第23話 遥、懐妊する
ブラック・シャドー、黒影錠司にしてやられ、小篠淳子を奪われた大元帥は、久々のミッション失敗にショックを隠せず、自室である五重塔の最上階に着くと、床几に座り、若衆に甲冑を脱がせるやいなや、お布団に直行し、
「なんて日だあ〜。十二神将が勢揃いで、あんな若造に……しかも、なんで北陸宮と同じ顔なんだ? 本人? そんな訳はない。北陸宮にはフィーバーが加熱しすぎると火が消えるのも早いからって、内密にヨーロッパへ外遊に行かせているからな。黒影ってやつはいったい誰なんだ? もうすぐ十万字になるのだから、余計な謎を増やすなよ。解決するべき問題が山積だ!」
と叫んでいた。
そこへ水沢舞子が入ってきた。
「おう、なんの用だ? いまは一人反省会中だから、孤独でいたいんだけど」
大元帥が言うと、舞子は、
「かなり大事なことなのですが……」
と真剣な表情をした。なんか心が曇っているように見える。
「重大事なら、お聴きしますよ」
大元帥がおちゃらけると、
「遥さんがご懐妊しました」
舞子が告げた。
「ああそう。めでたいな。なんか、少し早い気がするけど」
大元帥が喜びつつ訝しがると、
「そうです。微妙に早いのです。専門的なことはあたしにはわからないので、先生に聞いてください」
舞子はそう言って立ち去った。代わりに、世界一腕のいい無免許医師、間黒男が現れた。
「またお前か? 手塚プロに見つかったら怒られるぞ」
大元帥が言うと、
「ここは払いがいいからな。それに、手塚さんのところは気がついていないだろう」
間黒男は笑った。
「まあ、ジョークはいいや。遥の懐妊のなにが問題なんだ?」
大元帥が尋ねた。
「これが、遥夫人の子宮内のエックス線写真だよ」
間黒男は茶封筒から写真を少し出した。
「なんで一気に見せないんだ?」
「衝撃的事実であんたを仰天させてやるのさ。まずは右側の子を見な」
「ああ。普通の子だけど、なんか端っこに押し出されていないか?」
「そうだろ。次は真ん中さ」
間黒男は写真をもう少し出す。
「ああ、双子かあ。でもこの子も何かに押されてるなあ。遥は子宮筋腫でもあるのか?」
「フフフ。では最後を見せよう。ジャーン」
間黒男が、さもおかしいという笑い方をして写真を袋から出す。
「ウッ……」
大元帥は思わず息を詰まらせた。エックス線写真には巨大な黒いもの影があった。
「でも……でもさあ、生物学に人間と怪物が交わっても子どもが生まれるわけないよな?」
「甘いよ。確かにもし普通の動物と人間が交わっても子どもが生まれることはない。でもさあ、あんた自分で自分を怪物だって言ったよな。じゃあ、あんたの母親ってなによ?」
間黒男の目が厳しくなる。
「北海道札幌市の円山動物園で飼育されていた、メスのエゾヒグマ……」
「で、父親は?」
「正確にはわからないけど、以前に警視庁捜査一課にたまたま拾われた体毛を大学でDNA検査したら、なぜか鹿児島名物の氷菓『しろくま』の成分が出たと、報告が出されているけど……」
大元帥の声が小さくなってくる。
「と言うことはさ、あんたの母親は処女受胎なんだよ。わかるだろ? あんたはイエス・キリストとおんなじだと言うこと。怪物じゃなくて、聖人もしくは聖獣に分類されるべきなんじゃないか? 聖人・聖獣と人間である遥夫人が交われば、受精したっておかしくない!」
「ぎゃふん、と言いたいところだが、じゃあなぜ北陸宮のお胤のような双子までがお腹にいるんだよ? 人間の女性はメスねこじゃないぞ!」
大元帥が反論した。しかし、間黒男は平然と、
「きっと、遥夫人の子宮には卵子が二つあったんだろう。二卵性双生児が生まれる時のようにな。そのうちの一つにあんたの精子が入り、残った卵子に北陸宮の精子が二つ入って一卵性双生児ができたんだ。これで辻褄があうだろう?」
