ドキドキドン! 中学一年生

はらだいこまんまる

第1話 あの娘の異名は『ザ・ミステリー』

 季節は春。

 ボクは小学生から中学生になった。

 クラスの連中もいいヤツらばかり。


 ただ、新しい環境に慣れなかったのか風邪を引いて数日間欠席をした。

 スタートダッシュが肝心なのに。

 いろいろな役割分担を決める大事な時なのに。


 だから今日は多少無理してでも登校した。

 まだ微熱があり、本調子じゃない。

 病み上がりなので歩くスピードは遅い。

 なんとか教室にたどり着いた。


 席に着くやいなや担任の須藤先生が入ってきてHRを始めた。

「おっ、はらはもう大丈夫だな。名前が元気げんきって素晴らしい名前なんだから名前負けすんなよ。それじゃ休んでいた原のためにもう一度説明を。この中学校では入学したらレポートを提出してもらう。男女一組でな。これは我が中学の伝統だ。で、原元気のパートナーは黒神小雪くろかみこゆきだ。詳しいことは彼女から聞くように」

「ファッ!?」

 先生の言葉にボクは思わず変な声を出してしまった。


 ここで黒神小雪くろかみこゆきというクラスメイトの女子を説明したい。

 艶のある長い黒髪。

 日本人形のような整った顔立ち。

 この世のものとは思えない美しさは近寄りがたいオーラを放っている。

 しつこく誘ってきた不良の上級生を軽く投げ飛ばせるほどの腕前。

 頭も良く、先生たちを理屈でやり込めていたのも一度や二度ではない。

 親が偉い人らしく、校長でも逆らえないとか。


 彼女自身はクラスメイトたちとそつなく付き合っている。

 しかし積極的に仲良くなろうとはしていない。

 こちらとしてもどう付き合っていいかはわからない。

 美貌。

 腕っぷし。

 頭の良さ。

 すべてが段違いなのでクラスの中でも特別な存在。

 悪い言い方をすればちょっと浮いている女の子。


 そんなミステリアスな彼女は『ザ・ミステリー』なんて陰で呼ばれていた。

 彼女に関する噂もたくさん聞かされた。

 正体は吸血鬼だ、魔女だ、いや雪女に違いない。

 それが何より証拠に睨まれたら固まってしまうだろう、などなど。


 今日は午前授業だったのであっという間に下校時間になった。

 やはりまだ風邪っぽいので今日は帰ったらすぐに寝よう。

 そう思っていたらいきなり後ろから声をかけられた。

「原元気くん、ちょっと待って。ワタシたちの組だけ何にも課題に手を付けてないから急ぎたいのだけど……。その様子だと体調がまだ優れないようだから今日はダメそうね。また明日お話しましょう」

 ザ・ミステリーこと黒髪小雪が無表情で言った。


 いつもなら彼女から話しかけられたり見つめられたりするとゾクリとするのだが今日は風邪気味のせいか平気だった。


「いや、お陰様で今のショック療法で楽になったよ。幸いなことに咳もしていないし伝染る心配もない。基本方針だけでも決めておこう。明日から本格的に動く、というのでどうだろう?」

 ボクは言った。


「ショック療法!? どういう意味かしら? それより原元気くんと呼ぶのは面倒なのであなたの事はこれからハラゲンと呼んでいい? 皆んなはそう呼んでいるでしょう」

 彼女は一瞬怒ったようだったがすぐに笑って言った。

 笑った顔は初めて見た。

 ハートがドキドキドンとした。


「ああ、構わないよ。それじゃボクも黒神のことを……、今まで通り黒神と呼ばせてもらうよ。そもそも愛称なんてないよね」


「ハラゲンは余計な一言で人の怒りを買うタイプなのね、間違いなく。まともに会話をしたのは今日が初めてだけどハラゲンのキャラは大体わかった。腹を立てたほうが負けなのね、きっと」


どうやら彼女を怒らせてしまったようだ。

黒神の愛称をその場で決めて呼べば良かったのだろうか?

間違ってもザ・ミステリーなんて呼べないし。


これが黒神小雪とのファーストコンタクトだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る