第9話 猛禽と毒蛇
皇居内にある飛鳥のアジトにスズメが戻ると、召集をかけていたワシ、タカ、ハヤブサにハゲタカという女の子には可哀想なコードネームの娘が揃っており、あとから一仕事終えたモズもやってきた。
「フクロウは亡くなりました」
自分が殺したのにも関わらず、モズは平然と報告した。さすが、飛鳥一の殺し屋である。
「で、小篠淳子は?」
スズメが尋ねる。
「小篠淳子は命令を受けた段階で病院から姿を消していました。小娘一人ではなにもできないと思い、スズメからの召集命令を優先させてきました。なにか、問題でも?」
「うーん、そうね。小篠淳子の失踪は問題ではあるけど、いまはこっちの方が重大問題だからいいわ」
「重大問題?」
猛禽類の娘たちが声を揃える。
「ええ、春風宮殿下に仕えているらしい影の者が、我々の今回の行動に気がついたらしいの。その首領はコブラと名乗っていることまではわかったわ。春風宮殿下がヘビのご研究をしていることに忖度して名乗っているらしくて、いままで全く、我々とは関わりがなかったから正体がまだつかめてないの。でも我々の秘密任務が彼らに知られると、皇后さま思いの春風宮殿下を通じて陛下のされた一夜の過ちが皇后さまに知られてしまい、陛下のお立場が不安定になってしまわれる。陛下は皇后さまなしには生きてられないお方なの。だから、早急にやつらの正体を見定めて、できれば潰してしまいたいの」
「理解したよ。でも、そいつらを滅ぼしたら春風宮殿下をお守りする影の者がいなくなるよ」
ワシが言った。
「そんなの我々が取って代わればいいことよ。春風宮殿下には陛下をお守りする人数の四分の一も送ればいいんじゃない。皇位継承権一位は皇太子殿下なんだから、いまのところ春風宮殿下のお命を奪ってもリスクばかりでリターンはほとんどないから」
「それにしても随分少ないね。ところで皇太子殿下をお守りしているのはどこの集団なの?」
タカが尋ねた。
「わたしも知らないし、できればずっと知らないでいたいわね。その集団まで、今度の件で動き出したりしたら収集がつかなくなるわ。でも、皇太子殿下は春風宮殿下と違って、ご慎重なお方だから、妙なことには首を突っ込まれたりされないと思うわ」
スズメが答える。
「いずれは我々がお守りするお方だからね。三種の神器とともにわたしたちを譲られると知られたら、とっても驚かれるでしょうよ」
ハゲタカが軽口を言うと、
「軽々しい口を聞くものではありません!」
スズメが強く叱責した。
当座、実行しなくてはいけないことは、本当はスズメが産んだのだけれど、天皇陛下には小篠淳子が産んだと虚偽の報告をした男児とお守役に指名したウグイスがとともに生活する場所を皇居内に作る作業であった。他のものには気が付かれない場所。探しに探して皇居内の深い森に、古い座敷牢跡を発見した。スズメはこんなところにこんなものがと驚くとともに、果たしてどんな方がご幽閉されていたのかと深く考える。おそらくは、徳川将軍家にも狂った血の混ざったもの、婢女の血が混ざったものなど、歴史上の文献には決して書かれることのなかった悲劇の人物が複数人いたのだろう。それに明示維新後、東遷してきた後皇族の中にも外にはお出しできない方もいらっしゃったのであろうか? 内部に入ってみたスズメは立ち込める独特の雰囲気のようなものになんとなく薄ら寒さを感じた。仮にも親王であり、自分の産んだ男児をこの場所に幽閉するのはどうなのかしらと少し悲しくも思った。しかし、いくら皇居内を探してみても、秘密の隠れ家にするのにぴったりな場所はここしかない。昼の間にこの場所を速やかにかつ密かに座敷牢ながら貴賓のある場所に改装しなくてはならない。だが、その作業は慎重の上に慎重を重ねて行わなくてはならない。どこで誰が見ているかわからない皇居内の森の中である。特にコブラを首領とする春風宮殿下の影の集団が我々に隠れて必死に色々と探っているであろう。コブラたちのことは同じ皇居の中にいて同じような役割を担っているのになにもわかっていない。できれば本当は夜間にこっそりと改修活動したいのだが、飛鳥の集団の小鳥たちはみな「鳥目」なのだ。これは冗談ではない。古代からずっと続いている飛鳥の集団の弱点なのである。万が一、夜行性の敵が現れたら、あっという間に滅びてしまう。だが、人間は通常、昼間に動くようにできている。いくら夜に行動すると言っても人体の構造上、自ずと限界がある。よく効く催眠薬も飛鳥にはある。だから大丈夫だとスズメは思っていた。そうでなくては古代から現在まで、飛鳥の集団が生き延びてはいなかったであろう。
小鳥たちを使い、スズメは表沙汰にならないように座敷牢をせめて少しでも快適で貴賓のある住空間にするべく努力した。小鳥たちは誰も知らぬが、小篠淳子が産んだ血思われている男児はズズメの産んだ子供であり、スズメにとっては一生名乗ることはできなくても自分が腹を痛めて産んだ男児の住処である。日当たりくらいはよくしたやりたいなどと考えていた。
しかし、いくらこっそりと作業を行っていようと小鳥たちがチーチキパーチクかしましく皇居内で笑っていたら、他の者の目につかないわけがない。しかも、見つけてしまったのはニシキというコブラの集団の一人であった。残念ながらヒガシとカッチンはいない。(ああ、禁じ手の親父ギャグを使ってしまった)
