たっくんのビニ傘

紀伊谷 棚葉

たっくんのビニ傘

 夕立の中、コンビニの入り口で雨宿りをしている二人の青年がいた。

「夏場の雨ってさぁ、良いのか悪いのか分からねぇよなぁ」

言葉の端に小さな[あいうえお]が付く特徴のある話し方がダイ。中肉中背の男。裸眼。

「雨は基本悪いもんだろもんだろ。傘いるし、濡れるし、めんどくさいもんだ」

もう一人の青年ハルは坦々とした口調で話す。中肉中背の男。メガネ装備。

「でもよぉ、作物育つし、暑い時涼しくなるだろぉ。あとこんだけ強いと頭も洗えるしなぁ」

「最後のは良いも悪いもないだろ、やらねぇよ普通」

二人はたまに連絡を取り合ってはラーメンを食べに行ったり、ゲーセンやカラオケに行く程度の関係だ。

友達以上親友未満、そんな感じだ。


 ラーメンを食べた帰りに降ってきた雨は止む気配もなく、強い音を立てている。

「雨、止みそうにもないな。もうそこらへんの傘でもパクって帰るか?」

ハルは傘立てに刺してある傘に目を向けると冗談交じりにそう言い放った。

「おいバカやめとけお前ぇ、それ【たっくんのビニ傘】だったらかわいそうだろぉ」

さっきコンビニで買ったコーラを開けると同時にダイは強く言い放った。

「たっくんて誰だよ、そんな知り合い、いたか?」

ハルは雨空を眺めながら旧友を何人か思い描いた。

「いねぇよ、もしもの話だよ、もし【たっくんのビニ傘】だったらって話」

「またお前の【もしも語り】かよ。あんまり長くすんなよ」

ダイは急にこういった作り話をしてくる時がある。本人は冗談のつもりはなく真面目に語ってくるので、

ハルは基本止めるでも避けるでもなくただただ聞き役に徹することが多い。

「雨も止みそうにないし、暇つぶしと思って聞いとけよぉ、ためになるぞぉ」

「今までためになったことないけどな」


 ダイはコーラを飲み干すと、小さなゲップをはいた。

語る前はいつもコーラを飲みほすのがダイの癖みたいなものだ。

「いいかぁ、たっくんはお母さんと二人暮らし。お母さんは色んなパートを掛け持ちしながら頑張って生計を立ててんだよ。

それでなぁ、たっくんは優しい子供だから、仕事帰りで疲れてるお母さんのお手伝いとか積極的にするわけよぉ。あ、たっくんは小学校一年生くらいな。

で、お母さんも優しいのよこれが、お手伝いのお礼にお小遣いあげるのな、そりゃぁ生活はギリギリだからお皿洗いに十円とか、トイレ掃除に五円とか少額だけどよぉ。

まぁ、二人はそうやってお互いを優しさで支えあいながら仲睦まじく暮らしてたわけよ、いいよなぁそう言うの。ドラマだよなぁ。憧れちゃうぜぇ。


 そしてある日のことな、そうそう今日みたいな強い雨の日だよ。たっくんが朝早いパートに行くお母さんを玄関まで見送るんだけど、その時に見ちゃうわけよぉ、お母さんのボロボロになった傘を。

新しい傘を買う余裕もないから大事に使ってきたんだろうなぁ、ところどころ穴があいた場所には目立たないようにテープとか耐水性の布かなんかで補強されてんだよ。

それを見てたっくんは思ったのな、(お母さんに新しい傘を買ってあげよう)って。お小遣いとかもらったら俺なんかすぐ駄菓子に使っちゃうけど、たっくんは大事に貯めてたんだよ。

もとはお母さんが頑張って稼いできたお金だからなぁ、無駄使いできなかったんだろうなぁ、だいたい六百円くらい貯まってたんだよぉ、たっくんの虎の子だ虎の子。

 その五百円を小さい財布に入れて、黄色のレインコートに身を包んだたっくんは買いに行くわけよ、傘を。

小さい財布って言っても今流行りのポケットにしまえる財布とかじゃなくて、小さい巾着袋みたいなやつな、黄色のレインコートは雨の日小学生のマストアイテムだからこれは譲れねぇよ。

