第20話 北陸宮の婚姻
あの組織の最高幹部会議が大元帥自らの発声で開かれた。普段は側近で十二神将筆頭のネロが開催の指令を出すのが通例だったため、諸将は何事か重大事が起きたかと緊張した。
会議には珍しく水沢舞子が出席していた。当然、大元帥の右隣である。
「やあ、諸君大義、大義。まあ、初めに言っておくけど、今回は戦闘の話じゃないからね。でも、今後の我らの行く末にとって重要なことだから、忌憚なく発言してくれ。まずは先日行われた、お座興の不始末の結果について、舞子に話させる。舞子、話しなさい」
舞子が立ち上がって一礼した。
「この度は、あたしの勝手な行動で、皆さまにご迷惑、ご心配をおかけして誠に申し訳ございませんでした。深く、お詫び申し上げます。それで、『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』の結果なのですが、読者投票と審査員の前での自由演技がありまして、北陸宮はどこで覚えたのかは存じませんが、日本舞踊に荒々しい民謡をミックスさせた激しい踊りを舞いまして、観客から怒涛の拍手をいただきました。その一方で黒影錠司という男がコンテンポラリーダンスとフラメンコを合わせた情熱的なダンスを演じて、北陸宮と同等の拍手を得ました。そして、審査の結果、二人が同時優勝となりました。ところが二人とも、『今後の芸能活動は辞退します』と言ったため、関係者や芸能プロダクションの方々がざわめいて、暴動寸前になり、協議の結果、結局優勝すれど賞金、副賞はなしとなり、三位のカズ・ミウラという全身赤い衣装の日系ブラジル四世が特別最優秀賞となりました。以上でございます」
舞子は疲れ切った表情で着座した。
「舞子も大女優だのなんだのと持て囃されているけど、まだまだ、お子ちゃまだなあ。今後は身を慎むように。しかし『美女と生活社』を『興奮社』の子会社にできたし、『ジュゴン』の売り上げがよすぎて、雑誌なのに増刷したそうだ。まあ、損はしてないから、今回は不問とする。だが、次の任務を与えよう」
「なんでしょう?」
「北陸宮を結婚させる」
大元帥はことも無げに言った。しかし、舞子は、
「北陸宮はまだ、十八になったばかりですよ」
と驚いた顔をした。しかし、大元帥は、
「それがなんの支障となる。法律では男子は十八歳より結婚できると明記されている。最近は女性の社会進出と男性のだらしのなさで、婚姻の平均年齢が上がっている。これが少子化の一因ではないかと思う。ここで、北陸宮が結婚すれば、早婚ブームが起こり、少しは少子化対策になるとは思わないか? 諸君」
「なるほどなあ。でも大将、俺には結婚相手を選んでくれないのかい?」
暴れん坊の悪童天子が尋ねる。
「バカか? 己のような暴れ馬に、嫁など紹介できるか! 奥さんになった人がかわいそうだ。このパワハラめ」
大元帥が叱責する。
「なんだよ大将。俺は蟻も殺せぬ優しい男だよ」
悪童が嘆く。
「心が落ち着いてる時はな。だが、お前の本質は修羅だからダメ。上の天熊寺で十年くらい修行したら住職の雷音くらいは大人しくなれるんじゃないの?」
「じゃあ、晩婚じゃん。少子化対策にならないですよ」
「お前の子どもなど、恐ろしくて見られないよ。もういい。茶番はおしまい。本題にいけない」
「はっ」
悪童が頭を下げたところで、話は北陸宮の婚姻に戻った。
「北陸宮の奥さまとなりますと、ある程度の格式、国民からの信頼性が必要になりますな」
ネロが言う。
「もちろん。それに加えて、北陸宮の身を守る護衛術が必須だと思うんだ。北陸宮の存在を危険分子と見て、暗殺を試みている組織は一つや二つではないと思う」
「たとえば、どのような?」
十二神将の一人、普賢羅刹が尋ねる。
「わからんか? 一番危険なのは政府だよ」
「ええっ!」
「北陸宮の存在によって、世論はますます、亜衣子内親王の天皇即位を望む声が大きい。しかし、阿呆氏が『おなかイタイイタイ』で退陣して簾義偉が内閣総理大臣になっても、北陸宮は無視、皇室会議も開かれていない。女性活躍と言うのなら亜衣子内親王が次の天皇になることが一番の象徴になるのだがなあ。国会議員は六十五歳定年、女性議員四十%以上って法律が作りたいよ」
大元帥はボヤいた。
「また、論旨がズレたな。本題にぶっこもう。座間遥将軍!」
「はい、大将」
「きみって十八だよな?」
「そうですけど、それがなにか……」
「よし、いまから舞子と名古屋に行って、愛知自動車の豊田会長と養子縁組をしろ。きみは日本有数の大企業の御令嬢になり、北陸宮と結婚するんだ。きみなら若くて美人だ。それに空手の超達人。北陸宮をお守りできる。最高の花嫁だ!」
大元帥は興奮したように叫んだ。しかし、
「あたいはイヤだよ、大将!」
遥が立ち上がって、抗議した。
「なんでだよ? 誰か付き合ってるやつでもいるのか?」
「いないよ……でもさあ……」
「なんだよ? はっきり言えよ。遥らしくもない」
「あたいは、あたいは……た、大将が好きだ!」
座が騒然とした。
「遥、なにを考えている。きみとの結婚は不可能であろう。わかりきったことだ。話にならん」
