第24話 対面
北陸宮が外遊から成田国際空港に戻ってきた。内密の出国だったため、報道陣は北陸宮の出国も、もちろん帰国にも気がついておらず、空港での騒ぎのようなものは全く起きなかった。ただし、たまたま空港にいた北陸宮贔屓の奥様方や、雑誌『ジュゴン』の購買層である女子中高生が北陸宮を見つけて、興奮していたが、彼の持つ一種の近づき難いオーラに邪魔されて、スマホで写真を撮るくらいしかできなかった。
車止めには迎えの車が用意されていたが運転席には普段大元帥の守護をしている土佐鋼太郎が座っていた。
「無事のご帰国、祝着でございます」
鋼太郎が挨拶する。
「ありがとう存じます。しかし、土佐さんは大元帥の守護という大切な仕事があるでしょうに。何故、わたくしのお迎えに?」
北陸宮が尋ねた。
「ええ。私も少し合点が参りませんが、その守護すべき大元帥が私を指名してきたのです。おそらく、私が考えるに北陸宮さまはお疲れのところをお気の毒なのですが、休む間もなく大元帥とのご対面となるのだと思われますが、いかがでしょう?」
「なるほど。それで土佐どのを……そうですか。わたくしはようやく、大元帥さまにお会いできるのですね」
そうなのである。北陸宮と大元帥は作者がアルツハイマーでなければ、いまだに対面どころか、リモートでも会話をしていないのだ。なぜ、ここまで対面が遅れたのであろうか? おそらくは大元帥の心理的策略であろうが、単純に忘れていただけかもしれない。あの怪物も耄碌してきているのかもしれない。
組織のアジトの上に立つ華麗宗・天熊寺の脇道からそれると、アジトに自動車で入れる隠しトンネルがある。常時、防犯カメラが二十台稼働していて、敵や、迷子のこねこちゃんが入ってこないように厳重に警戒されている。出入り口はアジトの最大の弱点である。以前のアジトは警視庁捜査一課の執念と味方の裏切りで、秘密の出入り口を暴露され、警察・自衛隊・内閣特別チームで編成された合同部隊に攻め込まれ、危ういところまで行った。だが、大元帥の怒りに触れ、半殺しの目にあって、長期療養していた、いまの十二神将が奇跡の復活を遂げて、政府合同軍を倒し、大元帥は無事に一時海外逃亡することができた。ちなみに逃亡先はスペイン・アンダルシアだったのだが、作者がなぜそこを選んだのかがわからない。別に近藤マッチのファンじゃないんだけどなあ。
駐車場に鋼太郎が自動車を止めると、すでに水沢舞子がいて、
「北陸宮さま、大元帥が対面を希望しています。少し休憩して、衣装を着替えてあたしと大元帥の部屋へ行きましょう」
と言った。
「かしこまりました」
北陸宮が答える。
「鋼太郎さんもね。運転疲れたでしょう? ちょっと休んで」
舞子が気遣いを見せる。
「はい。ありがとうございます」
組織の実質No.2である舞子に鋼太郎は頭を下げる。なぜ、女優の水沢舞子が組織の実質的No.2なのかというと、実は大元帥は人間の姿に変装して高校卒業を卒業する頃までは一年おきに性が変わるという変則的両性具有だったのである。誕生時に、本来はオスとメスの双子で生まれるはずだった大元帥なのだがメスの妹の方の肉体が無念にも死産になってしまい、その精神だけが、大元帥の精神に入り込んでしまった。そのため、人間に化けても、毎年性別が変わるため、一年おきに転校を繰り返して誤魔化していた。それが、東大に合格した頃から肉体がオスに固定された。しかし、精神の中にはメスの妹が残っていて、その感情を表に出す形代が必要となった。その形代が水沢舞子なのである。舞子だけが、大元帥の精神にいまも住む、妹の意思を読み取ることができる。故に、舞子は大元帥の絶大な信頼を得て、女優としての活動や、学園の運営をすることができるのである。
余談が過ぎた。お馴染みの読者の方には大元帥の正体などとっくにわかっていらっしゃるであろうし、初読の方は作者がなにを語っているか、頓珍漢であろう。どうせなら、作者の小説を順番に読んでいただけたらよかったなあと思ってしまうが、作者の脳も現在、頓珍漢なのであまり気にしないでいただきたい。
「さあ、北陸宮さま。そろそろ参りましょう。大元帥はせっかちなので、あんまり待たせると、お布団に入って寝てしまいます」
舞子が北陸宮をいざなって、大元帥の私室がある、天熊寺の奥の奥、参拝客が絶対に入れない場所にそびえ立つ五重塔に入った。当然、大元帥の守護が本職の土佐鋼太郎も後ろからついてくる。
