第14話 北陸宮臣籍降下

 臨時の皇室会議を終えた阿呆晋三内閣総理大臣は緊急記者会見を行い、

「このたびの、皇室会議におきまして北陸宮さまの皇統譜へのご記入は認めず、臣籍降下をしていただくことになりました。個人的感想を言わせていただければ、皇位継承権を持たれる男性皇族がお一方でも多くおられた方が、未来の皇室のためにはよいのではとも思うのですが、北陸宮さまと直々に御謁見なされた天皇陛下が『北陸宮は皇族の任を果たせず』と宮内庁長官にご勅命をなされたとのご意見が皇室会議内で発せられ、これによって全会一致で、北陸宮の臣籍降下が決まりました。以上の結果により、一般の国民になられます北陸宮さまの公の場においてのご会見等はございません。わたくしからは以上であります」


 そう会見を行うと、阿呆内閣総理大臣は苦虫を噛んだような顔をして、記者たちの質問を無視して官邸をあとにした。阿呆内閣総理大臣としては男性皇族を増やして、国民の多くが賛成をしていると世論調査で公表された亜衣子内親王の天皇への即位という声を潰したかったのであるが、天皇陛下のお言葉、(うっかり総理はご勅命と言ってしまったが、これは日本国憲法下における天皇の国事行為に違反する言葉である。記者会見で誰も指摘しなかったので総理は助かった)が鶴の一声になって会議出席者全員が臣籍降下に傾いてしまった。総理は憤怒の表情で宮内庁長官に詰め寄ったが、宮内庁長官が「北陸宮は白痴でございます」と耳打ちしてきたので、ガクッと膝の力が抜けて、総理も臣籍降下に賛成せざるを得なかった。白痴の男性皇族は昔から数多くいらっしゃる。天皇家の血が近親婚で濃くなったためだと思われる。白痴の北陸宮を男性皇族として皇位継承権利者として国民にお披露目することはできない。しかしこれで、武仁さまが無事成長なされ、ご成婚されて男子を誕生させなければ、皇族から男性は本当に消えてしまう。その前に、女性天皇、女系天皇論が大きく再燃するというか、そうしなくては皇室は無くなってしまう。阿呆総理大臣は世の中が思い通りにはいかないことに改めて気がついた。


「スズメとやら、おいでなさい」

 天皇陛下が一人の書斎でスズメを呼ぶ。

「はい、飛鳥の集団のリーダー、スズメでございます」

 天皇陛下の目の前にスズメがスーッと現れた。

「目に見えぬ迅速さでありますね」

 天皇陛下は褒め称えられた。

「ありがとう存じます。して、ご命令は?」

「はい。まず、臣籍降下となる北陸宮の警護をそちらに今後もお任せしたい」

「かしこまりました。全力でお守りいたします」

「それから、古代より歴代のご先祖さまを守ってくれてありがとう。ご苦労も多かったでありましょう。しかしながら、これから、わたしの警護は一切不要です。飛鳥の集団の皆さんは今日中に皇居内から退出てください。もし、明日以降も残っていれば……わかりますね?」

「し、しかし……」

「皇室は権力におもねく佞人の集う場所ではありません。日本神道とご先祖を守る清浄かつ神聖な場所であります。よって、飛鳥の集団も、伊賀衆も不要となるのです。伊賀衆のものどもにも、先ほど暇を取らせました。平和の時代は平和な皇室から始まるのです。どうぞ理解をしてください」

「そのような綺麗ごとで世の中は回りません! 必ず皇室を利用しようという者が現れます。そのようなものを消し去るのが我々の務めです。皇室の名を汚さぬようにわたしたちは命懸けで働いてきたのでございます」

「スズメよ。もはや、大衆小説のように忍びの者、影の者が活躍する時代は終わったのです。それにわたしを殺してなんになりましょう。国の政事二何の差し障りがあるのでしょう。わたしは天皇の位を神社の棟梁としか考えておりません。わたしの祖先は天照大神。太陽神です。ただ、その光で国民を明るく照らせればいいと考えております。もうよいですか? では、お下がりなさい。御機嫌よう」

