第16話 非情な殺戮
長野県の山間部にある、古ぼけた産婦人科専門療養型病院。
現上皇陛下に一夜のご寵愛を受け、受胎した小篠淳子のためだけに、冷成時代の天皇陛下の影の者として働いてきた『飛鳥』の集団が建設した者である。小篠淳子は女児を出産したが取り上げた産婦人科医フクロウによって、その前日に『飛鳥』のリーダースズメが『飛鳥』の集団を残すための任務として現上皇陛下のご寵愛を受け妊娠出産した男児と取り替えられた。その後、産科医フクロウは突然の病で急死した。故にこの秘密を知るのはスズメだけである。スズメは北陸宮となった実の息子にその秘密を告白するつもりも、皇族に復帰させて天皇の位を簒奪するつもりもない。ただ平穏に生きて欲しいだけだった。
しかし、世間は甘くない。北陸宮を旗頭にして、組織を大きくしようとする者たちが多数いた。そのどれもが金目当てであることがスズメには当然わかった。
だが、名画座で偶然に知り合いとなった大女優、水沢舞子の後ろ盾になっているものが、とてつもない資産を持ち、長年の幽閉によって白痴に近い北陸宮の教育を特に見返りも要求することなくしてくれるという。スズメは仕事柄、他人をあまり信じない方だが、水沢舞子なら信じられると思った。
そこへ、
「スズメさま、たいへんです。今夜、我らのアジトに、多くの組織が攻撃を仕掛けるという情報が手に入りました。今夜は新月。偶然にも多くの組織がこの日を襲撃日にしてしまったのでしょう。どうしたらいいでしょう?」
とたまたま外で傍聴活動をしていた副リーダー、メジロが焦った声で電話をして来た。
「メジロ、落ち着いて。まずその情報をデンショバトを使ってアジトのコンドルに知らせて。電話はダメよ。誰かにきっと傍聴されるから。あとはコンドルたちがうまく逃げ出してくれると祈るしかないわ」
「そうですね。でも、仲間を見殺しにするようで辛いです」
「わたしもよ」
スズメが御涙頂戴しているところに、水沢舞子が、
「敵はどのくらい? 場所は? 派手にやっつけた方がいいの?」
と聴いてきた。スズメは、
「敵はおそらく四組織、だいたい百名ずつくらい。武力はわからないわ。味方は非武装員も含めて三十ほど。武器はない。ほとんどが素手。ああ、一人、毒遣いがいる」
と答えた。
「わかった。じゃあ至急あの方に頼むから安心して」
そう言うと、舞子は持っていたバッグからイヤーフォーンを取り出し、
「ああ、いまいい? そう。この前話した、スズメさんの仲間が、ピンチなの。敵は四百名くらい、四つほどの別々な組織の武装集団みたいだから、横のつながりはないよう。場所は長野県山中にある産婦人科病院。そうね、戦闘機まで出すと、目撃者が出ちゃうから、攻撃型ヘリくらいの方がいいと思う。総指揮はネロさんにとって欲しいわ。うん、ありがとう。じゃああとで」
舞子が平然と戦闘機とか攻撃型へりなどという物騒なことを言うのでスズメは呆然としてしまった。
「あ、あの……」
「ああ、もう大丈夫よ。あの方が敵の三倍の兵力を出してくれるから。それに総大将は歴戦の勇士ネロさんだから絶対負けないし、アフターケア集団がいるから、戦闘の痕跡も残らないわ」
「舞子さん、あなたにもっと前から出会っていたら、あなたをわたしたちのリーダーにしたわ。掟破りだけど」
「ダメダメ。あたしは気に入った人を助けるのが好きなだけで、実務はあの方にお任せ。あの方も、ほとんどの仕事は配下の方に任せて、自分はお布団で寝ているか、読書しているか、パソコンをいじっているだけ。太り過ぎで動くのが億劫だとか言っているわ。でも、怒らせたら、とんでもないことになるから、それだけは気をつけて。彼は嘘と裏切りが大嫌いなの。あと鶏肉が嫌いらしいわ」
