第19話 黒影錠司と北陸宮

 記者会見後、北陸宮フィーバーの第二波が来た。今度は中高生や若い女性たちが、北陸宮をアイドル扱いしだしたのだ。全ては北陸宮を『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』に出場させることを独断で決めてしまった舞子のせいで、大元帥も少々ご機嫌が悪いという噂が組織内に立ち、流石にやりすぎたかもと、舞子は思い、大元帥に会ったら、叱責か、おしおきは免れないと、学園の理事長室に籠城している。


 その、大元帥の自室。

「おい。そのジュラクなんとかボーイってなんだよ?」

 大元帥は腹心のネロに尋ねた。

「わたしにわかると思いますか?」

 ネロは質問に質問で返した。

「だよなあ〜」

 大元帥はかったるそうに寝転んだ。体重がありすぎて三十分以上、座っていられないのである。

「しかし、その催しが北陸宮の品格を損なうものであれば、すぐに潰さねばならぬ。ネロよ、若い女中やメイド。それに女性隊員たちに聞いてきてくれないか?」

「かしこまりました」

 ネロは退室した。

「しかし、舞子のやつ、なにをしでかすかわからぬ、イタズラ娘だ。おとなしく、北陸宮を学園の理事長代行にして、実務は町田先生にやらせればいいんだ。全国のファンはスクリーンやテレビドラマの舞子を待っているのに、このままでは若くして大女優ではなく、ただのお騒がせ女優にランクダウンだ。精神的に大人になって欲しいわ……まさか、精神的にも大人になれないようになっているんじゃないだろうな? そいつはちょっと困る。兄の水沢舞踊に尋ねてみるか!」

 大元帥は思ったが、面倒なのでお布団に入って寝てしまった。


『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』を主催する『美女と生活社』側も、北陸宮の応募はありがたくもあり、大迷惑でもあった。確かに北陸宮のお顔は美しく、均等のとれた肉体もしている。本当の一般人であれば大歓迎の逸材だ。だが、元皇族、しかも上皇陛下の隠し子がコンテストに優勝して芸能活動を行なったりしたら、右翼からも左翼からも強いバッシングを北陸宮ではなく、この『美女と生活社』に向けてくるであろう。それは怖いことだ。だからといって、書類審査で落としたりしたら雑誌『ジュゴン』の主要購買層である女子中高生らからの反発が強くなり、雑誌の売り上げが急激に落ちて、悪くすれば休刊の恐れもある。そうしたら、コンテストも開けなくなってしまう。さらに、水沢舞子からは、はっきりとは言及されなかったが、資金提供や、舞子の写真集の出版も仄めかされている。水沢舞子はいまだかつて写真集を出版していない。もしファースト写真集を販売することができれば、百万部売れる可能性がある。なんと言っても、若くしてこの国を代表する大女優である。いままでの大女優といえばどうしたって、三十後半から四十歳である。いくら美人でも相当な修正作業が必要になる。(これは業界の秘密だ)しかし、二十四歳の舞子はスッピンでも美しく気高い。身体だって贅肉などなく、出るところは出て、ひっこむところは引っ込んでいる。ビキニの姿や、入浴シーンなど大胆なものが撮れたら、中坊からジイさんまで、大興奮で購入することは間違いない。長引く出版不況で、経営が傾き出している『美女と生活社』としてはこんなに美味しいものが他にあるだろうか? 故に、『美女と生活社』の幹部会議は、

「北陸宮を決勝までは出す! あとは審査員の先生に丸投げ!」

 と決定した。ああ、俗な世界に北陸宮は足を突っ込まされてしまったようだ。


 裏側での動きをなにも知らない北陸宮はスズメに手伝ってもらって、『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』のエントリー・シートを書いていた。しかし、履歴の部分はほぼ白紙であり、得意なものは日本舞踊・能・狂言。意気込みに至っては「特にありません」とあまりにずっこけたシートになってしまった。

 北陸宮は、

「このようなエントリー・シートで書類審査が通るようでは、舞子さまかパトロンの権力が働いているに違いないですね。とても不愉快極まりないです。だが、彼女たちの期待に応えなければ、わたくしは生きていけず、『飛鳥』の集団も放逐されてしまうでしょう。わたくしを育ててくれたスズメたちのためにもわたくしは俗世間にまみれ、恥をかいて、これから生きていかねばならぬのでしょうね」

 北陸宮は思わず裾で涙を拭った。実の母であるスズメは悲しい気持ちになって、

「今宵はウグイスを褥にお入れしましょう。精を吐き出して、心の憂いをお癒しください」

 と言って、部屋を出た。


 大元帥の元にネロが『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』および、『美女と生活社』についての情報を持って来た。