「はっ」

 スズメはもはや抵抗する余地もないと考えて消えた。


 スズメは飛鳥の集団のアジトに戻ると長期出張中のものを除く全メンバーを集め、先程の天皇陛下のお言葉を伝えた。

「なあ、スズメ。いっそ、陛下を暗殺するか?」

 モズたち猛禽類がいきりたつ。

「それはよい策じゃない。いまの陛下が亡くなれば、春風宮家へ天皇位が移る。

天皇陛下は、私たちに出て行くことを命じられたが、同時に北陸宮の守護も命じられたわ。いまの状態の北陸宮が世間にいきなり出てしまったらどうなると思う? ほぼ白痴だということがすぐにバレて、国民を大失望させた挙句、嘲笑されるか、腫れ物を触るような扱いをされるだけでゲームオーバーよ。どこかに隠れてとにかく多くの知識を詰め込み、さらにある程度の武芸も嗜める優秀な男に変えていかなくちゃ。国民が北陸宮のことで熱狂しているのは、いまのままでは長くて、三ヶ月。その間に北陸宮を急速に成長させなきゃいけないの。お顔やお姿はいいんだから、うまくいけば、世の中に本当の北陸宮フィーバーを起こせるわ。これが皇室に対する、わたしたちの復讐」

「スズメの考えは理解できたわ。でも、どこへ北陸宮さまを隠せるの?」

 珍しくツグミが尋ねた。

「それについては、考えがある。だけど、まだ協力してくれるとは確約できない。だから今日のところは北陸宮と共に長野の病院に逃げましょう。誰か、コンドルに連絡して。大量の入院患者が行くからって」


 スズメは長野に建てた病院を当座のアジトにすることにした。だが、考えてみれば、約十八年前に小篠淳子を世間から隠して、無事に出産させるためだけに造ったのがこの病院である。ということは築十八年。あの時は最新技術を導入したが、ひと時代古くなった建物の外観にはひび割れも多く、雑草がアスファルトから生えている。

「ど根性雑草ね」

 スズメは独り言をした。そして考える。

(北陸宮はわたしの実子。生きている仲間は誰も知らないけど、それでいい。私には母性本能なんてないから。それよりも北陸宮をなんとか一廉の男にして、皇室を見返してやりたい。だけど、飛鳥の集団だけでは、北陸宮の教育も資金調達もできない。私たちは宮内庁に頼りすぎていた。それに共に皇居を追い出された伊賀衆と組んでもまだ足りない……そこで、この前名画座で会った女優の水沢舞子。あの人、とてつもないパトロンが後ろについているんだっけ? ダメ元で、相談してみようかしら? でも、忙しい人だから、会えるチャンスがあるかどうか?)

 そう言いつつ、スズメは水沢舞子に電話をかけてみた。

「あら、鈴芽さん。わざわざ、電話してくれて嬉しいわ」

 舞子からとても好意的な声がした。

「あの、とても重要なご相談というか……お願いがあって、もし可能でしたらお会いしていただきたいのですが……」

「いいですよ。例のやんごとなき方のことでしょ? どうせなら一緒に連れてきてよ。和装はダメよ、洋装でね。帽子を深く被ればいいわ。きっと似合うと思う。だって、男前さんですもの。でも、誰も宮さまのお顔を知らないことになってるのよね?」

「あ、あの。水沢さんはなぜ、北陸宮のお姿をご存知なのです? いままで、わたしたち以外、天皇皇后両陛下と一部の宮内庁幹部職員しか知らないはずなのに!」

「まあ、いろいろなところにね、あたしのダディの部下が忍び込んでいるのでしょうね。あなた方のアジトを密かに偵察していたのかは、知らないけれどお姿の写真は何枚も拝見したわよ。率直に言って背が高くて、色白で素敵。これで、白痴でなければねえ……」

「そ、そこまで! 教えてください。あなたの後ろ盾はどういう方なのですか?」

「うーん、いくらあたしがお喋りでも、そこまで詳しくは言えないの。ごめんなさい。でも、この国の国家予算くらいのおか金はいつでも自由に動かせるようよ。もし、北陸宮の今後のことを相談したいのなら、口を聞くことは可能よ。そして了解を取ることもおそらく可能だと思う。ただ、北陸宮が男として独り立ちできたら、ダディのお仕事に協力をお願いすることになるでしょうね。それでいい?」

