第6話 怠惰

 月明かりが眩しい。朦朧とした視界の中で、嫌にそればかりが目立つ。

「紅花ぁ、ウイスキー残りは…」

「もうないわよー。おっさん、もう飲み切ったの?」

「ああ…マジか…めんどくせぇな…」

「車、借りる」

「いってらっしゃーい」

 おぼつかない足としきりに眠気と倦怠を訴える体を起こし、棚にかけてある鍵を取る。

 クラッチを踏んで、ギアを入れる。

「あん…?ああ、夜か…ライトライト…っと…」

 飲酒運転は重罪だったっけなぁと、昔を懐かしみながら、ふらふらと車を走らせる。最寄りの酒屋は、幸い近い。…

「いらっしゃい。おう、塩谷さんか」

「あー、ウイスキー切らしちまってよ」

 酒屋の店頭には、酒が並んでいない。防犯対策だ。まともに商売をするには、まず守らなければならない。商材も、自身も。

「かー。わりぃな。ちょうどさっき売り切れちまった」

 馴染みの店主は、オーバーなリアクションで悲しい事実を告げる。面倒事が、増えた。

「入荷予定はあんのか?」

「ねぇな。こんなご時世、仕入れも大変なんだぜ」

 溜息が出る。酒がなきゃやってられない。生きる意味もない。何事も面倒で仕方がない世界で、朦朧とせずに何をしろというのか。

 元晴は、店主に近づき、金をテーブルに置く。

「で、原価とそいつらの情報合わせていくらよ」

「……常連特典だ、原価だけで許してやるぜ。大量に買ってったからなぁ…三万ってとこか」

「……たけぇな。紅花嬢ちゃんに愚痴愚痴言われそうだが…まぁいいか、めんどくせぇ」

 財布から追加の札を出すと、店主は笑顔でそれを受け取る。

「毎度あり。近所の…ほら、あのホームセンター寝ぐらにしてるヤンキー崩れどもだよ。たしか四人くらいで来てたぜ。車は青色のセダンだ」

「ありがとよ、また来る」

「飲酒運転には気をつけろよな、塩谷さん」

「捕まえる人間もいやしねぇ、せいぜい事故らないように気をつけるぜ」…

 車に乗り込み、ホームセンターへ向かう。面倒だ。何事もなければ今頃廃病院へ戻って、ウイスキーの蓋を開けていただろう。…

 青いセダンを駐車場に確認した元晴は、助手席から愛用の黒色に染められたコルトガバメントを取り出して、フラフラとホームセンターへ向けて歩いて行った。


「あ?なんだおっさん、フラフラじゃねぇか」

「わりぃな、酒盛り中か。ちょいと入り用でな」

「仲間内しかここには入らせ…」

 ガバメントの引き金は軽い。銃声が一つ飛ぶ。小うるさい小僧の頭に一つ風穴が空いた。

 自動ドアを蹴破って、中へ入る。入り口から見える位置に数人が座り込んでいたが、銃声に気付いたのか、あたふたと銃を取り上げようとしていた。

 バン。バン。バン。バン。バン。

 何発撃ったかは忘れた。あっという間に場違いな酒盛りは終わった。ウイスキーは幸運にもほとんど残っていた。これで数日は生き抜けるだろう。…

「あー…めんどくせぇな。弾薬代でマイナスか…あー……怒られる、めんどくせぇ」

 床に放置されていた血まみれのウイスキーをありったけ手に取ると、元晴は車へと戻った。帰り道の運転は、いくらかまともだったような気がする。元晴自身の、そんな気がするだけ、だが。

「おかえりー…ってなんで血まみれなわけ?酒屋行ったんじゃないの?」

 廃病院の待合に戻ると、紅花が銃の手入れをしていた。他のものはみんな寝たようだ。静けさに、嫌気がさす。酔いが醒めつつあった。

「売り切れでな…」

「あー………なるほどー。じゃ、後で使った弾薬の数教えて。取り寄せとくから」

「すまねぇな。酔いが醒めてきちまった。…おやすみ、嬢ちゃん」

「まったく、車は無傷よねー?おやすみ、おっさん」

 自室に戻ると、ウイスキーを開ける。面倒で、そのまま口をつけた。流れ込むアルコールが心地よい。何もかも忘れさせてくれる魔法は、何よりも得難い。

「また朝が来るのか…めんどくせぇ…寝てよ…」

 一瓶を半分ほど飲み干すと、元晴は気絶するように、床に倒れた。後には、寝息しか残らない。…

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