ファイル4消えたカップケーキ事件―捜査編―

「きゃー! 私のカップケーキが!!」

 その場に崩れ落ちたアイリーンと困惑の表情を浮かべるマギー。二人は混乱の渦に包まれていた。

(いったいどうして? いつの間に? 誰が?)


 チョコチップ入りのカップケーキが消えた衝撃を引きずりつつも、アイリーンの脳内を無数の疑問が流れゆく。

 冷静になった彼女は、きつく拳を握り締め、寂しくなった皿の上を睨んで口を開く。


「くっ、カップケーキの恨み……この名探偵アイリーンが、必ず犯人を見つけるわ! マギー! 状況を教えて頂戴。聞き込み開始よ!!」

(えー早速何か始まってしまった……)


 少し引きつった表情のマギー。そんな彼女の様子に気付くことなくアイリーンは、まずは彼女の証言を聞いた。

「私が席を離れたのは、一度目のティーセットを片付けていた十分だけです。お嬢様が離れてすぐに、私も動きました。私が見ている間は、誰も来ませんでした」


「ふむふむ。その間まさかとは思うけれど、カップケーキを食べたりしてないわよね?」

「もちろん、してません! 私が焼いたものですから」

「そうよね。貴女が主人に出したものを、自分で食べるなんてありえない。カップケーキはいくつ焼いたの?」


「全部で十個です。一つは味見用。お嬢様に五つ。旦那様と奥様は、いらないとのことだったので、残りはいつも通り、使用人室へ」

「お父様とお母様は最近、体型維持のために甘いものを控えていらっしゃるものね。わかったわ、行きましょう」




 アイリーンが向かったのは、玄関ホールにいた見張りのところだ。

「ちょっと聞きたいのだけど、今から三十分程前までの間に、誰かここを通ったかしら?」

「おっと、お嬢様。え~、三十分程前といえば、奥様、マギー、メイドのメリー、執事長と旦那様ですかね」


「お母様、メリー、サム、お父様ね?」

 顎に手を添えて思案するアイリーンに、マギーがおずおずと声をかける。

「あのお嬢様? 何故それが今回のことと関わるのでしょうか?」


「ん? だってここは玄関ホールよ。一階のどの部屋にも繋がっているわ。バックガーデンに出るには、ここを通ってダイニングに出ないといけないはず。つまり、マギーがガーデンに戻ってから玄関ホールを通った人達が怪しい、ということよ」


「確かにそうですね。流石お嬢様」

 えへん、といいながら、成長途中の慎ましい胸を張るアイリーン。

 続けて見張りの青年に質問する。


「ふむ。みんながどこに向かったか覚えているかしら? マギーより後の人だけでいいわ」

「はい。メリーはキッチンの方へ。執事長と旦那様は玄関ホールで話をされた後、ダイニングへ向かいました」

 それを聞いたアイリーンとマギーは顔を見合わせる。


「サムとお父様ね! 本人にアリバイを確認しましょう」

「はい」

 二人は早速容疑者の元へ向かう。


 まずは、お父様こと、ポーター侯爵の書斎を尋ねた。

「お父様、アイリーンです。少しお話があるの。よろしいですか?」

 アイリーンが扉を三回叩き呼び掛けると、少し時間が空いて、入りなさいという侯爵の声が聞こえる。


「失礼します」

「どうした? 珍しいな。マギーも一緒か」

 侯爵は仕事中だったようで、執務机に向かっていた。


 入室したアイリーンはすぐさま部屋を見回す。机には、縁が太く持ち手のない金属製のカップと沢山の書類が乗せられている。

 彼女がちらりと覗けば、カップには飲みかけのブラックコーヒーが三分の一ほど入っていた。コーヒーが零れたのか、敷かれた白い紙には所々茶色いシミが出来ている。


(随分飲みにくそうなコップ。これはコーヒーカップ……ではないわね。棚にはコーヒーカップがあるのにどうして……)

 アイリーンは一旦、カップから視線を外して父を見る。


 最初は作業をしていた彼だが、暫くしてからチラリとアイリーン達に目を向けると手を止めた。

 それを見たアイリーンは神妙な顔で、父を見るとダイニングに行った理由を聞く。

 娘の突然の質問に、疑問を感じた様子ではあったが、それでも彼は口を開き理由を話した。


「サムと領地のことで話があってな。だが五分程でこの部屋に戻った。サムが残っていたぞ」

「ふむ。そうですか。サムが何をしていたかは?」

 そう言いながら、彼女は父の様子を窺う。一瞬ピクリと動いたような気がした。


「知らないな。さぁ、私はもう仕事に戻らなければならないから、行きなさい。昼寝の時間だろう」

「はい。時間を取っていただいて、ありがとうございました」

「甘いものを食べたなら寝る前には歯を磨きなさい」

「……はい。失礼します」

 アイリーンはマギーを連れて書斎を出る。


 顎に手を当てて何か考えている様子の彼女に、マギーが声をかける。

「お嬢様?」

「ん? 何でもないわ。次は、サムのところよ!」




 アイリーンとマギーは執事長室へと向かった。他の使用人によれば、執事長であるサムは、今の時間、事務仕事をしているらしい。

 執事長であるサムの執務室は小さく、目立つ家具は事務机と書棚くらいしかない。


 彼女たちは、サムを発見してすぐ、例によって他の容疑者と同じ質問をする。

 急に尋ねられたサムは、老眼鏡越しで大きくなった鳶色の瞳をさらに見開き、ぱちりと瞬きする。

 しかし彼は、すぐに普段の冷静さを取り戻し、穏やかな口調で彼女の問いに答えた。


「ダイニングに行ったのは旦那様とご相談があったからです。私は話が終わったらすぐに部屋を出ました」

「では、サムが最後にダイニングを出たのかしら?」

 アイリーンの問いに、サムは僅かに黒髪の混じる白髪頭を左右に振る。


「最後に出られたのは旦那様です。一度は一緒に出ようとしましたが、庭へ向かう扉が開いていたので、旦那様がお嬢様の様子を窺うとおっしゃられました。私はその後のことは分りません」


 サムの白い眉が八の字に曲がり、アイリーンは彼の言葉が嘘ではないと感じたのだ。

「そう。わかったわ。ありがとう」


 そう言って部屋を出たアイリーンは、笑ってマギーを一瞥すると歩き出す。

「マギー、犯人が分かったわ。皆を集めて頂戴」

「分かりました」


(見てなさい。必ず犯人を懲らしめるわ!)

 アイリーンはグッと拳を握り締めた。

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