ファイル5消えたカップケーキ事件―解決編―
アイリーンお気に入りのチョコチップ入りカップケーキが消えた。
容疑者たちに事情聴取を行ったアイリーンは、笑みを浮かべて犯人が分かったと告げたのだ。
そこでマギーはアイリーンに言われた通りに、関係する人物をダイニングに呼んだ。
集められたのは、この家の主であるポーター侯爵夫妻と執事長のサム。
三者はそれぞれに困惑した表情を浮かべてアイリーンを見ている。
皆の視線が自分にあることを確認した彼女は、こほんっといかにも勿体ぶったような咳ばらいを一つしてから出来る限りの厳めしそうな顔で口を開いた。
形から入るタイプのアイリーンは、雰囲気を出そうとしているようだが、眉間に皺が寄っただけで、うまくいっているとは言い難い。
(あー。お嬢様の眉間に皺が……)
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
「急にどうしたんだアイリーン? なんだ? その口調は?」
「そうですよ! どうしたのです? 急に私たちを呼び出したりして」
「……お嬢様は何かお話があるのですね」
口々に話す三人を軽く諫めると、アイリーンは自信あふれる顔で頷いた。
「実は、先ほど私のカップケーキが何者かに盗まれたのです。その犯に」
「カップケーキですって? アイリーン! 貴女歯磨きはしたのですか!?」
「……お、お母様落ち着いてください。歯磨きの話は後で。今は目の前の犯人です」
アイリーンは夫人の怒りの声に遮られ、一気に覇気が無くなったものの、慌てて表情を神妙な風にして話を流す作戦に出た。
夫人はしぶしぶと言った様子ではあったが頷き、娘の話を聞く姿勢に入る。
「……まぁいいでしょう。で、犯人は誰なのです?」
「ごほんっ……では、まず状況を整理してみましょう」
アイリーンは小説に出てきた推理ショーのシーンを真似て後ろで腕を組み、部屋の中を歩きながら話し始めた。
「事件の発生は、私がお母様に呼ばれてティータイムを中断し、マギーが埃避けを被せてテラスを離れてから、戻るまでのおよそ十分の間に起こりました。この家のテラスは、ダイニングの窓から隣接する造りなので、内部犯の場合、ダイニングを通る経路が最も確実です」
「そうね」
母が不機嫌そうな声色を隠さないことに、アイリーンは犯人の今後を考え、少し震えるような心地になったが、それも罰だと気を取り直して続きを語る。
「はい、お母様。ダイニングに入るには、玄関ホールを通る必要があります。そこで私は、今日の見張りに『マギーの後にダイニングへ玄関ホールを通った者がいないか』を尋ね、ダイニングへ向かった人を突き止めました。その人物とはお父様とサムの二人……」
アイリーンは二人をそれぞれ見ると、一旦息を吐き出して間を開ける。
「二人の容疑者に話を聞き、犯人が分かりました。犯人は……お父様よ!」
ビシッと音がする勢いで、彼女はポーター侯爵を指さした。
「なにっ! わ、私が犯人だと!?」
驚愕の表情で娘を見る侯爵は、狼狽えながら娘と対峙する。
「しょ、証拠はあるのかね!? そもそもカップケーキが一つなくなったぐらいで、騒ぎすぎではないかな?」
(旦那様もノリノリね。こっそり名探偵シャーリーシリーズを本棚に隠していらっしゃるものね)
ポーター家の使用人界隈では、旦那様がシャーリーシリーズと好物のお菓子を隠していることは有名な話だ。マギーはとことん似た者親子であると思う。
「もちろんありますわ! そもそも、お父様は甘いものを食べた後にブラックコーヒーを飲まれる習慣がある。今日お部屋に行ったときにコーヒーを飲んでいらしたわ。そして何故か、私が甘いものを食べたことも知っていらっしゃった」