「……おい、北陸宮の子じゃない方は中絶できないか? あんな子が生まれたら北陸宮との信頼関係が一気に崩れてしまう」
大元帥は残酷なことを口にした。
「無理だな。強引に中絶させるなら三人とも殺さなくちゃならないし、遥夫人が今後妊娠できなくなる可能性がある。無免許とはいえ、医師の倫理観から、それは断る」
間黒男は中絶を拒否した。
「じゃあさあ、産まれる順番を変えられないか? 双子を先に産んで、時間を置いて、その黒いやつを産むんだ」
「一千億円」
「えっ?」
「一千億円くれたら、完璧にやり遂げよう。もちろんキャッシュでね」
「できるんならいくらでもやるさ。契約成立だ」
「北陸宮の双子よりあんたの子の方が将来、世界を救う者になるとは思うけどね。ああ、その子を絶対に殺すなよ。俺の右手のメスはあんたを切り殺すことができるほど鋭いぜ」
「わかっている。そんな残酷なことをするほど、狂ってはいないよ。ただこれからどうするかが決められない」
「まだ産まれるまで七ヶ月ある。ただ、遥夫人への負担は相当大きい。空手で鍛えていなければ、今頃死んでいるかもしれない。想像もつかないほどの苦痛に耐えているだろうな」
「責任は取る」
「どっかの国の宰相のように、口ばっかりじゃ困るぜ。じゃあ、また」
間黒男は出て行った。
間黒男が出ていくと、大元帥はお布団に逃げ込んだ。
「ああ、なんてことをしてしまったんだ。あれは、刃向かう遥を屈服させるためにやった行為だったのに。ああ、それよりそろそろ、一人称の固有名詞か代名詞で喋らせろよ。ストレス溜まっちゃう。確かに逢坂剛先生や田中小実昌先生が主人公に小説内で一言も自分の固有名詞、代名詞を使わなかった例もあるけれど、それは主人公だけだろ。この小説の主人公は北陸宮だあ!」
文句を言うと大元帥は寝てしまった。
フフフ、まだ、使わせてはやらないよ。
禍福は糾える縄の如し。ネロが慌てて大元帥の部屋に来た。
「総大将、小篠淳子さんを奪取しましたぞ!」
喜びの声を出す。
「へっ、それはやったな。どうしたんだ?」
「ブラック・シャドーの幹部二人が新潟空港の税関で大麻タバコを所持していたので、逮捕されたんです。で、空港に預けられていた大型の音楽機材を調べたら、小篠さんが縛られた状態で、見つかったのです。その無線を傍受した組織の者が警察より一足早く空港に行って、偽警官と救急車で連れ出したとのことです」
「なんだよ、カルロス・ゴーンの真似かよ。二番煎じはたいてい失敗するものだ。とうぶん、小篠淳子さんはどこかで療養させておきなさい」
「はっ」
ネロは退出した。
「まあ、いろいろあるなあ。ところで、北陸宮はいま、どのあたりの国にいるんだろう?」
ぺこりは、外遊させた北陸宮のことを想った。
その北陸宮はアムステルダムにいた。当然のことながら護衛の者が五人いたが、北陸宮の希望で、付かず離れずの立ち位置をとっていた。そして北陸宮は五人の護衛を撒く術を遥に習っていた。
「あれ、北陸宮さまがいないぞ!」
慌てる五人の護衛。ご苦労なことである。もう、しばらくの間は見つけられないであろう。
北陸宮は、古いアパルトメントの一室のドアを開け、真っ直ぐ、もう一つのドアを叩いた。内側から、
「ゲストナンバーは?」
と聞かれ、北陸宮は、
「忘れた」
と答えた。その瞬間ドアが開き、おっかなそうな大男がにこやかに、
「ようこそ、プリンス」
と歓待し、奥の部屋へ案内した。
「ボス、プリンスがお越しです」
「入ってくれ」
黒影錠司の声がする。
「失礼いたします」
北陸宮は部屋に入った。
「おう、久しぶりだな忠仁」
