第2話 色欲

 腐った猫の香り、と表現したのは誰だったろう。昔よく聴いていたバンドの歌詞だったような気がするが、もう覚えていない。ギシギシと不気味な音を立てるベッドの上で、黒羽は音と香りと、声に覆われている。

「……ふふ、あは」

 嬌声、とは違う。彼女のそれは、捕食に等しい。月明かりの照らす肌は、どこまでも滑らかで美しい。その陰影の下に隠した獣を忘れさせる程に。

「……僕、そろそろ寝たいんですが」

「ふふふ…んん?なんで?いや?」

「単純に寝不足なんです」

「そんなの私に関係ない、ね」

 蕩けた声とともに、動作は再開される。いっそ天井のシミでも数えてやろうかと、睡眠をしきりに訴える脳で黒羽は考える。

「ねぇ、気持ちいいの、きらい?私は好き」

「少なくとも今は寝る方が気持ちいいでしょうね」

「ふふ……ふふ。黒羽は私が助けたの。だから、身体も心も、私の、ものなの」

「………」

 動きと声が弾む。事は終わる。天井のシミを数えるのはやめた。廃病院のそれはあまりにも多すぎたし、途中で視界に美しすぎる眼が介入して邪魔をしてきたから。

「はぁ…………寝よーか、ね」

「満足して眠てくれるなら嬉しいですね、主に僕が」

「ふふ、このまんま寝るけどね」

「………」

 月明かりが陰影に飲まれる。視界が、間近に迫った眼に捕われる。口付けは、いつも最後だけだ。この悪魔のような眼から、僕はいつか逃れられるのだろうか。黒羽は考える。そして…

「あぁ、無理だやっぱり」

「ふふふ………ふふ…おーやすみ」

 気怠い声と共に、陶器のように美しい肌が黒羽の体に覆い被さる。温かい。生と血を感じる。いくらか、心が和らぐような、そんな錯覚を覚える。そう、錯覚を。

「………また、明日」

「………んん、また」

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