第7話 強欲

「なんだよ、大層なケースにこれだけかよ。みみっちぃな』

 暁人はスーツケースを蹴飛ばした。中に入った札が、ガラスまみれの床にハラハラと落ちる。

「暁人。お金は大事にってお母さんに教わらなかったー?労働の対価よ」

 紅花が溜息をつきながら、他のスーツケースを漁っている。そちらも、中身は大して変わらないらしい。つまらなさそうな溜息がもう一つ、落ちる。

「こんなんじゃ大したことできねぇじゃねぇか。美味い食い物も買えねぇし、銃のカスタマイズもできねぇ。喧嘩はおもしれぇけど、手応えもねぇしよぉ」

「簡単に終わるならそれが一番でしょー。あんたマゾ?」

「ちげぇよねーさん。男ならこう…バーッとガーッと鉄火場で命の取り合いして、一攫千金ってのがロマンじゃねぇか」

「へー。……生憎、私男じゃないからわかんなーい。残念でした」

「ちぇ…」

 暁人は、自身の放った弾丸で穴だらけになった死体たちを眺める。つまらない連中だった。手応えもなければ、報酬も少ない。ましてや、こいつらを殺して他に何か手に入ったのだろうか?…

「暁人はさー。何がしたいわけ?結局」

 あらかた『報酬』を回収し終え、壁にもたれながら煙草を吹かす紅花が、大して興味もなさそうに問う。

「何って…そりゃあデカイ夢よ。ねーさんたちはつええし、俺もつええ。暴れてりゃ、いつか俺の名前が日本全国に轟くなるようになるかもしんねぇだろ?金も、名声もってやつ。かっけぇじゃねぇか」

「…ふーん。やっぱ暁人と私は違うなー」

 紅花がフィルターだけになった煙草を踏み消す。血に塗れた床に、既に吸い殻は数本浮いている。

「じゃあ、ねーさんはなんでこんなことしてんだ?」



「決まってんじゃん。生きる為だよ」



 紅花は次の煙草に火をつけなかった。気だるそうに、低いヒールの革靴が血の海を歩いていく。…暁人はすぐ後を追わなかった。

「……………生きる為、ねぇ」

 散らばった死体には、割れた窓ガラスの欠片が降り注いで、月明かりに輝いている。奇妙に美しい光景だった。何故か暁人は、その光景を前に『クソ喰らえだ』、と思った。何故かは、彼自身にもわからない。

「つまんねぇじゃんか、そんなの」

 やっと口から出た言葉を小声で吐き捨てると、暁人は血に染まった札を一枚踏みつけて、紅花の後を追った。

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