第13話 平和元年の話題を独り占め
平和元年五月一日。お代替わりの儀式が目白押しであるため、報道はそちらを中心に進行しているが、その裏で、取材陣はこぞって、冷成時代最後の日に突然現れた男性皇族……いや、現時点では皇統譜にも書かれず、日本国籍も有さない無国籍の上皇陛下がまもなく十八歳とおっしゃったから、現時点では十七歳の若者が一体何者であるのかと猛烈に取材活動に励んでいた。記者の一人は取材仲間の他社の記者たちに「本当に誰も知らなかったのか? どこかが明日くらいに『衝撃スクープ!』とか言って独占インタビューなんて出さないだろうな?」などと、興奮気味に聞いて回っている。取材陣のボルテージは最高潮に達していた。
しかし、天皇直属の秘密集団、飛鳥のリーダー、スズメたちの警護に齟齬はなく、約十八年、北陸宮とその秘密全てを守ってきたのだ。いっとき、春風宮家の影の者が切迫してきたことがあったが、全力で叩きのめした。その後、春風宮家には武仁さまという男性皇族が誕生し、影の者も最強の伊賀衆となり、守りの姿勢に入っているので、あまり気を使う必要はないとスズメたちは考えていた。
だが、北陸宮の登場は、またしても春風宮家にとっては大きな問題である。万が一、北陸宮が上皇陛下の第三皇男子と認められ、皇統譜にその名が記載されれば、皇位継承権第二位は武仁さまではなく、北陸宮ということになる。ご自分が天皇の位につくことには否定的な言動をされている春風宮森仁親王殿下も、武仁親王殿下が天皇になることに関しては強く望まれている。それは衣子妃殿下の強いご希望であるとも考えられている。民間の人間の血をついだ皇子が二代続けて天皇になることになるのだ。それも自分の産んだ親王である。こんな喜ばしいことはないと衣子妃殿下は思われていた。だからこそ、影の者、伊賀衆の首領、服部半蔵をこっそりと私室に呼び寄せ、
「北陸宮には津波に流されていただきましょう」
という恐ろしい命令を口にされた。
伊賀衆の頭領は、戦国の時代から服部半蔵を名乗っている。だからと言って、この服部半蔵は二百年近く生きている妖怪でも、異世界転生してきた、過去の人でもないのでお間違えなきよう。現在の首領は服部半蔵正義と言う。
平和の天皇陛下は即位の礼をはじめ、ご多忙であり、いまは報道陣と向き合うことも、北陸宮に面会することもおできにならない。報道陣はこぞって宮内庁に押しかけ、少しでも北陸宮の情報を得ようと、かなり高圧的な態度で臨んできたが、肝心の宮内庁の職員たちが北陸宮の存在を知ったのが昨日である。いくら罵声を浴びせられてもわからないものはわからない。ついに、宮内庁長官が玄関に出てきて、
「我々だって、昨日上皇陛下から聞かされたばかりなんだ! なにもわかるはずがないだろう。この愚か者どもめ、一昨日きやがれ! 斬り捨ててくれるわ」
という大暴言を吐き、即日更迭させられた。幸先が悪すぎる。キレる老人の典型だと国民は嘲った。新宮内庁長官は穏和な老人で、
「いまはお代替わりがスムーズに進むことが大事です。北陸宮さまのことは、こちらでも慎重に調査してから、皆さんに発表いたします。なお、この件について上皇陛下がなにかしらをご発言することは一切ございません。今後執り行われる『皇室会議』の提言に基づき、今上天皇陛下と阿呆内閣総理大臣が最終的にお話合いになってなんらかの談話なり、ペーパーをお配りすることになるでしょう。皆さまのお焦りになるお気持ち、重々承知しておりますが、『平和』の時代は今日、始まったばかりです。いましばらくお待ちください」
とやんわりかわしたので、報道陣の喧騒は一旦収まった。
しかし、本当に焦っていたのは阿呆内閣総理大臣である。
