第18話 『平和』の光源氏?

 北陸宮のお披露目となる記者会見が始まった。


 必死に写真やビデオを回すカメラマンたち。読者の皆さまにおかれましては、くれぐれもフラッシュの点滅にご注意ください。


 同時刻に、あの組織の最高幹部会議も始まった。参加者は俗に十二神将と呼ばれる人智を超えたる能力を持つ十二人の大将軍と、選ばれし有力大将格十二名。あとは大軍師に、参謀総長二名。

 文官は各部門の長官たちが出席している。どちらかと言えば武官の数が多い。それは本来、最高幹部会議が開かれるのは他の組織との戦闘時であって、このように皆で大型テレビモニターを観つつ、討論をするような場ではないからである。また、異例中の異例で棟梁・大元帥・総大将・大将と人によって紛らわしい呼ばれ方をされているやつの姿が見られない。これは特に意味があるわけではなく、再三書いているように、彼が登場してしまうと、この小説の本質である、シリアル・サスペンス・ハードボイルドの要素が一気にギャグ小説となってしまうからである。ご了承いただきたい。よって議長は“宇宙一の大軍師”との二つ名を持つ、諸葛純沙が務めている。


 記者会見場に視線を戻そう。壇上に最初に現れたのは、美しい桜色の着物を纏った水沢舞子。そのあまりに妖艶な美しさにフラッシュでテレビ画面が一瞬真っ白になった。続いて本日の主役、北陸宮が現れる。鶯色の和装は落ち着いていて、とても彼に似合っている。国民が初めて目にする十八歳の青年は、皇族出身者とは思えぬ、整いすぎた顔をしていた。彼が現れた瞬間にSNSは北陸宮の話題で溢れ出し、Yahoo!検索ランキングではすぐに第1位に躍り出た。最後に、顧問弁護士、物干団が仕立てのいい三揃いにヘンテコなメガネで現れたが、会場も世間も誰一人、見向きもしなかった。記者の一人は、

「これは北陸宮と水沢舞子の婚約記者会見か?」

 と勘違いするほど、桜色と鶯色が調和して「日本の美」を醸し出し、いつもは騒がしい記者やレポーターも一瞬、見惚れてしまって、会場内が静かになった。

 ここで、司会進行役におなじみ首都テレビの大人気アナウンサー、安曇野純一郎と可愛さキー局女子アナNo.1の風花マグアナウンサーが会見場の隅に現れ、

「これより、皇族を離れ、国民のお一人となった北陸宮さまより、全国の皆さまに、お話がございます。まずはご本人よりご挨拶がございますので、お聴きください。その後、天熊総合学園理事長で、皆様ご存知の女優、水沢舞子さまより一言、今回の会見に至った経緯の説明があります。引き続き、報道各社からの質問等がございましたらお時間の許す限りお受けすると伺っています。なお、今回の会見に対し、皇室に関するご質問は慎重に行っていただきたいと、事前に宮内庁からファックスがこちらに届いております。お渡しした資料の中にも、その写しがございますので、しっかりとご一読ください。では、北陸宮さま、どうぞ」

「はい」

 立ち上がった北陸宮の身長は約百八十センチ。体重は八十キロに増加。肩幅が広く、頑強そうでもあるが、なんとなくたおやかな印象もある。中性的とも言えるが、ジャリーズや韓流のイケメンアイドルとは全く違う、なんとも言えない男らしさがうっすらと感じられる。まさに、皇族の血を引くものであり、人々の心を惹きつけるものが瞳の奥にある。