でもよぉ、たっくんはまだ小学生だから傘売ってる場所とかわからないんだよなぁ。お母さんと一緒に買い物する場所も近所の食料品激安スーパーとかだから、婦人傘とか取り扱ってないわけ。


 でもたっくんには一つだけ当てがあったんだよ、それが近所のコンビニなんだなぁ。たっくんが友達と遊んでるときにトイレ借りたり、ちょっと涼みに入った時に入り口横に傘の束が置いてあったの思い出したんだよ。

その時はあまり気にしてなかったんだけど、今のたっくんにはもうそこしかなかったんだよなぁ。

黄色い長靴をビチャビチャ鳴らしながらコンビニに着いたたっくん。入り口横のビニ傘の束は俺達にしたら大したことないけど、その時のたっくんにはそれはそれは綺麗な傘に見えたわけよぉ。

消費税にとまどい、『すぐお使いになりますか?』って言うビニ傘買った時のお決まりフレーズを言わずに包装されてるビニールをはがそうとするおばさん店員をあわてて止めながら、たっくんはお目当てのビニ傘を手に入れたんだよぉ。

初めてのおつかい成功ってやつだなぁ。


 パートから帰ってきたお母さんにビニ傘を渡すたっくん。たっくんを抱きしめながら泣いて喜ぶお母さん。

『ありがとう、たっくん。大事にするね。大事にするね』

大事なことなので二回言うお母さんはその【たっくんのビニ傘】をそれはそれはもう大事に使ったんだよ。

マスキングテープで傘の柄をカラフルにしたり、お手製のネームバンドをつけたりしてなぁ。

雨の日はたっくんと一緒に【たっくんのビニ傘】持って散歩に出かけたりして、普段は憂鬱な雨の日も二人にとっては楽しい時間になったんだなぁ。でもその楽しい時間は長くは続かなかったんだよぉ。


 ある雨の日、夜のパートが長引いてくたくたになったお母さんは、牛乳を買って帰るのを忘れたから近くのコンビニへ寄ってくことにしたんだよ。

【たっくんのビニ傘】を大事にまとめて傘立てに刺してコンビニへ入って行くお母さん。それがお母さんの過ちだったんだよなぁ。『袋はいりません』って言ってるにも関わらず必要に袋に入れてくるおばさん店員から牛乳を受け取って入り口前に行くと、ないんだよ、【たっくんのビニ傘】が。とまどいながらあたふたと辺りを見回すと【たっくんのビニ傘】を差しながら小走りで去っていく男の姿が見えたんだ。

『まってぇ!返してください!返してください!』

大事なことを二回言うのが口癖のお母さんは、追いかけようとしたけどパートで疲れ切った体は動かず、膝から崩れ落ちてただただ泣くしかなかったんだなぁ」


 ダイは語り終えると空になったコーラのペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。ペットボトルはゴミ箱のPETの方でなく、燃えるゴミの方へ入ってしまった。

「その後たっくんとお母さんはどうなったんだよ」

ハルはまだ止みそうにない雨空をみながらダイに続きを促した。

「続きはねぇよ。これ以上は悲しすぎて考えたくないだろ」

ダイは燃えるゴミの中からペットボトルを取り出し、PETの方へ入れ直した。

「確かにそうだな」

ハルがそう答えた瞬間、小学校低学年くらいの少年がコンビニの入り口から飛び出し、入り口の傘立てから無造作に傘を取り出すと小走りに去っていった。

ダイとハルはその少年の姿を見つめていた後、まさかと思いながらコンビニの入り口へと目を向ける。レジのおばさんが二人を(早く帰れ)と睨みつけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たっくんのビニ傘 紀伊谷 棚葉 @kiidani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