第21話 北陸宮の活動 黒影錠司の暗躍
大元帥は、最高幹部会議で、新しい政策を発表した。
「北陸宮を総選挙に出馬させたいのだけど、衆議院議員の被選挙権を得られるのは二十五歳である。まだ七年も先の話だと思うだろう。しかし、あと七年しかないと思考を変換してほしい。各都道府県に平和的な選挙事務所を立ち上げ、支持者を正当に集め、地盤を作るにはギリギリの時間だよ」
悪童が尋ねる。
「なんで、全国に選挙事務所を立てるんすか? 横浜市のどこか一つでいいでしょう?」
「北陸宮一人を議員にするだけならそれでいいし、指先一つで当選させられるさ。でもな、悪童。この国は全て、多数決で物事が決まるんだ。だから、北陸宮を党首と仰ぐ仲間が必要なんだ。つまり、新しい政党を作り、現在の自自党政権を倒さなくてはならない。その際に野党と協力しなければ政権を奪取できないようでは、新鮮でクリーンな政治なんかできない。完全に大多数を獲らねばならない。これは、各都道県の県議会以下の地方議会、当然、参議院もそうしなければならない。地元に他から来たものが溶け込むのはひじょうに時間がかかるし難しいことだ。なので、各都道府県出身で、人柄がよく、正義感があり、お金にクリーンで、酒を呑んでも乱れない者を選び出してくれ。わかった? じゃあ散会!」
場面は突如として変わり、オランダ・アムステルダムに飛ぶ。大昔、『アムステルダムの朝は早い』というCMがあったらしいが、朝が来る時間は世界中だいたい同じだと思うのは作者だけであろうか?
大麻が合法化されているこの都市には『マリファナ・バー』という酒場のように大麻を提供販売する店が点在する。そのため、大麻を禁止されている国の人間が多くこの都市を観光目的として訪れる。中には我が国の人間も見受けられるが、いくら大麻が合法化された場所で、我が国の人間が大麻を売買や所持をしたら、それは日本の法律で罰せられる。しかし、大麻を吸引しても法律には罰則の規定がない。これが、覚醒剤やコカイン、MDMAと異なるところである。理由はなぜか? それは大麻がれっきとした農作物であるからである。七味唐辛子に種子の実が入っているであろう? あれ大麻の実である。なので、大麻農家さんが誤って、大麻を吸引してしまった時、いちいち逮捕していたら七味唐辛子が市場から消えて、メルカリで高額転売されてしまうので、吸引は罪にならないのだ。だが、趣味嗜好で吸引するには所持しなければならないから、捕まってしまう。馬鹿な考えはやめておいた方がいい。
さて、このアムステルダムの一角にある古いアパルトメントの一室のドアを開くと、部屋は空っぽで、正面にまたドアがある。開けようとすると、鍵がかかっていて、内側から、
「ゲストナンバーは?」
と声がする。十秒以内にゲストナンバーを言うことができないと、おっかない顔をした傭兵が出てきて、あっという間にサイレンサーで射殺され、そのまま、肥料工場に運ばれて、美味しい野菜の栄養になってしまう。
正しい入室方法は、ゲストナンバーを問われたら、
「忘れた」
と答えることである。そうすると、傭兵は笑顔で握手をし、長い地下階段と廊下を案内する。突き当たった先の豪華な部屋の扉を開けば、ブラック・シャドー、または黒影錠司が高級ソファに深く座っているのだ。
「やあ、ミスター・K。ようこそ」
黒影が当然の如くマリファナをふかしながら挨拶する。すでに、客人というかヨーロッパ中の悪の大物が五人席についている。
「ミスター・ブラッグ・シャドー。呑気に挨拶もいいが、先日言っていた、ジャパンの元プリンスを拉致し、あの大物から莫大な身代金を払わせるという策はどうなったんだ? 我らとて、多大な協力金を渡している。タダでは済まんよ」
「ああ、あの話か。あれは調査の結果、ムリだとわかったんでやめた」