舞子は五重塔の山門に近づくとIDカードらしきものを所定の位置に差し込む。そうすると重たそうな石でできた門が観音開きで開いた。
「ああ、あとで北陸宮さまにも、この『ペコカード』を作りましょうね。これがあれば、識別確認の他にもアジトや境内だけでなく、いろいろなところで、キャッシュレス決済ができるの。『Suica』付きのマイナンバーカードみたいなものね。もうすぐ、スマホ対応になるそうよ。でも、仲木戸さんの仕事にしては社会より少し遅れているわね」
舞子は少し不満気味だ。一方の北陸宮は、
「『ペコカード』のペコってどういう意味ですか?」
と尋ねた。
「ああ、あと十数行ぐらいでわかるから、気にしないでください」
「そうですか……」
北陸宮は納得がいかないようで、不二家のマスコットキャラかな? などと、最近知ったお菓子だかケーキ屋さんのマスコットを思い浮かべていた。しかし、カードを見ると、『赤べこ』つまり会津あたりの伝統玩具をモデルにしたペコっと舌を出した女の子ではなく、にっこり笑う、グレーがかった「くま」のようなキャラクターが描かれていた。あまり、センスがいいようには思われない。
五重塔の入り口でも舞子は『ペコカード』を所定の位置に挿入した。北陸宮はたくさんの防犯カメラが舞子を探っている気配を感じた。恐ろしく厳重な警備体制だ。世界有数の大組織、しかもボランティア・テロリストという、意味がよくわからないが、ものすごい財力と、軍事力、人材を兼ね備え、それを束ねている、大元帥。その方にここまで支援を受けながら、ご挨拶の一つもしていなかったことに、北陸宮は恐縮し、作者は構成ミスを恥じていた。それはどうでもいいかな。
エントランスに入ると、真ん中に巨大な円筒が目立つ。これはエレベーターであろうと北陸宮が思い込むと、舞子が、
「ああ、そっちじゃないわ。それは、四階にある水槽に海水を吸い上げているダクト。エレベーターはこちら」
と奥の方に進んだ。
「水槽とは?」
北陸宮が尋ねると、舞子は、
「海からしか来られない、友好団体の首領と腹心がいるのよ。そのためにわざわざ場所を取って、大元帥の部屋の下の階に大きな海水用の水槽が用意されているの」
と答えた。北陸宮には意味がよくわからなかった。
エレベーターは音もなく、高速で最上階の五階に着いた。外から見たよりは広く感じるが、それにしても大元帥のいる場所にしては狭い。
「ちょっと、ご機嫌と様子を見てくるから待っていて」
舞子は大元帥の居室の襖を開けて一人で入る。襖には防音加工などなにもなされていないようで、舞子と大元帥の声が丸聞こえである。
「おお、来たか」
「あっ、なんで上座に座ってるの? 賓客を迎えるんだからあなたが下座じゃないの?」
「なんでよ? いつも上座じゃん。宮さまは一般市民でしょ。ああ、でも大切な人であることには変わらないな。こうしよう。むかし徳川家康と豊臣秀頼が対面した時のように上下を無くそう。おい、長与と若衆よ。この卓の縦横を変えて、座布団なんかも移して。これで、同格になるだろう。よし、それでいいよ。おーい、宮さま。お入りください」
大元帥の声が聞こえる。思っていたのと違い、ずいぶん陽気な方だと思った。内側から舞子が襖を開く。正面に大元帥……
流石の北陸宮も危うく声を出しそうになった。目の前にいたのは巨大な岩石の如く鎮座する、茶色に銀毛が混ざった毛皮を纏ったくまの怪物だったからである。怪物という話は誰彼となく聞いた気がするが、それが比喩表現でなく、本当の怪物だとは流石に全く思いもしなかった。だが、皇室の血を受け継いでいる北陸宮である。内心の動揺を表には出さず、
「大元帥、お初にお目にかかります。北陸宮忠仁でございます」
と挨拶をして立礼をした。
「堅苦しい挨拶はいらないよ。まずは座布団に座ってくださいよ。舞子、茶を二つな。生菓子は子供の頃から行きつけの菊名西口商店街の『まつ姫』さんのご主人渾身の『練り切り』だよ。これが好きでさあ、毎日買いに行ってたら、ご主人が『坊や、弟子にならないか?』って言われて少し悩んだよ。でも、一年で引っ越さなければならなかったし、不動明王から授かった使命もあるから断念したのさ」
大元帥は関係ないことを捲し立てた後、自分が名乗りをあげてないことに気がついたのか、居住まいを正して、
