ファイル10恋心窃盗事件―初めての会話―

 令嬢ハンカチ窃盗事件の解決後、令嬢たちと別れたアイリーンは男爵令嬢ベリンダ・フォスターと向き合っていた。

 風に流れる銀糸をベリンダが、さらりと片手で押さえ、にこりと笑みを浮かべる。


(ほぅ~。ホントに綺麗)

 思わず見惚れるアイリーンに、ベリンダは頭を下げて口を開いた。

「アイリーン様、助けていただいてありがとうございました」

「いえ、探偵として事件解決に貢献するのは当然ですもの」


「赤毛に緑の瞳、そして素晴らしい観察眼。まるでアイリーン様は、名探偵シャーリーみたいですわね! わたし大好きなんです!」

「ベリンダ様も!? 私もです!! シャーリーに容姿が似ていることを誇りに思いますわ!!」

 アイリーンは尊敬する名探偵と似ていると言われ、更に同士を見つけた嬉しさで大興奮である。

 そこから二人は一番好きなシーンについて話し始め、すっかり意気投合した。


 気の合う人物が嬉しいのか、頬を上気させたベリンダがアイリーンの手を取る。

「アイリーン様、わたしたち、とっても気が合うみたい。是非お友達になってくださいませ!」

「もちろんよ! ベリンダ様、いえベリンダ! 私の事もアイリーンでいいわよ!」

「では、アイリーンで! よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく」



 パチパチパチ――

「素晴らしい友情でした。感動いたしましたよ」

 後方から拍手と人の声が聞こえ、振り向いた二人は驚きのあまり悲鳴にも似た声を上げた。

「で、殿下!!」

「王太子殿下!?」


「ふふ。楽しそうで何よりですよ。お二人とも」

 夜空のような濃紺の瞳に日の光が反射して星が瞬く。さらさらと風に揺れるプラチナブロンド。称えた笑みは、もはや神に愛されているとしか思えない。

 何度見ても彼はアイリーンの心を鷲掴み、颯爽と奪ってしまうのだ。


「クラウス、ベリンダ嬢を茶会の会場へ。——さて、アイリーン嬢」

「は、はひっ!」

 夜空の瞳が自分を見る、その衝撃に彼女の心は未だに慣れてはいなかった。

 自分の口から飛び出た奇声にも、そんな彼女を面白そうな目で見つめるエドガーにも気付かない。


「体調は大丈夫ですか? ご挨拶の途中で倒れてしまわれたので、心配していたのです。見舞いに向かおうと思ってまいりましたが、一足遅かったようです」

「あう、あ、あの、ご心配をおかけして申し訳ありません。は、母から私が頭を打たなかったのは殿下のお陰と伺いました。へ、へ、へやにもっ、は、はこ、はこんでいただいた、とか……も、申し訳ありませ」


 アイリーンが殿下に抱えられたという事実を思い出し、震える声で礼を言うと、エドガーは笑みを深くして、彼女に近づく。

「いえ。貴女が無事でよかったです。レディを助けるのは当然のこと。それに――」

 彼は、深々と頭を下げる彼女に頭を上げさせると、彼女の顎に軽く手を添え、視線を合わせる。

 そして、彼女の震える唇にそっと人差し指を当てた。


「謝罪ではなく喜びの声が聞きたいです。ありがとうと言ってください。ね? アイリーン」

「はうっ。あり、ありがとう、ございましゅっ!」

(なに? なんなの!? 何が起こっているの?)


 舌を噛みながら所々裏返った声で礼を述べるアイリーンを、どこか面白そうに笑顔で見つめる。

 暫くして満足したエドガーは最後に頬を一撫でしてから手を離し、近づいていた体も距離を開けた。

 そして、半ば放心状態のアイリーンに、王子様らしい優しい笑みを浮かべて話し始める。


「アイリーン嬢。先ほどの推理はお見事でした。事件を解決しただけではなく、三人の令嬢の友情を守り、フォスター男爵令嬢の名誉を守った。素晴らしい働きです」

「み、見ていらっしゃったのですか! あ、あの彼女たちは……」

「大丈夫です。彼女たちを罰したりなどしませんよ。する必要もありません」


「よ、よかった。寛大なお心遣い感謝いたします」

 そう言って膝を折るアイリーンに、エドガーはますます面白そうなものを見たと言いたげに笑みを深くする。

「いえ、当然のことですから。それよりも、私は貴女の素晴らしい推理力に感銘を受けました。探偵をされていると、おっしゃっていましたね?」


「え! は、はい。まぁ……」

(ど、どうしよう。殿下が怪盗プリンスであることを捜査している、なんて知れたら大変だわ)

 アイリーンは内心焦る。


「私と契約しませんか? 貴女の探偵活動を私が、全面的に支援させていただきます」

 さらりとエドガーの口から飛び出した言葉にアイリーンは叫んだ。

「ええっ!!」


「ただし、条件があります。貴女は解決した事件について、私に教えてください。報告のため、定期的に王宮へ来ていただきたい。頻度は、そうですね……まずは、二週に一度でいかがでしょうか?」

 じっといたずらっ子のようにアイリーンを見つめるエドガー。

 アイリーンは驚きのあまり声も出なくなって、両手で口元を覆ったまま固まっている。

(二週に一度!? 私なんかが、そんなに頻繁に王宮へ!? 私は夢を見てるのかしら?)


 アイリーンは、エドガーと言葉を交わす破壊力にくらくらしながらも、不敬になってはいけないと思いなんとか思考を続ける。

 こんなにも、美しい人と定期的に会うなんて、アイリーンは自分が彼の前で倒れないか心配で夜も眠れなくなりそうだ。


 今も彼女を映す瞳は、ラピスラズリのように瞬いて彼女の心を締め付ける。こんなことが定期的に続けば、慣れるだろうか?

 否、彼女は全く自分が慣れる未来を想像できないでいた。

 こんなにも彼女を夢中にさせる、彼女の初心な初恋を奪った罪深き怪盗プリンス。

 

 彼を捜査したい。

 綺麗な笑みの下に隠れた、本当の姿を見てみたい。

 エドガーのことが知りたい、探偵としての本能がうずく。


(逆にチャンスかもしれないわ。私は殿下の捜査をしやすくなるし、上手くいけば怪盗プリンスの正体を暴けるかもしれない)

 アイリーンは、その一心で答えた。


「わかりました。探偵アイリーン・モリー・ポーターは、エドガー殿下に事件捜査の定期報告をさせていただきますわ」

「うん。期待しているよ。アイリーン嬢」


 今日一番の笑みを浮かべるエドガー殿下を、眩しそうに目を細めて見る彼女は、怪盗プリンスの正体を暴くという使命に燃えて、エドガーの浮かべる笑みの理由に気付かない。


 こうしてアイリーンとエドガー、二人の不思議な契約が結ばれた。

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