「なんだと! なぜか理由を言え」
「実はな、ウチのメンバーが元プリンスを見張っていたところ、常時、十名から二十名の隠れボディーガードが人混みや、報道陣に紛れていることがわかった。さらに、先日、元プリンスが結婚した相手なんだが……」
「『アイチ』の会長の隠し子だったんだろ?」
「それが、飛んだウソ。プリンスの嫁はあの組織の大将格で、空手の超人だった。気になって『月刊フルコンタクト空手』というマガジンのバックナンバーを取り寄せたら、ハルカ・ザマという女性が十二歳の時から去年まで『全日本空手道選手権大会』の無差別級に出場し、一回も負けずに六年連続優勝していた。最後の年には、防具をつけての戦いにもかかわらず、骨折者、流血者、重傷者が続出したため、協会の運営部門が『名誉十段』の称号と黄金の帯を与えて、殿堂入りということにして、今年からは出場しなくなったらしい。そんな物騒な嫁が横についている元プリンスを拉致するのに何人のプロフェッショナルが必要だい? 大騒ぎになってこっちの身が危なくなる」
ブラック・シャドーは両手でお手上げポーズをした。それに対し、ミスター・Kは、
「それはわかった。だが、他の仕事で金を稼がなくては我々のスポンサーたちの怒りに触れる」
とブラック・シャドーを見据えた。
「ああ、そのことなら大丈夫。新情報が入って来た。死んだと公表されていた、元プリンスの母親が、十八年間、ニイガタという海沿いの街にある精神病院の閉鎖病棟に入院しているという情報を得た。ウチのメンバーも案外優秀だろ。おそらく、どこの組織も気がついていない。あの組織もだ。珍しいミスだね。元プリンスは将来、政治を司ろうとしているようだ。そのために、これから国民に名前を売る行動をとるだろう。そこに、実母が生きていて、閉鎖病棟にいるとなれば、評判はガタ落ちだ。あの国はヨーロッパやアメリカと違い、メンタルな病気を『キチガイ』と差別する。そして精神病院側も、判定が難しいメンタルな病気を杓子定規に鬱病、統合失調症、発達障害などと適当に判断する。あの国の皇后がメンタルのバランスを崩されて、ずっと『適応障害』なんて訳のわからない病状をつけられ、パレスに閉じ込められていたが、皇后になった途端、一生懸命国民のために働いているじゃないか! あの国はそうやってメンタルの弱いものを本当の精神病患者にして、大量の向精神薬を投与して、殺しているんだ。向精神薬なんて覚醒剤よりタチの悪い毒さ。このマリファナを吸っている方がよほど精神にいいね」
ブラック・シャドーは話が長い。メンバーは少しうんざりしていた。
「で、誰を脅迫するんだい?」
ミスター・ロバートソンが聞いた。
「あの組織と宮内庁から両どりできると思うけど、どうだい?」
「二兎を追うものは一兎も得ず」
ミスター・キャンベルが言った。彼の表の顔は国文学者でもあり、我が国の文学を研究している。
「いや、あえて二兎を狙う。宮内庁なんてへなちょこさ。問題は、あの組織の方だ。上手に交渉しないとこのチームが全滅するかもしれない。そちらは僕がやろう。ミスター・ロバートソン、いつものファンキーさで、あの組織を混乱させてくれ。宮内庁の方はミスター・キャンベルとミスター・Kというかカトウに任すよ。スッキリやり遂げよう!」
「オー!」
物語はまだ、平和元年なので、新型コロナウィルスは流行していない。さらにフィクションなので、新型コロナウィルスはおそらく流行しないと思う。リモートではこの物語のフィナーレは飾れないからである。作者。