「はい。嬉しいです」

「そう。じゃあ、明日の午後二時にこの前の喫茶店で会いましょう。四時まではスケジュールが空いているからゆっくりお話ができるわ。楽しみ。じゃあね」


 水沢舞子のパトロンの財力にスズメは仰天した。舞子のジョークであろうか? しかし、北陸宮の姿を知っているとなると、自分たちより一枚上の影の者を持っていることになるし、宮内庁の幹部職員にも通じているような気配である。宮内庁ごときでなく、中央省庁の幹部にも潜んでいるかもしれない。これは、陰でこの国を支配しているものなのか? そんなものがいるだろうか? だったら、もっとまともな政治が行われている。今の政治が悪いのは、官僚や閣僚に金がないからだ。衣食足りて礼節を知るではないが、いまの政治家に本物の金持ちはいない。だから贈収賄などの犯罪が露見する。政治家全員が金持ちだったら、大きな気持ちで、国民のための政治をするかもしれない。

 くだらないことを考えすぎた。仲間たちにこの話を聞かせてやろう。反対者が出るとは思えない話だと思うが、他人の気持ちはわからない。特に十八年、ずっと北陸宮を見守り続けたウグイスがどう出るか? ウグイスはすでに北陸宮の筆おろしのお世話もしている。北陸宮も美しいウグイスを好いている。だが、水沢舞子のパトロンの庇護下に入れば、あちらの用意する女と婚姻することになるだろう。血縁を固めるためだ、仕方がない。北陸宮の性に対する関心がどれほどあるのかわからないが、他の小鳥たちには手を出していないことを鑑みると、北陸宮は若干マザーコンプレックスの可能性もある。注意しなくては。お付きの小鳥をクジャクに変える手もある。クジャクの美しさは飛鳥の集団では飛び抜けており、ピロートークの名人である。ここでは恥ずかしくて言えないテクニックもたくさんあるらしい。まあ、それでもわたしの美貌には敵わないわ、とスズメは妙な自信を持って、病院内に入っていった。


「ねえ、みんな聞いて。北陸宮の強力な後ろ盾になってくれそうな方がいるの」

「へえ〜」

 みんな一様に驚く。

「詳しくはわからないんだけど、あの大女優の水沢舞子さんのパトロンをしていて、ものすごいお金持ちらしいの」

「水沢舞子ってあの水沢舞子?」

「そう」

「スズメ、なんでそんな人と知り合いになったの?」

「この前の休暇の時、映画を観ていたら隣の席が水沢さんで、理由は忘れちゃったけど、映画の話で気があってお茶をしたら、その大物の話が出てきたの。それでね、独断で決めてしまったんだけど、北陸宮とわたしたちに援助を頼んだの。今度、水沢さんに会う時に回答をもらうんだけど、許してもらえる?」

 場はシーンとなった。

「そんな雲を掴むような話を信用していいの?」

 メジロが言った。

「まあ、賭けではあるけど、水沢さんは信用できる人だと思う」

「役者ってスターになると、意地が悪いやなやつになるって聞いたけど」

 ワシが尋ねる。

「ううん。水澤さんくらいの大物になると、口調も優しかったし、わたしの目をしっかり見て会話をしてた。タバコも知ってなかったし、マネージャーもいなかったのよ」

 スズメは力説する。

「水沢舞子がいい人でも、パトロンがどんなやつかわからなじゃん」

 モズが厳しいところをつく。

「そうね。それはモズの言う通り。パトロン本人については水沢さんもあまり話してくれなかった。今度会うときに、機嫌を損ねないように質問するわ」

「その人は北陸宮さまも同行させるように言ったんでしょ? しかも洋装でって、三揃いのスーツなんてこの辺で作れるの?」

「市内に出れば洋品店くらいあるでしょ? イージーオーダーでいいのよ。時間もないし、悪目立ちしないわ」

「じゃあ、あとはスズメに任せましょ」

 コンドルが強引に締めた。スズメにはありがたかった。


 しかし、しかしである。北陸宮の存在を欲する組織は思っていた以上にあり、強奪する機会を伺っていたのだ!

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