「不思議な方ですね。どうしてもお会いできませんか?」
「ごめんなさい。この小説ではダメなの。彼が出て来ちゃうと、それだけで『ギャグなし』のタグがウソになっちゃうから。その代わり、彼の代理人にこれから引き合わせるわ。代理人は彼とほぼ一緒だから、彼だと思っても間違いないわ。あれ? 北陸宮はいる?」
「ああ、いらっしゃらない! 宮さま〜!」
するとすぐに北陸宮が現れて、
「すまぬ、手水をお借りしたかったのだが、場所がわからぬ」
と少し震えながら話した。
「さあ、こちらです。ついて来てください」
「ありがとう」
三人はトイレ経由で、舞子の後ろ盾の代理人の元へ行くことになった。作者の小説をいくつか読んでくださっている方なら、舞子の後ろ盾が誰なのかは当然おわかりだろうが、やつが出て来ちゃうとそれだけで『ギャグ小説』になってしまう。本作はシリアスなサスペンスを目指しているので、わかっていても知らないふりをしていただきたい。
北陸宮とスズメは水沢舞子にいざなわれ、襖で閉じられた和風な部屋に通された。そこには山のような文庫本が積まれていて、誰かの居室とわかる。北陸宮は特に興味はなさそうだったが、いつかは読書好きになってくれればとスズメは思った。
別の方向の襖が開いて長身の中年男性が現れた。上質のジャケットを着ている。優秀そうな顔だが、ジャケットの下にある筋肉のつき方は尋常でない。年齢は四十代に見えるが、五十代かもしれない。ただ、ヘンテコなメガネを掛けているのが、チャームポイントである。
「こちらの顧問弁護士、その他、萬承っております。物干団と申します」
物干という変な苗字の男が上座に堂々と座り、なぜかダイエットコークを飲んでいる。
「北陸宮忠仁と申します」
「部下のスズメと言います。よろしくお願いいたします。北陸宮はあまり言葉の語彙を持っておりませんので、わたしが代わってお伺いいたします」
スズメが話した。
「ああ、お気を楽に、わたくしはただの顧問弁護士ですから。それに北陸宮さまやスズメさまに起こったこれまでの経緯も存じております。どうぞ、粗茶ですがお飲みになって喉を潤してください。わたくしは、ここ三十年ほど、ダイエットコークしか飲んでいませんので、これを失礼」
変な弁護士だ。
「こちらの組織が作成した『北陸宮ご成長スケジュール』はご覧いただけましたか?」
「はい、拝見いたしました」
「そうですか。この組織にはあらゆる分野のエキスパートがおります。ですが、まずは日本語。これを学習しなければ先に進めません。聞くところによれば北陸宮は、ひらがなとカタカナを読み書きできるそうですね。ならば、幼児向けの絵本をスズメさんが読み聞かせするところから始めましょう。いきなり見知らぬ教師が来ても北陸宮が不安に感じるでしょう。そして、小学校入学程度になりましたら、こちらの羽鳥真実というものに北陸宮の学習を拝見させていただきます。先程拝見した、北陸宮の脳スペックならば、半月で大学受験程度の国語能力を得るでしょう。そのようにして、主要五科を中心に学習しながら、この国の独特な拳法、剣法なども気分転換に学習していきましょう。本当にご安心ください。半年後の北陸宮は身体の中から光が漏れてくるような好男子になります。ああ、長く喋りすぎました。具体的学習は明日からとして、今夜はゆっくりお休みください。わたくしはこれで失敬します」
物干は部屋を出て行った。
その頃、長野の山奥にある『飛鳥』のアジト、つまり寂れた産婦人科病院では、ここの理事長であるコンドルを中心にメンバーが集まっていた。