「みなさま、初めまして。北陸宮忠仁でございます。まずは、今般世情を騒がせながら、ご挨拶が遅れてしまいたいへん申し訳ございませんでした。この度、わたくしは、横浜市港北区役所にて、この国の戸籍と住民票を作成し、一般市民、北陸宮忠仁となりました。それまでのわたくしの半生につきましては、宮内庁から口外しないようにと厳しく忠告されておりますのでお話しすることはできません。ただ言えることは、わたくしはこれまで何者でもない、ただの落ち葉のようなものでした。人にふまれて朽ちていく。そのような者でありました。そんなわたくしを支え守ってくれたのは宮中の特別な女官たちでございます。ここで彼女らに深くお礼をさせていただきます。その女官の一人が、ここにおられます水沢先生とお知り合いになり、そのもののお引き合わせで臣籍降下を命じられて、路頭に迷っておりましたわたくしをこの学園にいざなっていただき、社会勉強までさせていただきました。これによって、本日、この国のみなさまにご挨拶をさせていただけるまでになりました。水沢先生にはたいへんに感謝いたしております。それから、今後に関してですが、わたくしの希望といたしまして、この学園に所属させていただきながら、この国が抱えております諸問題。貧困、差別、虐待。あるいは具体的なことになりますが、保護イヌ、保護ねこなど、全ての尊い生命を守り、より多くの地球のいきものが幸福に寿命を全うできるような手助けをするボランティアをしたいと考えております。まだ成人したばかりの若輩者にて、今後みなさまにご迷惑ご心配をかけることもあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。わたくしからは以上でございます」


「おお、素晴らしい発言だな」

 大型モニターで会見を観ていた十二神将の一人で、途轍もない荒くれ者なのに優しさも人一倍持っているという真の二重人格者、悪童天子が珍しく、他人を褒めた。

「三ヶ月前は白痴状態でしたのに信じられません」

 北陸宮に国語を教えた羽鳥真実参謀総長も感嘆する。

「お姿に気品を感じます」

 十二神将一の人格者、萬寿観音も感嘆の声を上げる。

「いずれは大元帥の片腕として、ネロさまとともにご活躍されるかもしれませんね」

 大軍師、諸葛純沙が言うと、

「いや、大将は宮さまを組織の役職にはつけずに、真っ当な政治家にすると俺は思いますよ」

 毒薬の遣い手で忍者衆の頭、蛇腹蛇腹が偉そうなものいいで大軍師の言ったことを否定する。

「まずは横浜市長かな? IRリゾートババアを選挙でやっつけるんだ」

 蛇腹が調子をこいて吠えると、

「バカ者、北陸宮さまはまだ十八歳だぞ。横浜市長の被選挙権は二十五歳からだ。まだ七年もある」

 十二神将筆頭のネロに蛇腹は怒られてしまった。

「こいつは失礼しました」

 蛇腹の態度にみなが笑う。さて、舞子の会見が始まるようだ。


「では続いて、天熊総合学園理事長の水原舞子さまよりのご挨拶です」

 風花マグアナウンサーが美しい声で舞子を紹介する。マグアナウンサーをご存知の読者さまは作者通であろう。感謝感謝。余談失礼。


「皆さん、お忙しい中を北陸宮さまのためにお越しくださりありがとう存じます。あたしの趣味というか好きで始めた学校教育とボランティア活動のフラッグ・シップとして、北陸宮さまをお迎えできて、とても嬉しく、とても頼もしく思います。それで、あたしは北陸宮さまのお顔を拝見して思ったんです。素敵だなって。てへっ。きっとお母さまが相当、美しい方だったんだろうって想像もしちゃいました。だって……ねえ」

 冷ややかな笑いが会場の温度を下げる。舞子は続けて、

「ですから、あたしの独断で、『美女と生活社』が毎年開催している『ジュゴン・スーパーボーイ・コンテスト』に北陸宮さまを出場させるというか応募しちゃいました。そちらの物干弁護士や、『美女と生活社』さんにも問い合わせて、『応募資格の範囲内にいらっしゃるので特に問題がない』とお答えを頂いたので出場OKでーす! ということになりました。この部分、カットしないでくださいね」

 舞子が言っていた『変わった趣向』とはこのことだったのか? しかし、これは国民の賛否両論を呼びそうだ。いくらしっかりしてそうでも所詮は二十四歳の小娘だ。報道陣はそう思った。