成田国際空港にブラック・シャドーこと黒影錠司と仲間たちが分散して到着した。ここまで仲間たちや兵隊たちは全て違う便や空路でこの国に入っている。最近のいわゆる防犯カメラの威力はテロリストにとってかなりの警戒を要する者である。一度でも逮捕されていたり、写真を撮られていると、国際警察機構のデータベースに保管され、入管で照合される。変装をしても、AIが検出するのでダメなのである。しかし、黒影錠司は絶対に、カメラ検査に引っかからない。理由は本人もわからないらしい。そのため、黒影錠司、あるいはブラック・シャドーは世界中の警察がどこも知らない、海外旅行数の多い一般人なのである。
「しかしさあ、『防犯カメラ』って名前はおかしいよな」
黒影は自動車で迎えに来た、部下に言った。
「なぜですか?」
部下が聞くと、
「だって、目の前で事件が起こっていても、録画するだけで、被害者を助けたりしないじゃないか。あれは『証拠記録カメラ』というべきさ。ははは」
部下は、一応愛想笑いをしてご機嫌をとった。
ブラック・シャドーの一味がこの国に続々と入国している頃、大元帥は北陸宮イメージアップキャンペーンという作戦に着手した。上皇陛下の隠し子ということで国民で北陸宮を知らない人はあまりいないであろうが、北陸宮の人となりを知っている人は皆無だ。まだ、世間では得体の知れない人物に過ぎない。そこで、大元帥は北陸宮をテレビ出演させることにした。しかし、民放の下らないバラエティ番組などには絶対に出しはしない。最初に選んだのは国営放送のEテレで、毎週日曜日の朝八時に放送されている『日本の美術』という地味で、誰が観るのだろうかという番組だった。大元帥は国営放送の統括プロデューサーに、北陸宮の出演を依頼したが、当初は皇室や政権に気を使ってイヤがった。しかし、大人の大好物を与えたら、すぐに出演できることになった。「全くこの世は……」大元帥は内心舌打ちしたが、目的のためにはこういう汚いことも必要である。清濁併せ呑む器量が大元帥にはあった。
収録当日のテーマは『若冲を観る』というものだった。司会はベテランの落ち着いたアナウンサー。ゲストに北陸宮と美術評論家の女性が出演した。美術評論家の女性は『開運! なんでも鑑定団』では観たことがないので、真っ当な人なのだろう。北陸宮は事前に、舞子経由で大元帥から「でしゃばらない。喋らない。微笑んでいればいい」と言われていたので、あまり画面に映ることはなかったが、「この鶏の精密さは、日本画の中でも特異なディテールですね」など、二言三言、穏やかに話した。
一ヶ月後に、その番組は放送されたが、平凡な視聴率であった。朝が弱いので完徹して番組を観た大元帥は、
「あっ、喋っちゃってるよ。間違ったこと言ってないだろうな?」
と心配した。彼は芸術音痴であった。
その日の昼頃からである。国営放送のお客さまセンターの電話が止まらなくなった。その内容は、
「今朝の『日本の美術』に出ていた男性は誰だ?」
というものだった。大元帥が思っていたほど、北陸宮の知名度は高くなかったらしい。そして番組を観た人がSNSで大騒ぎしだし、ドーンと国営放送に問い合わせた。あとで、その話を聞いた大元帥は、
「案外、この国の人って、ニュースとか新聞を見てないんだね」
と傍らにいた舞子へボヤくようにつぶやいた。
その後、北陸宮はたびたびEテレの教養番組にゲストとして呼ばれた。もう、大元帥の小手先ではなく、先方からのお招きだ。『歌舞伎中継』『国営放送交響楽団コンサート』『オペラ』などなど、あの白痴だった北陸宮がどこで、こんな教養を身につけたのか誰もわからない。舞子によると、次は『日本の話芸』すなわち落語だ。なんと萬願亭道楽が十年ぶりにテレビに出るらしい。道楽師匠は天才だが、古典落語は教科書通りに演じてしまい、放送禁止用語を連発してしまう。
「大丈夫なのか?」
大元帥が言うと、
「録画だから平気でしょう」
舞子は平然としている。
「途中でピー音ばっかり鳴る落語なんて聞きたくないや」
大元帥はボヤいた。