黒影が言う。他には誰もいないようだ。
「顔が随分と変わりましたね」
「これが素顔さ。普段は誰にも見せない。まるで鏡を見ているようだろ?」
「そうですね。そのことについて、わたくしの配下の者たちが調査をしてくれましたので、今日はそれをお知らせに参りました」
「へえー。あれだろ、俺たちが双子ってことだろ?」
「いいえ、違います。でも近い考えです。あなたの母親は小篠淳子の双子の妹、小篠弘子さんと言う人です」
「小篠淳子の双子の妹! で、父親は誰だ?」
「今上天皇陛下です」
「はあ?」
「今上天皇陛下も皇太子時代に北陸大震災のお見舞いに行かれています。真火子さまの体調が優れない時はお一人で行かれています。そこで、出会ってしまったのですよ。上皇后陛下の若い頃にそっくりな中居さん、つまり小篠弘子さんを。もともとマザー・コンプレックスの気がある天皇陛下は一目で恋をし、一夜のご寵愛をされました。それで産まれたのが、あなたです。弘子さんは本当に産後の肥立ちが悪くて、亡くなられたそうです。その後、なぜあなたがスウェーデン王室の一員になったかは全くわかりません。たぶん、あなたはご存知なんでしょう?」
「ま、まあな」
流石の黒影も動揺は隠せない。
「そうだ、あなたに贈り物を差し上げましょう」
北陸宮は懐から何か出した。
「扇子です」
「そんなことは知っている。別にいらないよ」
「そうはいかないのです」
「なに?」
その瞬間、北陸宮は黒影のそばに近づき、扇子の要の部分で、黒影の胸を刺した。そして、黒影の口を左手で塞ぐ。
「武士の時代にあった、『鎧通し』と言う武器をご存知ですか? 刀では致命傷を与えられない時、鎧の隙間に差し込むものです。この扇子は、銘抜刀先生が、要の部分を念入りに尖らせた鎧通しです。原材料は竹ですから、空港の税関で引っかかることもありません。あなたを殺すのに最適な武器でしょうね」
黒影が塞がれた口から小さな声を漏らす。
「なぜ、俺を殺すんだ。友達じゃなかったのか?」
「ええ、あなたの身の上を知るまでは殺すつもりはありませんでした。しかし、似たような境遇の人間が二人いるのは困ります。大元帥があなたに鞍替えしたら、わたくしは行き場がなくなります。あなたの方がおそらく大元帥の好みではないかとわたくしは思ったのです。なので残念ながら……ああ、息絶えられましたか。ではこのちり紙をお借りします。血液が飛ぶと衣装が汚れますので。それに、扇子の血も拭き取らねば」
北陸宮は大量のティッシュペーパーを黒影の心臓部分に押し当て、扇子を抜いた。そして扇子の要を丁寧に吹いた。
「では、失礼いたします」
北陸宮は退出し、ドアの大男に、
「ボスはお疲れのようだ。しばらく一人にしてくれと言っていましたよ」
と英語で言った。大男に意味は通じたようで、
「OK。グットラック、プリンス」
と言ってきた。
「北陸宮さま、我々護衛のものを撒くのはおやめください。なにかありましたら大元帥にきつく叱られます」
護衛のリーダーがボヤいた。
「はて、わたくしはあなた方を撒いたつもりはないのですがねえ。しっかり守ってくださいな。ところで……」
「なんでしょう?」
「そろそろ帰国したいのですが?」
「承知しました。手配しましょう。ところで遥さまへのお土産は?」
「なにがいいでしょうね。ホテルに帰って『世界の歩き方』を見て考えましょう」
一仕事終えた北陸宮はブラック・シャドーは壊滅したと思っていた。しかし、一人だけ生き残りがいた。ミスター・カトウである。いま現在、彼の居場所はわからないし、なにを考えているなど、全く見当もつかない。
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