第25話 北陸宮、善行に突き進む
北陸宮忠仁は学校法人天熊総合学園の副理事長代理代行という、シーズンを諦めたプロ野球チームの指導者のようなへんてこりんな地位についた。要は自分のやることは自分で考え、それが国家国民にとって正しいことならば、自由に伸び伸びとやりなさいという、大元帥ぺこりからのメッセージであった。
北陸宮はまず手始めに、早朝の散歩の際、トングと大きなビニール袋を持って出かけ、道端に落ちているゴミや吸い殻などを拾うという、たまにご奇特な老人などがやられていることを始めた。散歩なので、ご近所からちょっと遠い公園くらいの距離なので、一週間もすると通り道のゴミがなくなってしまった。元がそこそこの高級住宅地なので、クソガキや暴走族がたむろするところでなかったのが、北陸宮の考えの浅さだったが、ちゃんと見ている人は見ている。
「北陸宮さまは毎朝ゴミ拾いをされている。偉い人だわ」
とご近所の奥さま方が、会社の重役クラスの旦那さまに言い、それを聞いた旦那さんが、
「元皇族で、しかもそういう心がけのよい方なら、名前だけでもウチの会社の顧問か相談役にしたら、会社のイメージアップになるかもしれないなあ。今度の重役会議で提案してみようか」
なんて言い出して、あっという間に、大企業などから、そういった申し込みが殺到した。これには水沢舞子もどうしてよいかわからず、大元帥ぺこりに相談した。すると、ぺこりは、
「おいらたちはさあ、別に金に困っているわけじゃないから、企業からの裏献金みたいのはいらない。さらに、企業べったりになると、将来この国のために消費税や法人税をあげたり、脱原発なんか言い出すと、不利益を被る企業も出てくるわけ。だから断る方がいいんだけど、大企業って社員がいっぱいいるじゃん。選挙の時には貴重な一票だよね。だから、特定の企業の役職に着くんじゃなくて、経済懇親会とか名刺交換会なんかに、サラッと出て、宮さまの魅力で大企業のお偉いさんを個人的なファンにしてしまえばいいよ。特に奥さま方同伴の催しに行けば、より効果的ではないかな?」
と私見を述べた。
「はい、わかりました」
舞子は素直にうなずいた。
「とにかく、変な色をつけないことだよ。右翼も左翼も無党派にも、嫌われないようにすることだね」
「はい」
ところが、変なところで色がついてしまった。
東京両国国技館で行われる、大相撲の中日八日目のテレビ中継に、北陸宮が正面ゲストに呼ばれるのが最近では恒例になっていた。そしていつもだったら必ず中日のテレビで正面の解説をしていた北の富士勝昭さんは北陸宮が来るようになってから、中日はラジオの解説に回っていた。よほど北陸宮の相撲知識にビビったのだと相撲関係者は密かに噂をしている。代わりに正面解説は臨機応変な解説が好評の舞の海秀平さん。向正面は大の相撲通であるデーモン閣下が座ることが多くなった。
その中で、舞の海さんが、
「忠仁さまは、相撲の他に好きなスポーツなどあるのですか?」
と尋ねた。北陸宮は、
「はい。プロ野球が好きです。ただ、わたくしが球場に行くと、混乱が起きてしまうので、もっぱらテレビで観戦しております」
と答えた。そこで国営放送の吉田アナウンサーが、
「おじいさまに当たられる昇華天皇は東京キングの大ファンと言うことがよく知られておりますし、最近では天皇家の亜衣子さまが、ワールド・ベーシック・クラシカルで活躍した団扇川選手のファンになられて、彼がまだ横浜マリンズに所属していた時、わざわざ、メトロドームでサブウェイズ対マリンズの試合をご観戦にいらしたこともありました。ところで、忠仁さまはご贔屓のチームはありますか?」
と聞いた。
「はい。わたくしは現在、横浜市に在住しておりますし、青という色も好きなので、地元である横浜マリンズを密かに応援しております」
「そうですか。お好きな選手はおられますか?」
「やはり、元町選手ですね。明るくて、チャンスに強いですから。あとは最近、ジャパンプロ野球初の女性監督代行をされた五十鈴真桜コーチの清冽なお姿に感動いたしました」