「メジロが緊急電を送ってきたわ。今夜、北陸宮を拉致しようと複数の組織がここを襲撃するらしい。でも、安心しな。北陸宮がスズメと共にここにいないということに気がついていないバカ者どもよ。人数は八百名ぐらいだけど、わたしたちの能力で、倒せるわ」
「でも、三十対八百は厳しいね。うちにはニワトリやウズラ、ウグイスといった非戦闘員も含めて三十だからね」
モズが珍しく弱気になる。
「なあみんな、考えてもみなよ。わたしたちはいまの天皇陛下に、古代からお勤めしていた影働きを解雇されたんだよ。もう死んだとおんなじさ。ここは華々しく行こう!」
「おー!」
そこへデンショバトが飛んできた。コンドルが開いてみる。
「ええっ、スズメが懇意にしていた水原舞子のパトロンが二千人の武装集団をヘリコプターで、ここまで連れてきて、わたしたちを助けてくれるって。そのパトロンは、今後の『飛鳥』の面倒も見てくれるだって。すごい逆転劇ね。そのパトロンさんにお礼を言わなくちゃ」
「私たちを見捨てた、皇室に代わってそのパトロンさんのために働けばいいんだね……お名前は?」
ライチョウがコンドルに尋ねる。
「それが……匿名希望だって!」
小鳥たちはずっこけた。
産婦人科のある山の下、南側の森に『幸せの化学』の特殊部隊が潜伏していた。しかし、観測の結果、困ったことが起きていた。
「隊長、あの山というか崖ですが、土の塊でできていて、登ろうとすると、土が崩れてきて進軍できません」
「はて困った。どうしたらいいかなあ?」
すると一人の隊員が、
「どうせ、土塊で脆いなら、銃器を全員で乱射して、山を崩してしまえばいいのではないでしょうか?」
と具申した。
「いくらなんでも我々の銃器で山は崩れないだろう。ここは冬山を登るようにゆっくり一人ずつ登って行こう。みな、ピッケル、カラビナなど所持しているな!」
「はい!」
『幸せの化学』軍は登り始めた。
それをいち早く発見したのが『造花学会』の部隊だ。
「なんだ、あいつらは。『クレイジークライマー』でもやっているのか?」
「ハハハ」
隊長の言葉に意味もわからず笑う、若い隊員たち。
「まずは、あいつらをやっつけよう。撃てば当たるぞ!」
「おう!」
『造花学会』軍が『幸せの化学』軍を滅多撃ちにする。避ける手もなく落下していく『幸せの化学』軍。しかし、『造花学会』軍の後方から、新手が現れた。政府の特別部隊だ。こちらは銃器の質が違う。前方の『造花学会』軍に、ロケット弾をぶっ放す。これが『公正党』に知れたらどうなるんだ? 三つ巴の戦いは政府の特別部隊が優勢だった。
そこへ!
十数機の攻撃型ヘリコプターが上空に現れ、三つの部隊にミサイルを撃ち込む。山の途中で身動きできない『幸せの化学』軍にも容赦はない。
「かわいそうだが、ここにいる人間は全て殺せ。一人も逃すな!」
『飛鳥』集団を救出に来た組織の、総大将、ネロが非情に命令した。やがて、ヘリコプターから、落下部隊が出てきて、生き残った人間たちを無慈悲に殺害する。
「逃げたやつはいないか?」
「はい、生命反応はありません」
「よし、小鳥たちを収容しよう。半分の隊員は、全てを燃やして跡形もなくするんだ。病院も粉々にして、山も崩してしまえ。ここではなにも起こらなかったのだ」
ネロの命令で熟練された隊員たちが作業を始めた。目撃者はいないだろうが、夜明けまでに多くの無名戦士が眠る墓となる。
だが、目撃者が一人いた。
ブラック・シャドーである。彼は生体反応発見器に、理由は定かでないが映ることはない。もしかしてアンドロイド? いや、確か人間として生まれているはずでさる。謎だ。
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