第15話 北陸宮は生ける宝

 東京、某所。


「会長、我が配下の調べによると、北陸宮さまは長野のさびれた産婦人科病院の建物に匿われているようでございます」

「そうですか。護衛の者はどれくらいですか?」

 会長と呼ばれた、背のちびっこい中年男性が尋ねる。

「はい、女性ばかり三十名ほどいるようであります。持っている武器等についてはまだ調査がついておりません」

 部下が言った。

「まあ、おそらく大した武器など持ってはいないでしょう。武装部隊を百名ほどお出しなさい」

「はっ」

 部下は出て行った。

「さて、そろそろステージに立ちましょうか? 今日も熱い信者たちが私の出番を待っています」


 ここ東京キングダムドームには約六万人の老若男女が集まっていた。とはいっても、プロ野球の試合が行われるわけではない。東京キングは交流戦で福岡に遠征している。その空いた期間に三日間にわたって開催されるのが新興宗教『幸せの化学』の貢献者表彰式及び、会長大川栄策の歌謡コンサートである。会長と同姓同名の演歌歌手に、むかし『ザ・ベストテン』で箪笥を持ち上げて話題となった大川栄策さんがいるが全く血縁関係はない。


 しかし、大川会長は天国や現存の人間までもの守護霊が自分に降りてくるという、おそらく真っ当な人間ならまず引っかからないような駄ボラを大真面目に吹いて、人生の苦しみに喘いでいる人を信じ込ませ、お布施と称して大金をせしめていた。しかも、きちんと宗教法人の資格を持っているから、法人税がかなり一般法人に比べて、優遇されている。


 さて、会長の歌謡ショーだが、ディナー・ショー形式で、お一人さま十万円と五木ひろしさんのディナー・ショーより高い。でも、満席である。それにしても素人の歌である。ひどいぼったくりだと思われるであろうが、なんと会長の歌声はウィーン少年合唱団のように美しい。まるで、コンピューターアプリでで小室哲哉に打ち込ませたような声である。まあ、本当のことを行ってしまえば、金さえ出せば、小室はなんでも仕事を引き受ける状態なので、実際そうなのだが……

 会長の本当の歌声はジャイアンかダミアンかダルタニアンかというひどいダミ声の上にドルビーサラウンドの効いた超重低音で体内に相当な衝撃を与える。ちょっとしたスペシウム光線並みである。以前、暴漢に襲われた時、歌をうたって敵を撃破したこともあるらしい。だが、その歌声を聴いた味方も死んでしまったので、実際のところはわからない。


 その大川会長が、北陸宮を奪おうとしているのは、『幸せの化学』の生きた神にするためである。一応、現在は神の預言者として会長が頂点に君臨しているが、どこか物足りない。だから新興宗教として、信者数第一になれないのだと大川会長は考える。

 ライバルというか、信者数第一位の『造花学会』は、日蓮上人と言う、れっきとした仏さまがいるのに対し、『幸せの化学』は大川会長はあくまでも預言者であり、残念ながら神ではない。様々な偉人や現存する有名人が会長に降臨するだけである。そこが弱点である。しかし、北陸宮を得れば、天照大神の直系の神にすることができる。。実権はもちろん大川会長以下の幹部が握るとしても、広告塔としての役目は十分務まる。故に大川会長は半ば強引な手を使っても北陸宮を手中に収めたいのである。


 一方『造花学会』はというと、教祖が日蓮上人、つまり仏教の日蓮宗を基礎としているため、表立って日本神道の血筋である北陸宮をお迎えするのには純粋に宗教上の理由で躊躇いがあった。しかし、『幸せの化学』に北陸宮を獲られてしまうと、一気に『幸せの化学』側に信者の数を増やされることになりかねず、『造花学会』からの切り崩しもかなりあると予想されることを心配する声が幹部連中から多数起こった。故に、とりあえず北陸宮の身柄を抑えるため、こちらも秘密部隊百人を投入した。『造花学会』のような全国的な大組織には北陸宮の所在地を見つけることなどたやすいのだ。