「新しい、皇位継承権をお持ちになれる可能性のある男子、北陸宮のご登場は、女性天皇、女系天皇を容認する学者たちの声を封じ込める絶好のチャンスです。天皇は万世一系、男性皇族が継ぐものです、もちろん古き時代に女性天皇はいらっしゃいましたが、全ては男系であり、女性天皇がお産みになられた女系の天皇はおりません。美しい国日本の象徴を守るため、頑張りましょう」
と簾内閣官房長官に力説する。簾氏は秋田のいちご農家の長男で、農家を継ぐのがイヤで、東京に逃げてきて、就職したのち、学費を貯めて法経大学に入学、空手部で身体を鍛え、自自党の大物、興梠孫三郎の秘書になり、多くの知識人、経営者との会食を重ね、地盤もなにもない神奈川選挙区で衆議院議員となった簾内閣官房長官には、お坊ちゃまである、阿呆内閣総理大臣の女性、女系天皇嫌いが理解できなかったが、自分は阿呆内閣のNo.2であるという立場を弁えており、
「早速、お代替わりの行事の第一弾が終了する十日にでも、皇室会議を開催するよう取り計いましょう。議題はもちろん北陸宮さまのご処遇です」
と阿呆内閣総理大臣に申し伝えた。
「はい。よろしく頼みます」
阿呆内閣総理大臣は明らかに疲れ切った様子でソファに座り込んだ。
阿呆内閣総理大臣は身体が弱い。中でも持病になってしまった潰瘍性大腸炎は第一次内閣の時から悪化し、内閣総理大臣を辞任する一因となった。潰瘍性大腸炎は国が指定する難病である。有名なところではプロ野球、神戸バイソンズの足立泰盛内野手が罹患している。その後、新薬ができ、それを服用することで、だいぶ病状が回復して、民民党に奪われていた政権を与党の失策の連発による自滅で再び取り戻すことに成功した。第二次阿呆政権は国民の民民党への失望から、高い支持率を維持し、歴代内閣総理大臣の最長任期までもう少しというところに来ていた。しかし、数を頼りにした自自党つまり阿呆内閣総理大臣の横暴ぶりが次第に問題になってきた。『秘密情報保護法案』『安保改定法案』など、野党の耳を聞かず、軍国主義に戻りかねない法案を強行採決した。報道側は「阿呆首相の行き過ぎ」を報道すると、首相の側近やテレビ局を管轄する総務大臣から、「偏向報道である」とクレームの電話が来ると言う。これは完全に言論の弾圧である。しかし、総務省に目をつけられると放送免許の停止などという事態になりかねない。民放各局は首を知事めるしかなかった。
その、阿保首相が政治生命をかけているのが「憲法第九条に、自衛隊を明記する」すなわち、自衛隊を正式な存在にする。そのために『国民投票法の改定』を行うことであるが、こればかりは国民の信を得られておず、与党からも批判の声が高い。『憲法第九条』があるからこそ、日本国憲法は平和憲法として世界から賞賛を受けているのだ。お坊っちゃんにはそれがわかっていないようだ。余談と長文、失礼。
平和元年五月十日。
首相官邸で皇室典範二十八条以下に定められた事項により『皇室会議』が開催された。出席者は議長である阿呆内閣総理大臣、上総宮雅仁親王殿下、同妃殿下、衆参議長、衆参副議長、最高裁長官、最高裁判事、宮内庁長官の十名である。
「まず、わたくしから……」
阿呆内閣総理大臣が口火を切った。
「我が国の皇室は、いまや存亡の危機を迎えております。男系で古代より継承されて参ったものが、日笠宮家、讃岐宮家の男性皇族の方々がご不幸にも若くしてお亡くなりになり、現在いらっしゃる男性皇族は、上総宮殿下と春風宮森仁殿下に御子息の武仁殿下のみでございます。そこに現れた十七歳、まもなく成人をお迎えになる北陸宮忠仁さま。これは上皇陛下からの国民および皇族へのプレゼントではないでしょうか? しかし、これはあくまでもわたくし個人の意見であり、皆さまと真摯な議論を尽くさないといけないことでありましょうが、個人的意見を先に申し上げさせていただけるのなら、北陸宮さまを皇統譜に書き入れ、男性皇族として遇するのがよき考えだと思います」