「おいら、よろしくま・ぺこりっていうんだ。よかったらぺこりと呼んでくれ。作者と同じ名前だけど別人格だ。この『ぺこり』と『おいら』を、対面までは言うなと作者に厳しく言われてさあ、すごくしんどかったよ。でも、これからは堂々と、おいらって言えるから嬉しいなあ。『おいら』なんて代名詞を使うのは、たけしさんと、いきがったバカくらいだからね。でも、おいらが『わたし』とか『俺』というのはなんか違和感があってさ。ああ、そんなことどうでもいいね。まずはお茶を一服して、『まつ姫』さんの季節の練り切りを食べておくれよ」
恐ろしい怪物である大元帥、ぺこりのあまりの気さくさに、北陸宮は内心驚いた。おそらくはこのギャップが多くの部下を魅了するのであろう。自分にはぺこりにあるなにかが足りないような気がする。しかし、それがなにかまでは十八歳の身では理解できないなとも思う。しかし当然、そういう心のうちは他人には見せない。それが北陸宮の血統である。
「初対面でなんだけど、我々が考えている宮さまの今後についてお話しするね」
ぺこりが抹茶を一気に飲んで、口の周りを緑色に染めて語り出した。
「結論から言うと、近い将来、具体的に言えば宮さまが衆議院議員の被選挙権を得たらすぐに衆議院の総選挙に出馬してもらいます。あと、七年後くらいかな。それまでに、我々は宮さまをお助けするべく、徐々に国会に議員を当選させて行き、宮さまが議員になったら即、与党の党首になれるよう全国で隊員たちに真っ当な政治活動をさせています。我ら『悪の権化』は側面からの支援はしますが、国家公安委員会のテロリスト名簿に記載されているので、宮さまのお邪魔にならないよう表面的には活動を控えます。一方、この七年間の間、宮さまには国民に愛され信頼される人物になるべく努力してもらいます。おいらから直接指導や助言をすることは先程の理由でできないので、全てを舞子に任せます。舞子が宮さまを総選挙で支持することはギリギリまで公にはしませんが、国民に何気なく仄めかす行動はします。舞子の人気はおいらの想像もつかないほどありますから、心配はないでしょう。ただし、内閣総理大臣になった宮さまが国民重視の政治を行わなかったときは、ウチの毒薬専門忍者、蛇腹蛇腹に病死を装った毒殺をさせますので、真に国民のための宮さまでいてください。このぺこり、伏してお願いいたします。あれっ、痛っ、慣れないことしたからぎっくり腰になった。おい、鋼太郎。お布団に運んでくれ。舞子、あとは頼む」
大元帥、ぺこりは情けなく退場した。まあ、この程度のギャグなら読者さまに許して貰えるかな。
ぺこりに代わって舞子が北陸宮の前に座った。
「北陸宮さま、喜ばしいお話と、残念なお話があります」
「なんでしょうか?」
「遥さんが双子の男児を出産されました。お二人ともお健やかです」
「そうですか。わたくしも若くして人の親になったのですね。ところで、残念なお話とは?」
舞子は一拍置いて、
「その遥さんが、突然失踪しました。全力を持って探していますが、現在のところ全く行方がわかりません」
と北陸宮に告げた。流石に北陸宮の表情が変わり、
「なぜ、なぜでしょう?」
と舞子に尋ねた。それは、もちろん遥と大元帥にして聖獣であるぺこりとの赤子が誕生してしまったことを隠すための失踪だが、そんなことは口が裂けても言えないので、舞子は、
「全く理由がわかりません」
と白々しく言った。役者やのう。
「遥、なぜ……」
北陸宮は目に袖をやった。北陸宮が操り人形ではなく、一人の男性だと知れる。
その日以降、北陸宮は積極的にボランティア活動に勤しみ、文化活動も積極的に行った。いままでぺこりに禁じられていた民放テレビにも出演した。『徹子の部屋』と『サワコの朝』だけど。新聞の世論調査では、右派、左派、中道関係なく、次の内閣総理大臣に相応しい人は? という質問にダントツで北陸宮が一位を占めた。この結果にかなり焦った、与党、野党はなんとか北陸宮を取り込もうとしたが、北陸宮はキッパリと断った。
「わたくしはまだ十八歳。政治は大人の方々が国民のためだけに汗をかいて頂きたい。わたくしの願いはそれだけです」
この発言によって、北陸宮は次世代のリーダー候補の筆頭に立ったのである。
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