「そうですな。彼女は格好がいいですから。わははははー」
向正面のデーモン閣下が笑う。
まあ、ただの世間話だと誰もが思ったが……
翌日のスポーツ紙に、
『北陸宮、不倫願望?』
などというとんでもない憶測記事が芸能欄を大きく飾った。
これを読んだ大元帥ぺこりは、
「余計な色をつけさせるなって言っただろ! それに、北陸宮の記事がなんで芸能欄なんだ! 社会面にしろよ」
とご立腹したが、
「まあ、いまはちょっとくらい浮き名を流すのもいいか」
と、すぐに落ち着いた。
その北陸宮が大元帥ぺこりの元を訪れた。
「やあ、宮さま。色々とご活躍ですなあ」
ぺこりが皮肉をこめて言うが、北陸宮はキョトンとしている。彼はスポーツ紙は読まないようだ。
「大元帥、わたくし今日はお願いがあってやってまいりました」
北陸宮が手を畳につけている。
「どうした? もっとざっくばらんにされなよ」
ぺこりが驚いて嗜め、
「どうぞ、遠慮なくおっしゃってくださいな」
と話を進める。
「はい。わたくしはどうしても、保護ねこたちの生命を救い、幸せに里親に貰われるような事業を起こしたいのです。それにはまず、人里離れた山などに、一時的にねこたちを匿える場所。そこを運営するスタッフ。獣医や獣看護師などが必要になります。さらに、インターネット上にホームページを開き、ねこ一匹一匹の写真やプロフィール、性格などを表示して、里親になりたい方を募ります。引き渡し場所は首都圏に店舗のようなものを何軒か作り、ワクチンと避妊手術の実費だけを貰って里親に渡します。それから、ねこが買えなくなった人から、保証金として一万円をいただいて、こちらで預かります。そうすると勝手に店舗の横にねこを捨てていくものも出るでしょうから、二十四時間の警備が必要になりますし、防犯カメラも設置しなくてはなりません。さまざまな費用がかさみ、わたくしの一千億円では足りず、一兆円規模の事業になると思います。なので、大元帥に借金の申し込みに参った次第です」
北陸宮は自分の構想を語り、借金の申し込みをしてきたのだ。
「なあ、宮さまよ」
「はい」
「借金なんてよそよそしいことを言いなさんなよ。この事業を一緒にやってくださいって言っておくれよ」
「よろしいのですか?」
「当たり前さ。おいらだって、ねこが大好きだし、安楽死という名の殺戮には怒りを覚える。任せなさい。いい土地を見つけ、土木庁と建設庁に突貫工事をさせるし、いい人材も見つけてやるさ。でも、イヌはどうすんの?」
ぺこりが聞く。
「はい。残念ながら、イヌに関しては飼育鑑札など、公の手間が大きすぎて、手に余ります。そして、申し上げにくいのですが……」
「なにが?」
「わたくし、イヌが幼少より苦手でございます」
「ははは。天下の北陸宮がイヌ嫌いとはなあ。しかし、実はおいらも苦手なの。なんか突然噛みついてきそうでね。だけど、盲導犬や介助犬の協会には毎年、寄付をしているよ。罪滅ぼしだね」
こうして、北陸宮のボランティア事業第一弾が決定した。
『どらねこプロジェクト』と名付けられた、北陸宮の保護ねこ救済プロジェクトは、大元帥ぺこりの裏ロビー活動によってNPO法人化された。さらに、別にやる必要はないのだが、ぺこりの資金が大量に使われているとわかると、社会的に問題となるので、クラウド・ファウンティングが実施され、予定の一千万円に対して十億円も集まってしまった。しかも、ジャリーズ事務所が協賛を表明。なんだかえらいことになってきた。その一方で、「なんで保護イヌは助けないんだ!」と批判の声が上がったが、北海道に在住のムクゴロウさんという、自称作家兼雀士兼動物研究家が「オレがイヌの王国を作る」と同様のプロジェクトを立ち上げ、ぺこりが、
「あとで揉めても面倒だ」
と言って、こちらもNPO法人にするようにし、匿名で十億円寄付したので、この国の保護ねこ・保護イヌ問題は一気に解決した。
休みなく働く北陸宮を見かねて、ある日水原舞子が、