 北陸宮を欲しているのはこの国の者だけではない。ヨーロッパの王族、貴族たちは裏のルートで影の組織と複雑に繋がっている。それらの影の組織の総取締役、ブラック・シャドー本人が密かに日本に来日したらしいとの情報が外務省機密情報部から出た。名前だけは知られているが、その実、性別も顔や姿もなにももわからない正体不明の人物。情報の真偽の程は全くわからない。しかし、ヨーロッパ在住の日本大使館の駐在武官が行方不明になっているブラック・シャドーの手によるものと考えられている。。他国の大使館職員もかなりブラック・シャドーの犯行により消えているらしい。当然、地元警察には通報できかねる秘密の事柄である。ヨーロッパ各国の警察内部にもブラック・シャドーの組織の人間が潜入しているという噂もある。一説によると、ブラック・シャドーはスウェーデン王室の上級王族と日本人女性のハーフと噂されていて、外見は日本人とほとんど見分けがつかないらしい。さらに、変装の名手で、その腕前は特殊な変装解明カメラで撮影してもわからないという。ヨーロッパ貴族はブラック・シャドーを使って、日本のITビジネスや自動車産業に裏表から参入し、企業の最先端機器を獲得するため、国民に熱狂的な支持を集めている北陸宮を利用したいという思惑があるのだ。ということはブラック・シャドーも北陸宮を拉致しようとしているのは間違いない。


 さらに、獅子身中の虫である、この国の政府にも特別機動部隊から選抜された優秀なメンバーが、簾内閣官房長官をトップとする、北陸宮監視特別集団として発足していた。その主なメンバーは天皇陛下にお暇を頂いた伊賀衆や警察のレンジャー部隊上位成績者、自衛隊の上位成績者が中心だ。北陸宮を、皇室になにかがあったときに、いつでも男性皇族としての地位に復権させるための阿呆晋三内閣総理大臣の秘密指令によるものである。そのためには北陸宮の所在や現状位置を絶えず確認しておかなくてはならない。しかし、残念ながら特別機動部隊は、現在のところ北陸宮の現在地を把握していなかった。一歩、いや、かなり出遅れた感がある。


 その他にも大小様々な集団が無謀にも北陸宮を狙っていた。広告塔、信仰の対象、ビジネス……だが、それらは巨大な組織にジャンジャン駆逐されていった。北陸宮は自分のために、多くの命が散っていることを知らない。今現在存在するのはスズメの『飛鳥集団』『幸せの化学』『造花学会』『ブラック・シャドー』それに『水沢舞子の後ろ盾』である。国家の『特別機動隊』はアジトの存在に気が付いていないので除外しておく。

 

 数多くの巨大組織が北陸宮を狙うなか、スズメは水沢舞子の後ろ盾となっているものを信じることにした。その理由は、舞子の後ろ盾だけが、北陸宮をなにかよからぬことに利用しようとする気配を感じないのだ。それに『北陸宮ご活躍プロジェクト』という膨大で綿密な資料を作り、短期間で北陸宮を真っ当な知識人にして、水沢舞子が理事長を勤めている総合学園の要職につかせるとしてあった。学園の要職ならば元皇族に相応しい、営利目的ではない職位である。変な宗教や明らかな企業等の広告塔では北陸宮だけでなく、皇室の品位も下がる。ズズメ、北陸宮、水原舞子は喫茶店前に用意させておいた自動車に乗り込んだ。明らかに護衛と思われる者たちが、敵の突撃から三人を守っていた。水沢舞子の後ろ盾が、本気で北陸宮を守る決心をしたとスズメは感じた。


 しばらく走り、車が横浜市にはいると、三人を乗せた車は、大きな敷地が広がる学園にたどり着いた。そして、車外からの出入りっぱなを敵に襲われないようにと、地下駐車場へ進んで行った。

