガキだろ」
ざわつく野次馬を視線で黙らせると、彼女は名探偵らしく左右を行ったり来たりしながら推理ショーを始めた。
「カギとなるのは足跡です。この道には少年たちの足跡が残っていました。この足跡をたどってもパン屋の前の道で止まっており、店先には届いていません。彼らはパンを盗んでいないということが分かります」
「そ、そうなのかい? じゃあ犯人は誰なんだい?」
驚く女主人に、アイリーンはびしりと地面を指さした。
「こちらに特別な足跡があります」
「ん? こ、これは!?」
「わんちゃんのあしあと?」
小首をかしげるリサ。
「そう! これは犬の足跡。サイズから、恐らく大型犬でしょう。そしてその足跡は、店先の商品棚まで続いています」
「ほ、ホントだ」
「この犬の足跡から一定の間隔で、更に別の足跡があります。大きな足で、恐らくは男性。きっとこの犬の飼い主です」
「飼い犬が犯人!? じゃ、じゃあなんで飼い主は注意しなかったんだい?」
「飼い主の足は、店先の間際で止まっています。恐らく自分の陰で犬の行動を周りから隠し、犬に盗ませたということでしょう。そして……時間帯から考えて、犯人はこの野次馬の中で、犬を連れている人物」
彼女がそう言うと、野次馬の中からマギーが、大きな羽根のついた、つばつき帽子にワンピース。不格好に化粧をした初老の男と犬を連れてきた。
男は何やら暴れているようだ。
たゆんたゆんと、男にはないはずの胸部が揺れる。
「貴方達が、犯人ですね! この名探偵アイリーンの目は誤魔化せませんわよ!」
「くっ、しょ、証拠はあるのか!」
「もちろん。だって明らかに怪しいじゃありませんか。そのグラマーなお胸」
「くっくそぉー!」
その後、女装男は騎士団に取り押さえられ、連行された。
パン屋の女主人は、アイリーンに頭を下げて礼をする。
「いや~助かったよ! アンタやるじゃないか!!」
「いえ。当然のことをしたまでです」
今度は子供達に向き直ると、視線を合わせて謝罪する。
「アンタたちも決めつけてすまないね。怖い思いをしただろう」
「う、わ、分かってもらえれば……」
「うん」
少し気恥ずかしそうに頬を掻くニックと、愛らしい笑みを見せるリサ。
「ねぇこのパン。四ついただける?」
アイリーンはすっかりお腹が減っているのを思い出した。
「これ、良かったら持っていきな。アンタたちは恩人だからね」
「いいんですか?」
「ああ! 腹減ってるんだろう?」
――ぐるぐるきゅ~
「あ」
アイリーンの腹がタイミングよく鳴り、店主や子供達から笑いが漏れた。
「ハハハ! じゃあまた来ておくれよ!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます! いただきます」
アイリーンとマギーも一緒にパンをもらい、皆でお礼を言ってパン屋を後にした。
パン屋から離れた一行は、噴水のある広場へとやってきた。
噴水の縁に座ったアイリーンは、ニックとリサにパンを渡す。
「はい。貴方達にあげるから、お食べなさい」
「いいの?」
「ええ。構わないわよね、マギー」
「はい」
アイリーンとマギーが優しく笑うと、二人は安心したように満面の笑みを浮かべてパンを食べ始める。
「お水もありますよ」
二人はよほどお腹がすいていたのだろう、水とパンを夢中で頬張っている。
「ふはー!」
満足して落ち着いたニックが、ため息とも歓声ともつかない声を上げる。
そして、今も嬉しそうにパンを食べている妹を見て微笑むと、アイリーンを見て礼を言う。
「ありがとな、助けてくれて。俺だけじゃダメだった」
小さな頭が下げられるのを見たアイリーンは、目を丸くしてから、何でもない様に言った。
「だって私は事実を伝えただけだわ。偉いのは貴方達よ。罪を犯さなかったこともそうだけれど、疑われても事実を伝え続けた。パンだけ欲しければ罪を被ることも考えられるわ。貴方達はそれをしなかった。立派に妹を守っていて素晴らしいと思うわ」
屈託なく笑う彼女に、今まで張り詰めていた緊張がほぐれたのか、ニックは毒気を抜かれた様に脱力する。
「そっか。はは」
「マギー、私、何かおかしなことを言ったかしら?」
「いえ、通常運転です」
「ははは。こんな変なお嬢様がいるんだ……なぁアンタ、結構上のお貴族様だろ?」
ニックはニヤリと笑ってアイリーンに挑戦的な目を向ける。
「え、何故!?」
「見りゃ分るよ。言葉遣いとかもきれいだし。姿勢とか雰囲気とか、隠しても分かるって」
「そ、そうね」
「お礼に手伝うぜ! アンタの探偵業!」
にんまりと笑顔を見せるニックに、アイリーンとマギーは驚く。
「ええ!? 確かに情報は欲しいけど……」
言いよどむアイリーンに、「ちっちっちっ、舐めてもらっちゃ困るぜ」とニックは人差し指を振って、自信ありげに笑った。
「俺達だってこの平民街で何も考えてないわけじゃないんだ。ちゃんと情報網ってやつがあるんだよ。スラムに住む俺達特有の情報網がね」
「そ、そうなのね」
「それともスラムの人間を近くに置くのは、お貴族様は嫌かい? それなら、やめておくよ」
途端にしょんぼりと肩を落とすニックにアイリーンは「うーん」と言いながら悩み始める。
「うー……決して迷惑ではないのよ! 私たちでは出来ることが少ないから、とても助かるわ。だからこそ、働きに見合う対価が必要なのよ! マギー……」
「なんでしょう?」
マギーは死の宣告をするような、重々しい顔のアイリーンを見て緊張で身をこわばらせた。
(何かとてつもない重大な決断をなさるのだわ)
「あのね――今月から、お菓子代を切り詰めることにするわ。本当は探偵業に報奨金をもらえるようになればいいんだけど……」
「え…………スタイルキープにも役立ちますし、いいと思いますよ」
マギーは脱力するが、すぐに持ち直して利点を述べた。
アイリーンのお小遣いの使い道はドレスや宝飾品よりも珍しいお菓子や紅茶、ティーセット、本に使われていることを知っていたからだ。
普通の令嬢らしくなるかもしれないという期待を込めて、これ幸いとマギーは乗っかることにした。
「そ、そうかしら?」
「ええ。殿下に頻繁にお会いになるなら身だしなみも必要かと」
「……そうね。では、お菓子代を切り詰める方向で……」
こそこそとマギーにお小遣いの使い道を告げてから、自信満々の顔でニックとリサを振り返った。
「待たせたわね! ニック、貴方達を雇うわ! チーム名はそうね……名探偵シャーリーみたいに宝石に名ぞろえて——【ガーネットチルドレン】とかどうかしら?」
ニック、リサは口をポカンと開けたまま固まっている。
これはマズいとアイリーンは、信頼するマギーに視線で助けを求めた。
マギーはにこりと笑って、アイリーンに応える。
「お好きにどうぞ。私としてはお嬢様がブラッドストーンとか、痛い名前を付けなくてよかったと思っています」
「うっ。と、当然でしょ」
(危なかったわ……)
「よくわかんねぇけど、いい名前なんだろ? お嬢、よろしくな!」
「……お嬢、よろしく」
満面の笑みを見せるニックとリサ。二人に手を差し出したアイリーン。
「よろしく。頑張ってもらうわよ!」
こうして、探偵令嬢アイリーンの特別諜報部隊ガーネットチルドレンが結成されたのだった。
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