ファイル13王立図書館の妖精と噂話

 親切な司書騎士と別れてアイリーンは、不思議な女性のいた本棚を探すことにした。

 何となく彼女の雰囲気が気になったのだ。

(このあたりにいた気がするわ)

 うろ覚えだが彼女の居たと思われる辺りに来ると、アイリーンはきょろきょろと本棚を見回す。


「ん? この本……」

 見つけたのは、コバルトブルーの表紙が美しい本。先ほどの彼女が持っていたものだろうと思い、そっと棚から引き抜く。


(随分と分厚いわね。タイトルは【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】ですって。センスのないタイトルね……恋愛哲学の本かしら)

 ぱらりとめくった表紙に書かれたタイトルを見て、アイリーンから苦笑が漏れた。

 何気なく膨大なページをパラパラとめくっていると、彼女の手が止まる。


(これは何かしら? 紙切れが挟まっている。栞……ではないわね)

 彼女の開いたページには、サイズの違う二枚の紙が挟まっていた。

 一枚は繊細な透かしの模様が美しい便箋で、二つ折りにされていた。中を開くと、そこにはいくつかの図形と記号、文字が書かれている。


 アイリーンは首を傾げて、もう一枚の紙を見た。

 その紙はもう一枚に比べて、小ぶりな桃色の紙だった。折られることなく挟まっていたそれを見る。

 番号と記号、そして言葉が並んでいる。

(これはもしかして暗号?)

 アイリーンが二つの紙を見比べてあることに気付く。


(これは、二枚とも別の筆跡ね。つまりこの暗号を使って何らかのメッセージを交換しているんだわ!)

 なんだかとても不思議なものを見た気がして、アイリーンは胸を高鳴らせる。

 彼女はさっそく意味を解読しようと暗合を把握して、最後に小さな紙の一番下に書かれた文を見て、思考を止めた。


 アイリーンは気付いた事実に、興奮で小さく頬を染めた。

(これ、恋文なんだわ。この、小さい紙を書いた人は暗号の主を好きなのね。多分暗号を解けたら、正体について質問をする決まりなんだわ)

 彼女は、先にこの本を手に取っていた女性を思い浮かべる。


(先ほどの女性はこれを見たのかしら? 見たなら、この二枚の手紙のどちらかを彼女が書いたのかもしれない)

 なんだか見てはいけないものを見てしまった気になった彼女は、暗号を元のページに戻すとそっと元の棚に本をしまった。

(これは、私が解いてはいけない謎ね。でもいいもの見ちゃった。素敵)


「さ、目的を忘れる前に調べ物をしないと。マギーに怒られちゃうわ」

 意図せず人の恋路を覗いてしまった彼女だったが、秘密の暗号というロマンティックなやり取りに、楽しい気持ちでその場を後にした。



 王家の歴史書が置いてある本棚にやってきたアイリーンは、手始めに近くにあった鶯色の本を取る。タイトルは【王家の歴史—有能執事は見た!—】


(え~と、何々……【現王スティーブ・フォグラード王は、奥方であるエリザベス王妃と二人の子供を設けてからも、頻繁に夜渡りされ大変に仲睦まじい姿は王宮で働く者たちの周知の事実となっている】ですって? 仲がよろしいって素敵なことよね)


 遠い目で本をそっと閉じたアイリーンは、次の本に手を伸ばす。そしてやっとエドガー殿下についての記述を見つけた。


【歴代王家一の美貌と謳われるエドガー殿下。昨今は雄々しさと優雅さ美しさを兼ね備えた美青年となられたが、幼少期は少女の様に天使と見紛う愛らしい容姿であり、よく姉君レティシア殿下と花畑で遊んでいらっしゃる様子が目撃されていた】

 その後も、ひたすらに幼き日のエドガー殿下の愛らしさについて述べられており、アイリーンはその記述をくまなく読むと、ポッと頬を染めた。


(小さい時の殿下。絶対に可愛いに決まっているわ。はぁ~見たかった。それにしても……この著者は、エドガー殿下の幼少期に並々ならぬ情熱があるのね……)

 その後も彼女は、マギーが呼びに来るまで王家の歴史書を読み漁った。




 合流した二人は、話もせず静かに図書館を後にした。館内は静かにしなければならないのだ。

 建物を出たところで早速アイリーンが、マギーに図書館での出来事を報告し始めた。


「マギー聞いて! 今日はとても素敵な人を見たの!」

「素敵な人ですか? 一体どんな?」

「ふふふ! それはね――」

 アイリーンは何故か得意げに笑って、哲学の棚で出会った女性の容姿を話し始めた。


「プラチナブロンドの女性ですか」

「そう! 絶対高位貴族だと思うわ。あの存在感ただものじゃないわよ」

「へぇ。お目にかかってみたかったです」

「それにね! 実は――」

「失礼、お嬢様方」


 二人は背後から男性に声を掛けられた。

 振り返ると、図書館の門番が二人、人好きのする笑みを浮かべて立っている。

 茶髪の男とグレーの髪の男は若い快活そうな司書騎士たちだ。背の高い鍛えられた身体は、まさに騎士といった風貌である。


「あの、何かしら?」

「急にすいません。さっき話していらっしゃったことが聞こえまして。お嬢様、この図書館の妖精に会われたんだと思いますよ」

「図書館の妖精!?」


 アイリーンは唐突に出てきた妖精という言葉に、素っ頓狂な声を上げた。マギーも隣で目が暗闇を歩く猫のようにまん丸にして驚いている。

 そんな二人を面白そうに笑って、彼らは近頃流れている噂話を口にする。


「数年前から現れるようになったと言われているんですけどね。どこの誰かも分からない。門番たちは出入りするところを見ていない。いつの間にかいて、知らない間に消えてるんですよ」

「へぇー。門番が見てないなんて、一体どうなっているのかしら?」

「それが分からないんですよ」


「俺は、人間でも、お化けでも、妖精でも、美人なら何でもいいっす」

「ははは」

 騎士たちが笑っているところを、マギーとアイリーンは呆れた顔で見る。


 ふと、アイリーンは暗号のことを思い出し、彼らに尋ねてみることにした。

「じゃあ、あの暗号も貴方たちが妖精のために作っているの?」

「暗号?」

「何のことですか?」

 揃って首を傾げる彼らに、彼女は驚いたがすぐに話題を変える。

「い、いえ。何でもないわ。それより私、調べ物をしたいのだけど、一番本に詳しい司書騎士は誰かしら?」


 グレーの髪の門番が「それなら」とすぐに教えてくれた。

「フィリップという男が一番本に詳しいですよ。今日はあいにく非番なのでいませんが、また聞いてみるといいですよ。あいつは本当に詳しいから」

「わかったわ! ありがとう」

 アイリーンはそう言って門番たちに手を振ると、マギーと共に門の外へと歩いて行った。

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