「ふーん、別に変な催しでもないし、出版社もまあ、経営が軽く傾いている程度だね。そうだ、いっそのこと『美女と生活社』はうちのグループに属する大手出版社、『興奮社』にTOBをかけさせて子会社化させてしまおう。もちろん、連結決算でウチとはつながりのないようにね。我が組織の経済産業庁長官である下ネタオヤジの森卓に伝えておくれ。頼むよ」

「かしこまりました」

 ネロは素早く出ていく。


 大元帥はただのテロ組織の首領ではない。東大卒業後、ハーバード大学大学院で経済博士の資格を持ち、なおかつ、文学、歴史にも深い造形がある。ただし、理系科目が数学以外全く理解できず、優秀な配下を獲得することで、補っている。また、優秀人材コレクターとも知られ(もちろん裏社会で)、たとえ敵であろうとも、よい人格をもった武将や、科学者を見つけると、強引にでも味方にしてしまう。初めは敵対心を持っていた人間も、大元帥の純粋で愛情深い心と、説得にほとんどの者が落ちてしまう。反対に、人間的に小狡いやつや、お金に汚いものが大嫌いで、そういうやつが首領の組織は全力で叩き潰す。なので、通称『ボランティア・テロリスト』と呼ばれている。

 その大元帥が、いま一番潰したいのは内閣と国会議員なのだが、一応国民が選んだ国会議員から選ばれた内閣であるので、グッと我慢している状態なのである。


 北陸宮は当然のことながら『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』の書類審査を通過した。次は「面接&写真撮影」である。ここに参加するには、いくらなんでも和装はおかしいだろうと『飛鳥』たちが騒いだが、彼女らは最新のファッションに疎い。そこで水沢舞子に相談したところ、

「じゃあ、スタイリストさんを連れてきて選ばせるわ」

 と決めて、業界屈指のスタイリストを連れてきて、イケてる衣装を用意してもらった。(作者、ファッション音痴につき、皆さん、適当に想像してください)

 さらに、組織の女性隊員らに見せて、一番人気があった衣装を持っていくことにした。


 面接会場の控室。

 芸能界やモデルを目指す若者がウジャウジャいて、喧騒が絶えないが、ある一角だけはお通夜のように静まり返っていた。もちろん北陸宮が座る周辺である。ここだけが異空間のようになってしまっている。北陸宮とて、その異様さは感じてはいたが、孤独に沈黙して着席していることには慣れている。それに、ここに集う若者たちには熱気がある。情熱がある。自分にはそれがない。ただ、水沢舞子に命令されてここに来たようなものだ。自分は操り人形なのかと、少しばかり、怒りの感情が芽生えつつあった。

 そこへ、

「きみ、北陸さんだろ。僕は黒影錠司って言うんだ。他のガキどもとはどうも気が合わないと思っていたらきみを見つけた。なにかきみと僕って似てないかい?」

 と黒い革ジャン、Tシャツにパンツを履いた黒づくめの男が近寄ってきた。その様子を見て、他の出場者たちが固唾を飲んで見つめている。

「話しかけてくれてありがとう存じます。北陸宮忠仁です。あなたが仰る通り、わたくしとあなたには似ているところを感じます。あなたは高貴な一族のお生まれでしょう?」

 北陸宮はことも無げに、黒影の素性を言い当てた。

「な、なんでわかったんだ?」

 黒影が驚くと、

「あなたは髪の毛はゴールドとブラックが自然に混ざり、瞳はシャイン・ブルー。肌のお色は雪のように白い。これは日照時間の少ない北欧諸国の雰囲気。でも、全体的にはこの国の香りがする。おそらくはスウェーデンあたりの国とこの国の方とのハーフ。わたくしと似ているということはスウェーデン王族の末端あたりでしょう?」

 北陸宮はズバッと切り込んだ。

「きみは呪術でも持っているのか? その通りだよ。僕はスウェーデン王室の公爵と日本人留学生だった母親の子さ。王位継承権も五十位だけど持ってる。この国の皇室の血を引くきみと境遇は変わらない。本当の僕の名前はブラック・シャドーさ」

「それは嘘でしょう。ブラック・シャドーは偽名ですね。英語ですもの」

「バレたか! 悪いが、スウェーデンでの僕の名前は言えない。僕はすごい悪人なんだ。悪い政治を行う人間や悪どい稼ぎをして庶民を苦しめるやつらを暗殺し、その仕事代として、ヨーロッパ各国の王族、貴族たちから大金をもらって、組織を作って、そのリーダーをやっている。今回、このくだらないショーに参加したのは実際のところ、きみに興味があって、是非とも知り合いになるためだったんだ」