「た、たまたまブラックの気分だったんだよ。レディは歯磨きも嗜みだからね。言ってみただけだよ」
「次に、コーヒーカップよ。お父様、あの金属製の持ち手のないカップ、どこでお買いになったの?」
「ど、どこだったかな? わすれてしまったな」
は、ははと渇いた笑いを漏らす侯爵に、隣にいた妻の視線がどんどんきつくなる。彼はポケットからハンカチを取り出して、流れる冷や汗を拭う。
それでも、娘の追及は止まない。
「そう。縁も太くて、随分飲みにくそうなカップだったわ。コースター替わりの紙が、コーヒーで汚れていたし、金属製のカップに熱いコーヒーを、持ち手もないものをメイドたちが出すとは思えないわ。お父様が、証拠隠滅のために、普通のコーヒーカップから中身を移したのよ! あれは、コップなんかじゃない。カップケーキの焼き型よ!!」
「なっ!」
「私の食べたカップケーキと同じカップだったわ」
「あなたっ!!」
「ちっ違うんだ!!」
自信を漲らせたアイリーンの言葉に、侯爵は顔を青ざめ、夫人はより一層夫を睨んだ。
「まだ認めないおつもりですか? お父様は既に、自らが犯人であると暴露しているのですよ」
「な、なんだと! 可愛い娘のカップケーキに手を出すなんて、そんな大人げないことを私がするわけがないじゃないか」
焦った様子で反論する父に、彼女はため息を吐いて最後の札を切る。大好きなシャーリーシリーズの名言を交えて。
「お父様……出来れば自ら罪を認めてほしかったのですが、仕方ありません。お父様は私の事件解決に決定的な宝をくださったわ。犯人しか知りえない情報という名の宝をね!」
「な、なにっ!?」
「お父様は先ほど、『カップケーキが一つなくなったぐらいで騒ぎすぎ』とおっしゃいましたね?」
「ああ、そうとも。たかが、チョコカップケーキ一つなくなったぐらいで一体何だというんだ」
「それです! どうして無くなったのがチョコカップケーキ一つであることを知っているのですか? 私は、なくなったカップケーキの個数も種類も言ってませんが」
「!!」
ポーター侯爵の目が見開かれる。
「茶会の場にいた私とマギー以外に、消えたカップケーキの種類と個数を知っている者がいるとすれば、それは犯人に他なりません。お父様、どうして知っていたのか教えていただけますね?」
アイリーンの緑の瞳が鋭く光る。
「……くっ!」
ポーター侯爵は、顔を覆う様にしてその場に崩れ落ちた。
(決まった!)
内心拳を高くして喜ぶアイリーン。カップケーキの無念を遂に晴らした瞬間であった。
しなりとその場に崩れ落ちた侯爵に、悲痛な表情で夫人が駆け寄る。
「あなたっ! どうしてそんなことを!!」
「モリー……すまない。つい、甘い匂いにつられて……」
「まぁ! 旅行用に誂えた服のために、間食はおやめになったのではなかったのですか? 私と一緒にペアルックで来てくださる約束ではないですか!? あの言葉は嘘だったのですか!!」
悲し気に夫に縋りつく夫人の発言に、アイリーンの表情が凍る。
(え、旅行先でペアルックとか……体型維持の理由がそれだったなんて)
「違うんだモリー! 決して、君との約束を違えようとしたわけでは」
「問答無用!!」
「ぎゃー! 私のお気に入りスイーツが!」
缶が開けられるような金属音と、バラバラと何かが散らばる音、そして当主の悲鳴が館に響き渡った。
夫妻が去った部屋で我に返ったアイリーンは、遠くを見つめたまま口を開く。
「……ごめんなさいね。ポーター家をどうか見放さないでね。サム、マギー」
「ほほ。もちろん、どこまでもお供しますぞ」
「……もちろんです」
アイリーンは何とも言えない、いたたまれなさを感じたのだった。
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