第8話 とりかへばや物語

 コウノトリが死んだ。

 内科医のコジュケイの診断では心筋梗塞による突然死だと言う。

「あれだけ太ってればね」

「壁を飛び越えられないから、体当たりで破壊してたんでしょ」

 小鳥たちが、ピーチクパーチク鳴いている。

「次の理事長役、誰がやるのかしら?」

 ムクドリが首を傾げると、

「ムク、〜役って言い方はプロ失格ね」

 と言いながら、スズメが現れた。

「理事長はわたしがやるわ」

 スズメがにっこりと笑う。

「でも、リーダー。体調がお悪くてずっと寝込んでいたんでしょ。大丈夫なんですか?」

 ウコッケイが尋ねる。

「ええ、わたしを苦しめていたものは全て消えたわ」

 スズメの微笑みにメンバーはなにかしら怖いものを感じた。その時、

「たいへんです。小篠淳子が産気づきました」

 ナースのトンビが叫ぶ。

「みんな慌てないで。フクロウを呼んでくるわ。さあ、出産よ」

「はい」

 医師やナース役の小鳥たちが処置室へ行く。その姿を見届けたスズメはフクロウの控室へとゆっくり歩き出す。


「フクロウ、いる?」

 スズメがドア越しに尋ねた。

「いるわよ。どうぞ」

 産婦人科医のフクロウがスズメを招き入れる。

「この前は、ありがとうね。楽だったわ」

 スズメがさえずる。

「これでもねえ、あたしは名医なの。ふふふ」

 フクロウが笑う。

「で、なんの用?」

 フクロウが聞くと、

「ああいけない。小篠淳子が産気づいたんだった。処置室にいるわ」

 スズメが舌を出した。

「のんきねえ」

 フクロウが呆れると、

「淳子の子は女児なんでしょ?」

 とスズメは確認した。

「ええ」

「なら、生きて産まれても死産でも構わない。その代わりに……」

「わかっているわよ。でも、出産に関わった小鳥たちはどうするの?」

「かわいそうだけど『鳥貴族』におろすわ。だから少人数でやって。飛鳥の集団も小鳥が減っているから」

「お若い時の陛下が飛鳥の重要性にお気づきになられていたら、計画的に小鳥を育てられたのに」

「今回は七羽、生まれたわ。確率はいい」

「皇室の血ってそうみたい」

「ねえ、スズメ?」

「なに?」

「私は殺さないでね」

 フクロウが懇願する。

「恩人を殺すほど、わたしは残忍じゃないわ。ただし、秘密を漏らさなければだけどね」

 スズメの目が鋭くなる。

「もちろんよ。それこそ墓場まで。コウノトリのようにはなりたくないもの」

「あれは自然死。フクロウは長生きするわ。きっと。さあ、処置室に行って」

 スズメはフクロウの背中を押した。


 こちらは処置室。

 ベッドの上で小篠淳子が苦しみもがいていた。

「ウゥーッ、ウゥーッ」

「頑張って頭は出てきたわ。あと少し」

 看護師役のオウムが、激励を淳子に送る。

「うん、ここまでくれば大丈夫。あなたたち少し休んで。あとはあたし一人で十分」

「はい」

 少し首を傾げながら小鳥たちが出ていく。するとすかさず、フクロウは淳子の新生児を簡単に取りあげ、保育器に入れると、ロッカーの中に寝かしつけていた男の子の新生児のほっぺたを軽く叩いて泣かせ、淳子の女の子の新生児に弱い催眠スプレーをかけ、保育器ごとロッカーに入れて鍵を掛けた。

「産まれたわ。男児よ。天皇陛下のお子さまよ」

 フクロウが大声で言うと、外に出ていた小鳥たちが舞い戻り、

「素晴らしい!」

「かわいい」

「でも、この先が心配」

 と思い思いのことを話した。

 そこへスズメがやってきて、

「早速陛下に男児誕生をお伝えなくちゃ。みんな、デンショバトを連れてきて」

「はーい」

 小鳥たちは浮かれて出て行った。

「さすがね。誰も殺さないで済んだわ」

 スズメがフクロウをねぎらう。

「これからは陛下に小鳥をたくさん呼び寄せてもらって飛鳥の集団の未来を明るくするわ。フクロウ、雛鳥の誕生を手伝ってね。この建物も当分残しておくわ。フクロウが理事長兼産婦人科医ね」

