第9話 商売敵

「は?在庫がない?」

 馴染みの武器屋。元々は狩猟に励む健全な皆様に提供されていた弾薬と銃は、今や違う狩りに用いられるようになった。正規ルートなど存在しない流通網は、闇の底から浮かび上がり、今や太陽の光を燦々と浴びている。

「お前らな。口を酸っぱくして言ってるが、使う弾薬やらメンテナンス部品がいちいち入手しづらいんだよ。ベレッタはまだしも、黒羽のcz75とか日本で元々流通すらしてねぇ銃器の諸々揃える俺の身にもなってみやがれってんだ」

「…それを揃えるのがあんたの仕事、でしょ。対価は払ってるしー」

「対価があっても手に入らねぇことはあるんだ。そりゃお得意様のあんたらには優先して回しちゃいるが、どうにもならねぇ」

「ふーん………で?」

 溜息を吐く紅花が、言葉を投げるように問う。

「俺の商売敵を殺して取ってこい」

 マトモな人間なんていやしない。マトモなら、とうの昔に死んでいるのだから。…


「あらまぁ、そんなことがあったのねぇ。ということは、武器屋さんからのお仕事のご依頼ってことでいいのかしら?」

 手持ち無沙汰な両手を気怠く携えて、廃病院へ帰ってきた紅花と黒羽に響が微笑みを向ける。由衣は待合のソファで寝息を立てていた。他の面々は見当たらない。

「あーもう。弾薬もうちょっと早く手配するんだったなー。…足りるかな」

「襲撃する場所を考えると、撃ち合いになるのは避けるべきでは?火薬庫に飛び込むようなものですよ」

「それもそうねぇ。武器屋さんだもの…」

 行きつけの店が商売敵と語った武器屋は、どうやら今までと違う流通網を開拓しつつある若手が経営しているらしい。悪党には悪党なりのルールがある。それを外れることは、一種の狂気だ。命を守れる自信があるのなら、革命家ともいえるが。

「まー足りなくてもどうしようもないし。やらなきゃ食えない。血で汚れるのは嬉しくないなー。銃なら、ドーンとやってパーンでお仕舞いなのにさ」

「紅花ちゃん、仕方ないわ。今日行くのかしら?生憎今いる四人しか手が空いてないけれど…」

 残り三人の行方は知れない。そんなものである。共同体といえど、紅花たちのそれは緩い。各々が各々の目的に向かって歩く上で、利用し合っているに過ぎないことを、誰もが知っている。

「四人でも若い武器屋なら問題ないでしょ。店主の兄さんの話じゃ、問題になるような用心棒もまだ雇ってないみたいだし。ちゃっちゃと殺して、食い扶持稼ぐよー…由衣、起きて。お仕事」

 運転は由衣が担当することになった。響は入口の警戒、店内での実行は黒羽と紅花。元々、響や由衣は近接格闘を得意としていない。腕っ節が最も頼りになる暁人がいない以上、こうするほかなかった。

「ここかー」

 車窓の左、『武器具店』と小さな看板がかかっている。アパートの一室。目立つ商売をするのは、リスクが伴う。故に大々的にバックアップのある者以外は、細々と販路を拡大していくしかない。その様子からも、まだ商売を始めて長くはないのだろう。つまり、『ルールを知らない』ということだ。だが、それは大した問題にならない。最初から全てを知るものはいない。問題なのは、『違うルールを持ち込んでしまった』ことだ。

「んじゃ、由衣車よろしくー。響は人来ないか見てて。すぐ終わるから。銃声がしたら、援護しにきてねー。…まぁ、しないと思うけどさ」

「わかりましたー!気をつけてくださいね!」

 ハンドルを握る由衣の元気な声に押されながら、外へ出る。人通りはない。奥まった路地に位置するアパートは、廃墟じみている。

 入り口に響を待たせ、黒羽と紅花は店内へと入った。

「お!お客さんか!いらっしゃいませ!まだ始めたばっかりで…ですが、いいもの揃えてますよ!」

 若い、声だ。それだけはわかった。純粋な喜びを、ただそのままに、他人へ向ける若さがある。

「そうなんだねー。ちょっと見せてもらうよー」

「はい!何かあればおっしゃってください!」

 ニコニコとした店主の表情に、悪意はない。店内…というよりは室内に近いそれは、商売を始めたばかりにしてはしっかりとしたつくりになっていた。ガラス戸で覆われた中に、種々の銃器類や弾薬が置かれている。

「わ、これAK12じゃないの。カラシニコフならともかく、アバカンなんて…こんなのどっから入手したのーお兄さん」

「最近、ロシア方面の方と親しくさせてもらってまして…特別に数挺だけ譲っていただいたんですよ!日本じゃ珍しいだろ、開店祝いだーって!」

 なるほど、販路は国外からなわけだ。それ自体は不思議ではないが、問題はそのルート上にある。武具の販売網は複雑だ。利益を求める縄張り争いは日々激化している。安定した地域に、イレギュラーが入り込んだとすれば…排除されるより他はない。

「確かに珍しいー。ね、お兄さん。これ、見せてもらってもいい?」

 紅花の声に、店主はすぐに反応する。どこか得意げな、嬉しそうな顔で。

「ええ!すぐ開けますね…ええっと…そこの鍵は…あったあった。ごめんなさい、まだ慣れてなくて」

「ふふ、大丈夫よ」

 アバカンの納められたガラス戸の鍵穴に、店主が鍵を差し込む。カチャリと音がした。黒羽には、それが鍵の音ではないことが、すぐにわかった。

「ぁ……ぁ…ぐ…え…?なん…で…」

 隠し武器。紅花は、手首に特製の装置でそれを仕込んでいる。人差し指につけられた指輪型のボタンを押せば、『カチャリ』と小気味いい音と共に、両刃のナイフが高速で手首の内側、袖口から射出される。…まるで店主の背中に優しく添えられたかのように見える紅花の右手の下からは、死が、彼の背に突き刺さっている。

「あんたが、どうしようもなく、馬鹿だったから、だよ」

 ザシュ、ザシュ、ザシュ…

 三度、肉を割く音が聞こえた。店主の動きが完全に止まり、今度は肉から刃が引き抜かれる、ズルリとした音が聞こえる。

「やーっぱり簡単な仕事だったね。アバカンついでに貰っちゃおーっと。あ、黒羽は弾薬見繕って適当に持ってきて」

「……なんで、最初の一撃目、心臓を外したんですか?」

 血塗れのガラス戸を開ける紅花の背に、黒羽は声をかける。紅花の動きは止まらない。声音が変化することもない。紅花は、まるでおもちゃを買いにきた子供のように手早く、それでいて、『多くを期待しない』子供のように、ただアバカンを手に取る。

「いやー背中から刺すのって難しいねー。私、暗殺なんて得意じゃないから外しちゃった」

 アバカンの調子を確認しながら、紅花は答える。黒羽も、それに倣って見繕った弾薬をバックに押し込んでいく。

「嘘ですね」

「ふふ、なんで黒羽はそう思うのかな?」

「簡単ですよ。紅花さんなら、背中から心臓刺すくらいの修羅場、いくらでも通ってるでしょう?それになにより…」




「店主がガラス戸に向いた瞬間、紅花さんの横顔、悲しそうでしたよ」



「……………そ。さ、帰るよー」

………。

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