「今日くらいは育児休暇を取りなさい。乳母に双子ちゃんを任せっきりにすると、なつかなくなりますよ」
と言うので、北陸宮は素直に従った。
長男は鷹仁、次男は隼仁と言う。なんとなく強そうな名前だ。猛禽類の名称を用いたのは『飛鳥』へのリスペクトでもある。乳母はウグイスとメジロだが、いささか年を重ねたし、当然母乳は出ない。市販の粉ミルクを与えられている。北陸宮は、
「どんな理由があったとしても、生まれたばかりの赤子を置いて、消えた遥が許せぬ」
と口では言っているが、背中には寂しさがありありと出ている。故に双子を見るのが辛く、縁側でぼんやり空を眺めていた。そして思い立ったようにぺこりの私室がある五重塔に出かけた。
北陸宮は水沢舞子と同じ『ゴールド・ペコカード』を所持しているので、寺の境内も地下のアジトも、この五重塔にも入ることができる。五階のぺこりの私室の前に立つと、
「大元帥、忠仁でございます」
北陸宮は声をかけた。すると、
「おお、宮さまか。お一人とは珍しい。おいら、いままでお布団で読書をしていたんだが、ちょうど読み飽きたところなんだ。お入りよ。お茶でも飲んでおしゃべりしよう」
ぺこりは気さくに北陸宮を招き入れた。
「突然押しかけて申し訳ございません。舞子さまから育児休暇をいただいたのですが、あれらを見ていると遥を思い出し、逃げてきました」
「そうかあ、つらいよな。組織の方で全力で探すよ。離婚するにしてもよりを戻すにしろ、本人がいなくちゃ始まらないからね」
ぺこりは白々しいことを言った。
「ところで、大元帥」
「いい加減、ぺこりって言ってよ」
「ああ、はい。ぺこりさま、わたくしの二人の男児なのですが、できれば苗字を北陸宮ではなく、普通で、なおかつ戦国武将のように勇ましいものにしたいのですが……」
「ふーん、苗字を変えるのかあ。名前は比較的変えやすいけれど、苗字は結構難しいなあ……ああ、どこかおいらの知り合いの名家に養子縁組だけしてもらうってのが比較的簡単だな」
「どういった苗字が?」
「一番簡単なのは舞子だよ。水沢さ」
「しかし、舞子さまの戸籍を汚すのは気が進みません」
「そう……名家といえば、東急東横線の妙蓮寺駅周辺の土地持ちの、ズバリ『妙蓮寺』家だな。あそこの家は妙蓮寺付近の土地を全部持っていて、格安で商店街や住宅に貸している。一人息子がおいらの知り合いなんだが、強いし、賢いぞ」
ぺこりが自慢する。
「しかし、わたくしは日本神道を信じるもの。妙蓮寺ではちょっと……」
北陸宮が言い淀む。
「そうだね。じゃあ、鴨居の大金持ち、大学教授の有象はどう?」
「象が鳥の上につくのは変ではないでしょうか?」
「うーん、難しいなあ。ああ、風花はどう? マリンズの監督の風花だよ。あいつって坂東平氏の末裔で、先祖は平光明って言うんだって。その在所から、風花太郎って呼ばれてたのが苗字になったらしいよ」
「素晴らしい苗字ですが、風花監督は新婚ではありませんか? いきなり養子はお可哀想ですよ」
「ああ、そうか。忘れてた。伊達、上杉、武田、徳川、織田、毛利、島津だって仲立ちはできるけど、ちょっと露骨すぎるよね」
「そうですね」
「少し考えさせてよ」
「はい」
そこへ舞子がやってきて、
「宮さま、お客さまですよ」
と告げた。
「はて、わたくしにどなたでしょう?」
「なにか、いらしたのは運転手の方のようです」
舞子が言う。
「おい、誘拐犯じゃないだろうな?」
ぺこりが大声を出すと、
「宮内庁の名刺をいただきました」
「ふぬ。いまさら宮内庁がなんの用だ」
ぺこりが不審がると、北陸宮が、
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。行ってまいります」
と言って去った。
この時点で、『北陸宮、御乱行事件』が起きると誰が思っただろうか?
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