「宮内庁から怒られないんですか?」

 と若い女性レポーターが問いかける。

「あなた、なんで宮内庁なんて名前が出てくるの? 北陸宮さまは苗字が『北陸宮』という皇族風のもののままだから、勘違いしちゃうのもわかるけど、彼は一般の市民なのよ。市民は『日本国憲法』を守れば、自由になんでもできるの。それが自由主義、それが民主主義。うん? なんか違うかな? それにしても、あなたは勉強ぶ・そ・く!」

 舞子が強烈に嫌味を言った。今度は若くして大女優の風格を表に出してきたものだから、若い女性レポーターは顔を真っ赤にして俯いてしまった。もしかしたら泣いているかもしれない。これが糧になって将来、舞子をギブアップさせられるようなレポーターに成長することを祈りたい。


「宮内庁というか皇室から臣籍降下に対してお見舞金は出されたのですか?」

 報道系の男性記者が質問する。これには物干が返答し、

「はい、一千億円の見舞金が、皇室の財産から出されました。こちらには所得税、住民税はかかりません」

「おー」

 という驚きの声が上がった。

「まあ、手切金みたいな者ですよ。ははは」

 物干が笑うが、他は誰も笑わない。反社会的組織ではないのだから言葉は選んで欲しい。

「今後、ご結婚の予定や現在お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」

 という質問には、

「全く予定もございませんし、現在お付き合いしている方もおりません。わたくしは幼少時より女性に囲まれて育ったので、恋愛という感情がまだないようです。これから勉強させていただきます」

 と北陸宮が率直に答えた。


「では、お時間がまいりましたので、最後の締めを水沢さんにお願いします」

 安曇野アナが終了を告げたその時、

『ドカーン!』

 という爆発音が轟き、講堂の屋根が落下してきた。

「キャー!」

「ウワー!」

 と阿鼻叫喚の声。北陸宮はなぜか風花アナに覆い被さって彼女の身を守り、物干が遠くにいる舞子を助けた。安曇野アナはなんだかぼんやりしていた。


 大型ビジョンを観ていた将軍たちは、

「警備担当は誰だ! 我々の本拠地で爆破テロを起こされるなどもってのほかだ! 早く救出部隊を……」

 と慌て出したところに、大型スクリーンに舞子がニコニコと現れ、『ドッキリ大成功!』という看板を持っている。そして、

「ごめんなさい。あたしはこんなことやりたくなかったんだけど、ある方が昨日になって『今夜中に講堂の天井を発泡スチロールに張り替えて、最後に爆発させよう。ドリフのコントみたいだろ。みんな面白がるよ』としつこく命じるので、こんな派手なイタズラをしました。ごめんなさい。怪我人はいません。ではこれで放送を終わります。さようなら〜」

 と言って両手を振ったので、日本中がずっこけて、半分は笑い、半分は怒ったらしい。ああ、ついにギャグに走ってしまった。もう、しませんから許してね。


「バカだよなあ、ウチの大将はさあ。ああいうのギャグって言えるの?」

 悪童が毒づく。

「わたしから、総大将には厳しく注意しておく」

 ネロが強く言った。

「しかし、北陸宮は舞子さんではなく女子アナを庇ったね」

 座間遥という空手の名手で大将格の一人である女性が言った。

「でも、あのアナウンサー既婚だよ。プロ野球の監督と歳の差婚したはずだよ」

 蛇腹蛇腹がいう。

「結局、大将が舞子さんを守ったね」

 誰かが言う。

「あっ、それは言っちゃダメだよ。読者の皆さまに物干団が大将の仮の姿だってわかってしまうよ」

 ずんぐりムックリの十二神将の一人、猛鯨大象が止めに入ったが既に遅かった。


 なんだか、和んでしまった最高幹部会議だが、この後、大荒れに荒れることになる。


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