「でも、でも、大将じゃなきゃイヤだ!」
遥はぐずる。
「このわからずや。わかった。そこまで言うなら今晩、五重塔の最上階に来い。死を覚悟してな!」
五重塔の最上階とは大元帥の私室である。
「わかったよ、大将。今晩だね」
遥は頬を真っ赤にして、出て行ってしまった。
「なあ、ネロ。大将と遥じゃムリだよな?」
悪童が隣の席のネロに聴く。
「見たことがないからわからんが、常識的にというか、生物学的にムリだろう。下手をすれば遥将軍が死ぬか大怪我を負ってしまう」
そこに大元帥が割って入り、
「十二神将が、エロ話してるんじゃねえよ。おい、舞子。トヨタ会長に日程変更の連絡をしろ。お忙しい方だ。丁寧にお詫びせよ。じゃあ、散会!」
不機嫌そうに大元帥は退出した。
深夜、五重塔最上階。
「大将、来たよ」
遥が声をかける。
「入れ」
大元帥の声がする。遥は襖を開けて部屋に入る。
「遥よ。きみの気持ちはとても嬉しい。けれど、それを受け入れられない理由はわかるだろう?」
「あたい、わからないよ。愛さえあればどんな支障も乗り越えられる」
「それは人間同士の場合!」
「イヤだ。あたい、大将の奥さんになる。愛人でもいい」
遥は涙ながらに訴える。
「泣くな。わかった。これからきみを思いっきり抱いてやる。さあ、服を全部脱げ」
「はい」
「死んでも、身体が裂けても知らんからな。もう、濡れてるな?」
「はい。覚悟はできています」
その瞬間、大元帥は吠えた。
「ガオーン!」
遥も叫んだ。
「ああ〜、大将〜!」
翌日の定例朝礼で、座間遥将軍が北陸宮、舞子と名古屋に行き、愛知自動車の豊田会長との養子縁組をし、その作業が済み次第、北陸宮忠仁と豊田遥の婚姻届を提出。記者会見を行うことが発表された。大元帥は持病の自律神経失調症で欠席していた。
豊田市の愛知自動車本社にて、北陸宮と豊田遥の婚姻記者会見が行われた。ともに十八歳という若さ。そして美男美女。和装で現れた二人にシャッター音とフラッシュで、一瞬轟音が鳴り響いたようだった。
今日の司会はギャラがいいのでお昼の『ゴゴヒマ』をサボって来た、フリー・アナウンサーの石井亮一だ。
「わたくし、北陸宮忠仁は豊田遥さんとともに婚姻届を提出し、本日より夫婦となりました。お互い、若輩者ですが、今後ともよろしくご指導ご鞭撻をお願いいたします」
早速、記者たちから質問が飛ぶ。
「婚約ではなくて婚姻なんですね?」
「そうです」
「出会いは?」
「東京モーターショーです。本当に偶然の出会いでした」
「豊田会長にお嬢さんなんていらっしゃいました?」
話題が豊田会長に向けられる。
「まあ、実はねー、隠し子ってやつですわ。お恥ずかしい。認知はしっかりしております」
「名古屋人なのに派手な披露宴をしないで、ご不満じゃないんですか?」
「そりゃあ、不満だがや。でも二人が地味にしたいというからな。それに熱田神宮で結婚のご挨拶はちゃんとしたから。これからの結婚というのは、こういう形になっていくんでねえの」
「根本的な質問ですが、お二人ともまだ十八歳。まだ結婚には早くないですか?
」
これには舞子が答えた。
「昔の貴族はもっと早くに婚姻してますわ。それに、法律上、なんの問題があるのでしょうか?」
「そうともいえますね。ところで、北陸宮さまは豊田家の養子に入るのですか? または愛知自動車に入社して、将来の経営者教育を受けられるのですか?」
北陸宮が答える。
「いいえ、豊田家にご迷惑はおかけしません。東京に帰り、自分のやりたいことをさせていただきます」
「それは、どういったことでしょう?」
「はい、保護イヌ、保護ねこの殺処分ゼロを目指したNPO法人を作りたいと考えています。その仕事を通して、生命の大切さを世界中の方々にお伝えし、いずれは核兵器の廃絶を訴えていきたいと思っています」
おー、という声が報道陣から上がった。
「お住まいはどちらに?」
「はい。日頃からお世話になっている華麗宗天熊寺さんが檀家さんの墓地にしようとした広大な土地が売れ残っているので、住宅地に登記を変更して、新居を造ってくださると申し出てくださったので、お言葉に甘えることにしました。それまでは新横浜プリンセスホテルさんにお部屋をお借りして、仮住まいとします。やがてはお義父さまが富士山の麓に計画されている新型未来都市に定住しようと思っています」
「だいぶ、費用がかさみますね?」
「皇室から多大な見舞金を頂戴しておりますので問題はございません」
ここで、石井アナが割り込んできて、
「そろそろ、新幹線のお時間が迫っておりますので、会見を終わらせていただきます」
と言った。
「最後に、報道関係者の皆さん、テレビ等で我々をご覧の皆さん。ありがとうございました」
壇上で北陸宮と遥が深々とお礼をした。日本有数の大企業に日本の裏社会の大元帥、巨大な権力の後ろ盾を二つも得た北陸宮の将来は光り輝いているように思えたのだが……
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