「そう。で、スズメはどうするの?」

 フクロウが尋ねた。

「どうも、小鳥を狙うヘビたちが動き出したみたい。ワシやタカたちを使ってヘビを退治する。そのためにアジトに戻るわ」

「ヘビに丸呑みにされないでね」

「スズメって意外と強いのよ」

「そうね」

 スズメは処置室を出るとそのまま東京に帰った。


 フクロウはスズメが出ていくと、

「ロッカーの女児なんて必要ないわ。いれば陛下の懐が痛むだけ。そうだ、スズメが産んだことにして、飛鳥の集団に入れてしまいましょう」

 そう言って保育器を新生児室に運び、『鈴芽さんの女の子』とマジックで書き入れた。


 昏睡から目覚めた小篠淳子にフクロウは残酷な宣告をした。

「残念ながら女の子でしたが、へその緒が首に巻きついた状態で産まれ、先ほど亡くなりました」

「ええ! 信じられません。赤ちゃんを見せてください」

「ダメです。あなたの心が壊れてしまいます。しばらくこちらで静養したら、好きなところへお帰りなさい。入院費はすでに頂いていますし、当座の生活費もお預かりしています。あなたはまだ若い。うっすらとですがあたしも事情は察しています。悩みがあればご相談ください。いまちょっと、心療内科の専門医が欠員になっているので、あまり上手にご指導できないかもしれませんが……」

「そうですか……私の赤ちゃんは天国に行ってしまったのですね」

「お気持ちは重々承知しております。責任も感じています。もし、不服があれば裁判に訴えられて構いません。ですが、そうなると……」

「そうですよね。あの方にご迷惑がかかってはいけません。しばらく休ませていただいたら、金沢へ帰ります」

「ムリをなさらずにね」

 そういうフクロウに深々とお礼をした小篠淳子が処置室から出て行った。

「なんかウマすぎ。どこかでなにかがおかしくなりそう」

 森の哲学者フクロウは考え込んだ。


 フクロウは小鳥たちに男児の死を伝えた。あんなに元気だったのにと小鳥たちは悲しんだ。

「でもね、実はスズメが女児を産んだの」

 今度は喜ぶ小鳥たち。

「スズメの子だから、将来立派な飛鳥の戦士になれるわ。みんな協力してね」

「はい!」

 小鳥たちは大きな声で返事をした。


 東京に向かう車の中で、フクロウの連絡を受けたスズメは顔をしかめた。

「フクロウ、それはあなたの独断専行よ。陛下は男児を然るべき時まで、飛鳥の集団で育てろとおっしゃったのよ。死んだお子を誰が育てるのよ!」

「あっ、ごめんなさい。でも、そんな話はあたし、聞いてないわ」

「あなたはフクロウじゃなくて、いまからダチョウに名前を変えるがいいわ……うーん、いま飛鳥の集団で一番、口が硬くて信用が置けるのは誰かしら?」

「それはスズメでしょ?」

「わたしはヘビ退治の仕事があるし、飛鳥のリーダーよ。そのほかによ!」

「あえて言うなら、ウグイスかなあ」

「ああそうね。あの娘なら口数も少ないし……このこと、絶対に口外しないで。理事長候補はたくさんいるからね」

「わ、わかったわ」

 電話は切れた。スズメは路肩に止めていた車を動かし、一路東京へ向かった。


「メジロ、メジロおいでなさい」

 書斎で天皇陛下が飛鳥の集団、リーダー代理のメジロをお呼びになられた。すると現れたのはメジロではなくスズメだった。

「スズメよ。お久しぶりですね。長く患っていたと聞きましたが、回復しましたか?」

 天皇陛下は優しくお言葉をかける。

「デンショバトから聞きましたが、男児が産まれたそうですね。母子ともに健康ですか?」

「お子さまは、健やかですが、小篠さまは産後の肥立が悪く、哀れにも亡くなりました」

 スズメは平然とウソをつく。いずれ舌を切り取られるだろう。

「そうか。まだ若いのに、わたくしの欲望のために可哀想なことをしました。ご遺骨はどうされました?」

「はい、四十九日までは病院でお預かりしております。小篠様には身寄りがないようなので、その後は病院の近くにございました没落寺という寺院にお納めできるよう取り計らいました」

