第10話 面影
「またうちの連中に若いやつ殺させたんだって?」
夜。武器屋の店内は店じまいを終え、薄暗い。普段は金と武具が交換されるテーブルの上には、安物のウイスキーと二つのロックグラスが鎮座している。
「ルールを守らねぇやつは排除しなきゃなんねぇ。お前もわかるだろ、元晴」
店主の言葉を肴に、元晴はグラスを干す。
「ルールなんてありゃしねぇだろ。お前の言うそりゃ、マナーってやつだ」
「どっちでもかわらねぇさ。邪魔なやつが死んで、俺の仕事は捗る。そうすりゃお前らは『生きる糧』を無くさずに済む」
負けじともう一つのグラスが空になる。二人は手酌で、お互いのそれを満たし、また呷り始める。
「お前よりゃマシなやつだったろうよ。紅花ちゃんが殺したガキも」
「はっ。違いねぇな。少なくともアル中って噂はなかったからな」
カチャリ。グラスを置く音に混じって、異音が響く。黒いガバメントが薄い月明かりに鈍く、光っている。
「おいおい、冗談で人に銃を向けるもんじゃねぇぜ、元晴」
「冗談なんかじゃねぇよ。お前、人を殺した時の、感覚は忘れたのか?」
「…いらねぇもんは忘れる主義さ。そうしなきゃ生きていけねぇ。お前もそうだろ」
「……………いらねぇもん、か」
溜息と共に、元晴はガバメントを仕舞った。グラスはまた、空になる。
「俺はお前が酒浸りになった理由は忘れちゃいねぇぞ。嫁と娘さん、どうしてんだよ」
店主の言葉が鋭く響く。酒に酔った男の、浮遊したソレとは異なり、誰かを刺すための、強力な言葉が。
「うるせぇ。お前に古傷を抉る趣味があったとはな」
「意趣返しさ。見たくもねぇ銃口覗かされたんだ、そのぐらい許せよ」
「……どっかで生きてんじゃねぇのか」
元晴はそう吐き捨てるように言うと、薬を飲み込むような神妙な顔つきで、満たしたグラスを一瞬で飲み干した。
「元晴。お前は、それをまだ本気で信じてんのか」
「………」
「お前が一家団欒の父親だった世界はとっくに終わってんだ。なぁ、いっそ死んでるって認めた方が、楽じゃねぇのか」
「…………うるせぇよ。酒が不味くなる」
「味なんか気にしてねぇだろ。なぁ元晴、俺はお前を心配してる。昔馴染みとしてな。今でもたまに夢に見んだよ。お前が、娘さん連れてうちに遊びに来た時の事をよ。…あの可愛い子が、今どうやって生き残ってるかなんて、考えたくもねぇ。少なくとも、俺は」
「それでも」
元晴は顔を上げない。グラスを握り締める手が、己の握力で鬱血する。
「認めたら、生きてられねぇんだよ。こんな、クソみたいな世界で」
「……………一つだけ、忠告する」
店主の声音は、低く、どこまでも優しい色を帯びる。普段のおちゃらけた印象とは、正反対であるかのように。
「大井紅花と娘を重ねるな。お前にとって、それは毒になる」
「………あぁ、わかってる。わかってるよ、馬鹿野郎」
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