「すごい施設ですね」

 スズメが感嘆すると、

「まあ、工費に一兆円かけたらこうなるわね」

 舞子が平然といった。

「ところで、舞子さんの後ろ盾さんにはお会いできるのですか?」

「ああ、残念だけど、この小説では彼は出てこない。だって、タグに『ギャグなし』って書いてあるでしょう?」

「なんのことですか?」

「いいの、気にしないで。彼には会えないけれど文武両道の重臣たちが北陸宮をあっという間にできる男にするわ。その前に、北陸宮の心身を検査するわ」

「検査?」

「ええ、間黒男という日本随一の先生よ。無免許だけどね。大門未知子も顔負けよ。北陸宮、この部屋に入って」

「かしこまりました」

 北陸宮は歌舞伎の人のよう(毛利衛さんが以前出ていたCMのギャグ、いやパクリです)に部屋に進んでいったが、入り口で立ち止まった。

「スズメに舞子どのよ」

「はい、なんでしょう?」

「この重たいふすまは、いくら引いても開かない」

「ああ、北陸宮さま、これはこのノブと言うものをこのように回すのです」

 スズメがドアを開けた。

「おお、縦に開いたわ。なにか、めでたいな」

 北陸宮は嬉しそうに部屋に入っていった。


「おお、来たかい。オレは無免許の名医、間黒男だ。普段はこんな簡単な仕事はしないのだが、ここの組織は払いがいいからな。若造、まず全裸になってくれ」

 間黒男は言った。

「なぜじゃ?」

 北陸宮は尋ねた。

「ああ、このお方は白痴だったな。面倒だから睡眠薬で眠らせてしまおう」

 間黒男はそう言うなり、睡眠針を北陸宮に投げつけた。裾で避けようとしたが、間一髪アウト。北陸宮は薬慣れしていないのですぐに眠ってしまった。

「意外と反射神経がいいな。もう少しで、裾で受け止められてしまうところだった」

 間黒男は驚くと、診察を開始した。

「身長180センチ。皇族にしては高いな。体重70キロ。痩せすぎだ。80はないとな」

 間黒男はデーターをコンピューターに入力していく。

「ああいけねえ。眠らしてしまったから、視覚、聴覚、嗅覚などの検査ができない。仕方がない、レントゲンや脳波を調べよう」

 間黒男は裸身の北陸宮を触診する。

「おかしいな? 長年に亘り幽閉されていたわりには骨格も強いし、筋肉もかなりある。密かに運動をやらせていたのかなあ。ああ、脳波のデーターが出てきた。うぬう、これは天才クラスだぞ。早速、MRIで脳を調べよう」

 間黒男はMRIの準備をした。その間にレントゲン検査の結果が出てくる。

「全く異常なし。内臓は正常的な発達ぶりだ。これは密かに、誰かが栄養補助をしていたな。誰だろう?」

 そうしているうちに、MRIの結果が出た。

「なんだ! このでかい脳は。それに特に脳の縮小やや脳梗塞の跡も見られない。もったいないなあ。この脳を十八年間使用してなかったなんて! 北陸宮は白痴じゃなくてこの国を救う救世主になれたかもしれない」

 間黒男は金さえ貰えば、裏事情に関係なく、見事に治療をする無免許医師だが、今回ばかりは義憤が沸いた。しかし、そう思っただけで何にもしないけど。

「寒い」

 そう声がした。北陸宮である。

「ああ、すまない。全裸だったな。この検査服を着てくれ」

 間黒男が言うと、

「申し訳ございませんが、この衣装の着付け方がわかりません」

 北陸宮が寂しそうな声を出した。

「ああそうだったな。あんたはなにもわからないんだ」

 間黒男が北陸宮に近づくと、

「わたしは白痴なのでしょうか?」

 どこで聴いたか白痴という言葉を使った。意味も知っているのだろう。

「北陸宮、あんたは育った環境が悪かっただけで素晴らしいスペックを持ってるぜ」

 間黒男が慰めの言葉を放ったが、北陸宮は、

「申し訳ございませんが、仰った言葉の意味がわかりません」

 と俯いた。

「簡単に言えば天才!」

 間黒男はイラッとして大声を出すと、

「『簡単』とは? 『天才』とは? どのような意味ですか?」

 北陸宮は知識欲求は強いようだ。

「まあ、知識はここの連中に任せよう。視力、聴力、嗅覚、味覚の検査をする。

オレの仕草の真似をすればいい」

「はい、お手間をかけ申します」

 貴族言葉の連発で、間黒男はどっとメンタルが疲れてしまった。


「おい、北陸宮に教育をさせなかったのは誰だ?」

 スズメに間黒男がどやしつける。

「恐れ多くも、上皇陛下です」

 それを聞いて間黒男がますます怒る。

「日本の象徴だったやつが、自ら国民の三大義務を破っていたんだな。この国がダメなわけだ。はっきり言う。北陸宮は脳、肉体とも高スペックだ。だが、十八歳では今後の成長、特に脳の活性化は厳しい。でも、やる価値はある。猛勉強だ! 以上。オレは約束の一億円をもらって帰る」

 間黒男は大金を持って去って行った。

「あら、案外やりがいあるね」

 水沢舞子が笑った。スズメはこれまでのことを思い、深く恥じた。


 その頃、北陸宮とスズメのいない長野県の産婦人科の周りに、偶然にも各団体の特殊部隊が、各々の存在に気がつかず、自分勝手に迫っていた。

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