ここで、日頃は物静かな上総宮殿下が挙手をした。
「内閣総理大臣にお聞きする。北陸宮と申す若者、本当にわたくしの兄君である、上皇陛下のお子であるという、客観的証拠はあるのですか。また、上皇陛下の実子であっても十八年間、幽閉されていたのでしょう? 精神などにに異常はないですか? あれば皇族としての公務を行うことはできません。その辺りの調べをせずに、軽々に北陸宮を皇族として迎えることには賛成できかねます」
「そ、それは……これからお調べしなければなりません。わたくしどもの不手際でございました。深くお詫び申し上げます」
「わたくしたちは誰も北陸宮を見ていません。本日のこの会議は全くもって不毛ではないですか?」
「おっしゃる通りでございます。今日の会議は拙速なものでございました。さまざまな準備をし、北陸宮さまにもご臨席いただきまして、次の会議を開催いたしとうございます。重ね重ね申し訳ございませんでした」
上総宮殿下は上皇陛下の弟宮であらせられ、皇位継承権三位のお方だ。そのお言葉は重い。阿呆内閣総理大臣はお腹がチクチクと痛くなるのを感じながら、会議を閉じて、そのままお手洗いに直行した。そして、お薬が胸ポケットにあるのを確認した。
報道陣は北陸宮の居場所やこれまでの経歴を必死に取材したが、当然のごとく、宮内庁の職員ですら、全く答えられなかった。職員たちはみな「我々はツンボ桟敷に置かれていた」と発言したが、これは放送できない。皇室ジャーナリストを名乗るものたちの狼狽は激しく、テレビでコメントを求められても「上皇陛下はまだまだお若いですなあ」などと言ってその場を逃れていた。笑ってしまったのは、その後のCMで藤原組長が『すっぽん皇帝!』と怒鳴っていたことだった。
五月十一日の深夜。天皇陛下の御用邸に北陸宮がスズメたちに守られて密かに入った。
北陸宮は衣冠束帯の姿で、天皇皇后両陛下に謁見した。色白で長身の美丈夫であり、周りの職員も息を呑むほどであった。両陛下への挨拶も完璧だった。しかし、天皇陛下が、
「長い間の艱難辛苦、よく耐えられましたな」
と尋ねると、
「天皇陛下のおことばがむずかしすぎて、なんのことやらわかりません」
と答え、謁見の間は凍りついた。だって、皇室の儀礼以外はひらがなとカタカナしかわからない、ほぼ白痴状態なのだから仕方がない。謁見は十分足らずで終わってしまった。
翌、五月十二日。
宮内庁長官から、阿呆内閣総理大臣に緊急皇室会議実施の要請があった。
顔ぶれは前回と同じメンバーだが、緊急の呼び出しへの、不満と不安が入り混じっていた。
「それでは、会議を始めさせていただきます。まず、宮内庁長官からお話があります」
阿呆内閣総理大臣が、不機嫌そうに宮内庁長官を睨む。宮内庁長官は飄々と立ち上がり、
「今朝、天皇陛下より内々の勅令がございました。昨夜、天皇陛下は北陸宮さまに謁見をされ、言葉を買わされた結果、『北陸宮は皇族の位につけることは不可能である。早々に臣籍降下させ、日本国民としての戸籍を与えることを希望する』以上でございます」
天皇陛下には国政への参政権、決定権はないが、そのお言葉の威力は強烈である。
即日、簾内閣官房長官から、
「北陸宮に荒らせましては、臣籍降下となり、一般の国民としてお暮らしになることになりました。皇族になることはありません」
と発表がなされ、国民が大騒ぎすることになった。
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