さて、いくらなんでもEテレばかりでは知名度の上昇にも限界がある。大元帥が放った次の矢は、総合テレビの『大相撲中継』の中日(なかび)、幕内土俵入りから結びまで、正面放送席でゲストとして出演するというものである。中日ということは日曜日だ。普段は大相撲中継を観ない人も大勢、TV桟敷で観戦する。超人気番組である『笑点』の視聴率を先週比、十パーセント下げるのが、大元帥の目標である。ただし、ジョーカーが一人いた。それは正面解説でおなじみの、北の富士勝昭さんである。北の富士さんは案外というか普段からというかおしゃべりが面白いのだが、若干、口がお悪い部分もある。もしかしたら、北陸宮にとんでもない張り差しか、あるいはねこだましを仕掛けてくる可能性もある。北陸宮がKOされる危険性だって十分にある。だが、大元帥は少しくらい、やられてもいいと思っていた。人間らしさを出すのも必要である。北陸宮が完璧すぎるとロボットのように感じられて一歩引いてしまう人も出るかもしれない。彼が今も皇族ならば、完璧でいいが、北陸宮はあくまで一般人である。人間は必ず失敗するものだ。
ところがどっこい、北陸宮は華麗な蝶のように舞ってしまった。まずは、北の富士さんが「宮さま、よろしくお願いいたします」といきなりジャブを打ってきたところを「師匠、どうぞ、忠仁と呼んでください」とあっさりかわし、横綱の土俵入りが始まると「師匠、現在の横綱は雲龍型と不知火型の二つのみですが、昔の横綱の写真を見ますと現在とは全く違う形のものがあるようですね」と何処でその写真を見たのか知らないが、強烈な反撃の攻めを北の富士さんに浴びせた。「ほう……」いつもは滑らかな北の富士さんのお口が止まる。「……忠仁さまは好角家でいらっしゃいますなあ」とりあえずごまかす、北の富士さん。たぶん、そんな昔のことまでは知らないのだろう。彼はあくまで元横綱であって大相撲研究家ではない。慌てたのは実況の大坂アナウンサーで、「すぐに、局のライブラリーで調べさせましょう」と言ってことを収めた。しかし取り組み中に答えは出てこなかった。なので取組み終了後、不満の電話やホームページに投稿が多数、寄せられた。
さて、さらに北陸宮は「高安関や遠藤関、矢後関など本名を四股名にされている関取がいらっしゃいますね。個人的には関心できませんが、師匠いかがですか?」と北の富士さんに振って「いやはや、おっしゃる通りでございます」と首を縦に振らせ、貴景勝が登場するや「大関が横綱に昇進されるためには突き押しだけではなく廻しも取れるようにならないといけないですね」と言い放って、ついに北の富士さんに「お見それしました」と白旗をあげ、あとは向正面の舞の海さんにばかり話を振っていた。
幕内取組のはじめは大した視聴率ではなかった大相撲中継であったが、そこはSNSの時代である。すぐに「なんだ、この人は?」「北の富士がやり込められている」「なんという相撲通」「ああ、この人って皇族だった人じゃねえの?」とどんどん情報が拡散され、普段はテレビをつけない人も大相撲中継を観だして、視聴率が急上昇した。最終的に結びの一番の時、ほぼ三十パーセントの視聴率まで伸び、ライバル『笑点』の視聴率を一桁に落とし、春風亭昇太師匠の眼鏡を曇らせた。ちょっとうまく行き過ぎである。大元帥は北陸宮の増長を危惧したが、国技館から帰宅した北陸宮はすぐに、遥の元へ行き「国技館の雰囲気がとても愉快でございました」と全く気負いもなく話した。遥は「それはようございましたね」と喜んだ。その話を聞いた大元帥は「なんだかんだと言っても血統ってやつはあるんだな。サラブレッドと一緒だ」と軽くボヤいた。
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