ニシキは皇居内の森を管理する仕事をしていた。その仕事ぶりは上司に褒められるほどのものだったが、当然、影の者として、首領であるコブラから「天皇陛下配下の影の者がなにやら秘密の動きをしている。前後の陛下の行動から、どうも、秘密のお子がお産まれになったようである。秘密のお子とはいえ、皇居の外でお育てする可能性は低い。かといって皇后さまを愛していらしている陛下が、お子の存在を公表することもないであろう。故に、皇居内に秘密の御住居を作るはずである。きみたちは、通常の業務を果たしつつ、御住居の発見に全力を注いでくれ」と命令されていたので、絶えず周囲に神経を尖らせていた。
そして、ニシキは見つけてしまった。不用意に楽しげな声をあげる女性たちの集団をはっきりと現認したのである。初めは皇居内の若い女官たちが戯れているだけかと思った。しかし、女性たちは信じられないような力で材木を担いだり、ノコギリや鑿を使って何かを作っている。いや、建てている。
「ここだ! ここが陛下のお子の隠し家だ」
ニシキは知らぬ顔をしながら、内心興奮している。さて、このあとどう動くか? 順当であれば、首領のコブラに連絡をして、人数を揃えて一気に攻撃し、女どもを殺すか、なぶりものにして、集団の秘密を喋らせることになるだろう。
しかし、相手は五人ほどの少数。さらに女性。いくら、影の者とて、このニシキ、殺人術には長けている。相手の隙をつけば自分一人で五人くらいの生命を奪うのは簡単だ。できれば一人くらい拉致して、たっぷりと女体を楽しんでから、秘密を吐かせれば、コブラも自分の独断専行を許してくれるだろう。
「よし、行くぞう!」
ニシキは静かに木から木を飛び移り、ターゲットに近づいた。
「ふふ、愚か者が無謀な行動に出てきたわ。みんな、ギリギリまで知らぬ顔をしていてね」
「はーい」
スズメの指示に、小鳥たちが明るく答えた。いくらなんでも、我々はこんな大っぴらに活動するほどバカではない。これは陽動作戦である。もし、コブラの集団が大挙して襲ってきたら、こちらも強烈に反撃して、一気にコブラの集団を滅亡に追い込むつもりだった。しかし、我々を見つけたコブラの手下は自分一人で我々を殺しにかかってきた。まことに愚かである。影のものは武士ではない。一人で敵の首級を獲ったところで殊勲とはならないのだ。それもわからないものは、猛毒も持たない下のものであろう。「毒蛇は動かない」開高健氏の名言である。自分に本当の自信のあるものは、ドタバタと戦功を取ろうと慌てたりしないのだ。だがいい。迫り来る小物を生捕りにし、コブラの集団の実態を暴いてやろう。
ニシキは一対多数の時の常道戦法である、「敵方をパニックに陥れる」ことにして、建物らしきものの裏側に潜んで、焼夷弾を投げ込んだ。すぐに火が上がる。
「キャー」という女官たちの声がする。
「よし今だ!」
ニシキは建物の天井に飛び乗って、そこから女官めがけて、飛び降りた……のだが、誰もいない。
「えっ?」
一瞬固まるニシキ。そこに、ワシ、タカ、ハヤブサ、ハゲタカが襲いかかり、ニシキを捕らえる。モズはすぐに相手を殺してしまうので待機だ。
「にょ、女官は?」
ニシキが左右を見回すと大きなスピーカーが二台置かれていた。
「しまった! 憚られたか」
そう言おうとしたニシキの口に猿轡がはめられ、どこかに連れて行かれた。
「どこまでもバカなやつだったようだね。下の状況を見ずに飛び降りてきたわ」
スズメが呆れ顔で言う。
「ああ言う、小鳥は育てたくないわ」
飛鳥の集団のアジトで、ニシキはこの世でもっとも辛い時間を過ごし、全てを白状した。自分たちが風魔衆であること。主情のコブラの本名が風魔太郎であること。仲間は宮内庁職員や皇宮警察、庭師など多彩な職務についていること。そして、わかっていることではあるが、春風宮殿下の守護が本来の職務であり、今回の作戦はコブラにどこからかもたらされた秘密情報をもとに発動された特殊な任務であることなどである。
「ペラペラとよく喋る。私だったら、舌を噛んで死ぬね」
スズメが嫌味を言うと、ニシキは、
「ああ、そう言う手もありましたね!」
ととぼけた口を聞く。
「ふん。さあモズの出番だよ。このバカを殺して春風宮邸の木に刺してきな」
「はい」
「ぼ、僕は殺されるんですか? 一応国家公務員なんですけど」
「過去に殺された国家公務員など大勢いる。総理大臣だって殺されているよ」
スズメが言うと、モズが楽に死ねる毒薬を注射してやった。もっと残酷に殺す術もモズは持っているが、あまりのバカぶりに哀れを感じたのだ。
即日、春風宮殿下のお住まいになる、南青山御用邸の松の木の枝に、身元不明の男性の遺体が刺さっているのを職員が発見した。
その後、宮内庁職員や皇宮警察官、庭師、南青山御用邸の職員などが謎の死を遂げたり、行方不明になったりした。
コブラこと風魔太郎は、
「まずい、全ての仲間の正体がバレている。こちらはなにも知らない。これでは勝てないどころか全滅だ。一旦、退却しよう」
と春風宮殿下の承諾も得ずに、集団こと姿を消してしまった。
飛鳥の集団の完全勝利である。
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