「ショーも英語ですよ」

「それを言うなって。僕は小さい時にこの国に一旦、帰って来たからスウェーデンの母国語もヨーロッパの言語も、実はさっぱりさ。でもイングリッシュ・スクールに通っていたから、英語はネイティブに話せる。英語が話せれば、ヨーロッパ諸国の王族、貴族とだいたい言葉は通じる。わからなければ、通訳をつければいいだけの話さ」

「あなたは本当に悪者なのですか?」

「いまの仕事の実績から見れば、悪党だろうね。でも、僕の理想は差別や偏見のない全ての人類が真の平等を得られる社会をつくること。そのために傲慢な王族、貴族の金を搾り取り、やがては反撃の剣を繰り出すつもりさ」

「その考えはわたくしの考えと似ています。完全な味方になるには、まだ、いまのところ全幅の信頼が置けませんが、自由平等の社会を作ることに協力は惜しみません」

「ああ、今日のところはそれで十分だよ。これからも、仲良くしようぜ」

「こちらこそ。あなたは悪を装った善なのですね。あの方と同じようです」

「あの方って、裏の世界では最強最悪のテロ集団と呼ばれ、恐れられている?」

「そう、訳あってわたくしはお会いしていないのですが、周りの方々のお話を聞くと、とても愛情深い方だと思います」

「ふーん、そうなのかねえ。知ってる? あそこの集団は、国家公安委員会の『テロ集団リスト』に記載されてんだぜ」

「そうなのですか……しかし、その庇護を受けているわたくしの周りの方々は武将も含め、優しい方ばかりです」

 その時、黒影が係員に呼ばれた。

「じゃあな。俺たち本当に友達になろうぜ!」

「そうですね……」

 黒影は去って行った。北陸宮は、姿勢こそ変えていないが、頭の中では色々と考えていた。しかし、彼の心の内を明かすことはできない。それがこの小説のフィナーレに大きく関わってくるからである。


 黒影錠司が消えた後、北陸宮の面接と写真撮影が行われた。会場に現れた北陸宮の出立ちは、組織の若い女性隊員たちが、「これだ!」と太鼓判を押しただけに、本来の十八歳が持つ若さに煌めいていた。審査員の背中が少し、ピシッとなった。特別審査委員長は、ポーランドという売り上げ数億円というカリスマホストで、副審査委員長は、『ジュゴン』編集長の酔鯨馬謖。その他の選考委員は編集者四人だ。


 まずは、ポーランドがいきなりぶっ込んで来た。

「あのさあ、きみ。意気込みのところに『特にありません』って、じゃあなんでここに来たの? ってことになるよねえ。なんで?」

「わたくしの尊敬する方が、是非にも出場しなさいとわたくしに仰りましたので、わたくし自身に意気込みなどありませんが、ここに参りました」

 北陸宮はなんの臆することもなく正直に答えた。

「じゃあさあ、きみは尊敬する人の命令ならなんでも聞くわけ?」

「いいえ、非道なこと、倫理に反することは誰に命じられても承ることはございません」

 北陸宮はキッパリと言った。

「じゃあね、俺がタバコに火をつけろって言ったらつける?」

 ポーランドがエキサイトしてきた。たかが、ホストのくせに傲慢な態度だ!

「いいえ、わたくしはあなたのことを存じ上げません。故に尊敬のしようもありません。さらに、タバコという嗜好品をわたくしは嫌っております。なので、火をつけることはできません」

 北陸宮の顔色が少し白くなった。

「ふん、自分というものをしっかり持ってるな。さすがだよ。俺的には合格」

 ポーランドは喧嘩でも売ってくるのかと思われたが、逆に北陸宮を気に入ったようだ。最後に、

「食いつめたら、俺の店で働きなよ。すぐにNo.1になれるぜ」

 とポーランドが言って、面接は終了。


 続いて、写真撮影なのだが、どうも北陸宮は写真嫌いらしく、その上、組織の女性隊員たちも、写真の決めポーズまでは教えてくれなかった。なので、北陸宮は大相撲の横綱のように足を広げ、直立不動で腕を組んだ。それを見たカメラマンは、

「金剛力士像だあ!」

 と叫んで、シャッターを押し続けた。反対にプロフィール写真は穏やかなアルカイックスマイルを見せ、女性アシスタントたちが、

「美しい……」

 と両手で自分の口を塞いだ。


 北陸宮は八百長なしに次の審査に進んだ。

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