ファイル12王立図書館の妖精と出会い
恋心窃盗犯、怪盗プリンスこと、エドガー殿下の正体を暴くため、探偵令嬢アイリーンは日々捜査を続けている。
尊敬する小説の主人公【名探偵シャーリー】の捜査信条を守り、情報収集を重要視している。
現在彼女は、自宅にある書籍を使って情報を集めていた。
そもそも当初の予定では、怪盗プリンスはこの国の王太子であるので、普通は頻繁に会えないお方だった。
それ故、書籍からの情報収集だったが、アイリーンの予想外にエドガー殿下との接点が出来てしまった。
これで直接の情報収集が可能になったのだ。
だが、当然ながら殿下に捜査が露見するリスクも上がった。
さらに、彼女自身が殿下の前で上手く話せる自信がない。
結果的に彼女は書籍での情報収集を続けることになった。
そしてついに彼女は、ポーター侯爵家の蔵書からの情報収集を終え、王立図書館へ赴くことを決意する。
***********
町娘の格好に身を包んだアイリーンとマギーは馬車に乗り、王都の貴族街と商店街とを分ける西門までやってきていた。
「久しぶりの街ね!」
「そうですね」
この国の王都ローデンは、中央を王城として、放射状に区分されている。中央に近いところが貴族居住区、貴族街、その向こうが平民街兼、平民居住区になっていた。
居住区と街の間には塀があり、貴族街と平民街は二本の通りで分けられているのだが、王立図書館は二つの街の間にある。
二つの街を分かつ区間は中立区と呼ばれ、役所や図書館、王立の施設が並ぶ公共施設街となっているのだ。
王立図書館の門はどちらの街からも入れるように二つあり、それぞれに国の騎士が護衛についている。
許可のあるものは身分に関係なく誰でも入ることができる上、しっかりと安全対策が行われているので、貴族の子供が一人で図書館にいることも珍しくない。
彼女たちは、貴族街側の門へとたどり着く。
「ごきげんよう。お嬢様方、失礼ですが、利用許可証の提示をお願い致します」
門番に促され、カード型の証明書を見せる。
「確かに。ご案内いたします」
「ありがとう」
案内役の司書騎士が礼をすると二人を先導して歩き始める。後に続き、二人は王立図書館に足を踏み入れた。
「うわ~! 相変わらず、すごい蔵書ね」
高い天井まで伸びる沢山の本棚に、びっしりと並べられた本の山を見て、アイリーンが感嘆の声を上げる。
「そうですね。これだけあると、どこがどこか分かりませんね」
「ふふ。本はジャンルごとにAから順番に並んでいます。お探しの本が見つからない場合は、気軽にお尋ねください」
「ありがとう。そうさせていただくわ」
司書騎士は礼をすると、持ち場へ戻って行った。
アイリーンがマギーに向き直る。
「さてと、探すわ。マギーは自由にしてていいわよ。ここは、絶対安全区域だし、令嬢の一人歩きも全く問題ないわ」
「そうですね。では私はちょっと小説を探してまいります」
「わかったわ。私は王家の歴史とかについての棚の方へ行くわ。終わったら、カフェスペースに集合よ」
「わかりました」
マギーと別れたアイリーンは、図書館の書棚の中でも奥まったところへ来ていた。
王家に関するものは秘匿性も高く、貸出厳禁なものも多い。さらにあまりにも分厚いので、正直なところ人気は皆無である。
そのため、王家の歴史に関する棚は奥まったところにあった。
「へぇ。いろんな棚があるわね。生物、医学、工学、哲学、天文学、他にもたくさん。一般の小説や雑誌の棚と違って人もほとんどいない――あら?」
彼女が、左右に立ち並ぶ書棚の区分表示を見ながら奥へと歩いていると、一人の女性が誰もいない書棚にいるのが視界の端に写った。
(なんて、素敵な雰囲気の方なのかしら)
一瞬の視界に映った艶やかなプラチナブロンド。
思わず二度見してしまうほどの強烈な存在感。
さらりと流れる長い髪で顔は隠れているが、雰囲気から美しさや気品がにじみ出ているような気がして、アイリーンはすっかり見惚れていた。
思考が固まったように目が離せなくなり、少し時間がたってから、彼女はほうっと吐息を漏らす。
年のころは、アイリーンより少し年上だろうか。
遠目からではっきりとは分からないが、背も12歳のアイリーンと比べると、頭一つ分は高いと思われる。簡素だが身なりのよさそうな、上品なデザインのワンピースを着ている。
(絶対、貴族の令嬢ね)
明らかに漂う雰囲気は、かなりの高位貴族ではないかとアイリーンは思った。
彼女がいる棚は、不人気な哲学の棚で、遠目からでもよく映えるコバルトブルーの表紙の本を手にしていた。
「どうしました?」
「!」
突然後ろから声を掛けられて、アイリーンは飛び跳ねる。
「ああ。すみません。驚かせてしまったようで」
後ろを振り向くとそこには、黒髪の司書騎士が立っていた。
深緑の装束に身を包んだ彼は、整った顔に眉根を下げて、少し困った顔で微笑んだ。
「いえ。大丈夫よ」
「それはよかった。お一人で本棚にもよらずに立っておられましたが、何かありましたか?」
「ああ。あの方を見ていたの――――ってあれ? いない」
アイリーンが哲学の書棚を振り返ると、すでにそこに女性の姿はなかった。
「誰かいたのですか?」
「え、ええ。行ってしまったみたいね」
「そうですか。お嬢様、ご希望の本の場所はお判りですか?」
「探すから大丈夫よ」
「わかりました。失礼いたします」
「ええ。ありがとう」
軽く礼をして持ち場に戻った青年を見送る。
そしてアイリーンは、彼女のいた場所に足を向けたのだった。
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