「もう少し、真っ当な名前の寺院はなかったのですか?」

 天皇陛下は少し悲しい顔をされた。

「はい、名前は変ですが、近隣ではよき寺と評判でして、住職もたいへん、位の高い僧侶だそうです」

 これも、ウソかまことかわからない。

「いずれにしても、天皇の位におりますわたくしが、軽々に寺院に入ることはできません。わたくしに代わり、永代の御供養をお願いいたします」

 そうおっしゃると天皇陛下は一千万円入ったアタッシェケースを机のしたからお出しになり、

「スズメの偽名でご寄進してください」

 とアタッシェケースをスズメに渡した。

「ところで陛下。ご皇室にヘビをコードネームにした影の者をご利用になっておられる方はいらっしゃいますか?」

 スズメが質問をした。

「はて、皇室の影の者とは飛鳥の集団だけではないのですか?」

「失礼ながら、陛下が皇太子の時代は別の影の者がお見守りさせていただいたはずです。我々はあくまでも、天皇陛下のみをお守りしてきた集団でございます」

「そうなのですか……幸いにと言うか、わたくしが皇太子であった時には、影の者とは、このように口を交わすことはありませんでした」

「そうですか。失礼いたしました」

 スズメは立ち去ろうとした。すると、天皇陛下が、それを引き止めになられ、

「ヘビと言えば、森仁であろう。あれはヘビの研究者として世界的権威がありますからね」

 とおっしゃった。

「しかしながら、親王さまのご研究と影の者のコードネームは別物」

 スズメが否定すると、

「スズメとて別の名前があるでしょう。森仁の影の者があれに忖度して、遊び心でコードネームをつけたかもしれませんよ。ところで森仁の影の者がなにか?」

 天皇陛下はお尋ねになった。

「はい、実はあちらの影の者が、今回の件について、調べを始めているようでして、親王さまのお耳に入る前に、あちらの影のものを潰さないといけないと、こちらも動いております」

 スズメが答えた。

「それはいけません。森仁が知れば、必ず真紀子にも知られてしまいます。そうならないように、まことに面倒を掛けますが、ヘビの頭を踏み潰してください」

「かしこまりました」

 そう言うとスズメは風のように消えた。


 アジトに戻ったスズメはすぐにフクロウに電話をかけた。

「ああ、フクロウ」

「あたしはダチョウなんじゃないの?」

「ごめんごめん、冗談よ」

「で、なんの用?」

「ああ、お願いがあるんだけど、小篠淳子を殺してくれる?」

「えっ、彼女はもう関係ないんじゃないの?」

「淳子が生きていると知れたら、陛下のお心が揺れてしまうでしょ? だからよ」

「でも……」

「そうよね。あんたは産婦人科医。人を生かすのが仕事。淳子を殺すのはムリかもね。じゃあ、こうしましょう。モズにわたしの命令を伝えてくれればいい。それからモズには仕事が済んだら、東京に戻ってくるように言って。変なヘビの集団が春風宮殿下に付いて、わたしたちの仕事を調査させているみたいなの。まだ、正体もつかめていないからとっても危険だわ。そちらも注意してね」

「わかった」

 電話を切ると、フクロウは憂鬱になった。元々、飛鳥の集団の女として生まれ、鍛えられてきたから、人を殺すことに躊躇はなかったが、天皇陛下のご慈愛を受けた若鳥たちが産んだ赤ちゃんを見ているうちに、心の中に隠していた母性本能や優しさがつい、表に出てきてしまう。そえに、小篠淳子はもう用済みの人間だ。別に殺さなくてもという思いもある。けれど、スズメは怖い。コウノトリですらあっさり殺された。他人の生命以上に自分が大切だ。だからモズを呼び出した。

 

 だが、モズがいくら探しても病院内に小篠淳子の姿はなかった。フクロウがその連絡をスズメにした直後、モズがフクロウの背中に注射針を刺した。フクロウは苦しむことなく逝った。モズは東京に戻り、コンドルが新しい理事長になった。

 小篠淳子の行方は全くわからない。

 


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