第6話 スズメ身籠る

 夕日新聞社とテレビサンライズが共同で行った、北陸大震災への行政の対応についての世論調査の結果が出た。


  Q 今回の北陸大震災の復興に対して、政府は適切な政策をしているか?

   している 32% していない 62% わからない・無回答 6%


  Q 政府は今後、更なる復興対策を推進するべきか?

   するべき 80% 不要 10% わからない・無回答 10%


  Q 阿呆内閣総理大臣はもっと被災地を視察するべきか? (現状一回)

   するべき 94% 不要 3% わからない・無回答 3%


  Q 天皇陛下は月一回のペースで被災地にいかれているが適切かどうか?

   適切である 53% 多い 47% わからない・無回答 0%


 以下省略。


 この世論調査が発表された冷成十三年十一月十四日。天皇陛下は皇后陛下といつも通り朝食を摂られ、食後の皇居内散歩を楽しまれ、お茶を飲まれたあとに、夕日新聞をご覧になられた。そして、宮内庁長官をお呼びになられた。

「陛下、いかがなされました?」

 宮内庁長官が尋ねる。

「今日の夕日新聞の世論調査は見ましたか?」

「はい、夕日はいささか左寄りでございますが、おおむね調査の結果が民意かと思われます」

「そう。ではわたくしは少々、被災地に行ったのが多すぎたのかもしれませんねえ」

「いえ、決してそのようなことはないと存じますが、被災者も陛下のご訪問で元気が出る反面、高貴な方をお迎えするというかなり緊張するような部分もあるかもしれぬかと思われます」

「なるほど。では訪問はしばらく遠慮をしましょう。わたくしも『世界うなぎ研究学会』に提出する論文の執筆があります。少しの間、公務を減らしてもらいますか?」

 天皇陛下が宮内庁長官に申し伝えた。

「かしこまりました」

 宮内庁長官が退出する。

「ということで、皇后よ、わたくしはしばらく書斎に籠りますから、あなたはゆっくりと過ごされなさい」

「陛下、あまり根をおつめになりませんように」

「ははは、天皇になって、うなぎの研究だけが心休まる時ですよ。もちろん、皇后と一緒の時を除いてですが」

 天皇陛下は書斎に入っていった。その後ろ姿をご覧になっていた皇后陛下の微笑みがいつもより硬いように見えたのは目の錯覚だろうか?


 天皇陛下は書斎に入られると、窓に向かって、

「スズメ、スズメおいでなさい」

 とおっしゃいました。

「はい、状況報告でございますね」

 いつの間にかスズメがいつもの黒いスーツで現れ、天皇陛下がまだなにもお尋ねになっていないのに報告を始めた。スズメはせっかちなのであろうか? そういえば、鳥のスズメも落ち着きがない。

「さて、小篠女史はいかがしました?」

 天皇陛下がお尋ねになる。

「はい、無事に我々の懐に収めることができました。他の一般人の目に触れることはないでしょう。他の組織に気が付かれた形跡はございません。ただ、これらはあくまでも我々の主観であり、実は他の組織に気が付かれている可能性を否定することはできません。できればそうでないことを願っております」

 スズメは淡々と話す。行動の素早さとは正反対にゆっくり丁寧な報告である。

「小篠女史やお腹の子は健やかですか?」

「我らの産婦人科専門医師であるフクロウが毎日健康をチェックしておりますので、ご安心ください。ところで陛下」

「なんでしょう?」

「まだ先の話ですが、いずれX線検査で男児か女児かをお調べすることができるのですが、陛下の許可なくしてその行為を行うのは僭上の沙汰と考えておりました。できれば、その後の準備の取り掛かりに差ができますので、我らの希望を汲んだご裁断をいただきたいのですが、いかがでございますか?」

「そうですね。わたくしもできることでしたら早く知りたいのでその件は許します。その代わり、結果は隠さず迅速に伝えてください」

「かしこまりました。結果がわかり次第、デンショバトをお送りします」

「ありがとう」

「それと陛下、これは申しあげにくいことなのですが……」

「ほう、そなたが珍しい。遠慮なくおっしゃりなさい」

「申し上げます。次世代の飛鳥を担うものが徐々に不足してまいりました。できれば、十羽ほどの若き小鳥にご慈愛をいただきたいのですが……」

「ああ、そうでしたねえ。しかし十羽とは……わたくしの齢を考えてみてください」

「そうおっしゃいますが、我々がいまお守りしているお子はどなたのご寵愛を受けた方のお子でしょうか? それにあの特別なもの……」

 そう言いつつ、スズメの頬はほんのり赤くなった。

「仕方がありません。天皇という存在を守るための儀式ですからね。五日に一羽ずつ、こちらに飛ばしなさい。ところでスズメは若き小鳥ですか?」

「はい、今回が最後の若い小鳥かと……」

「そうですか。では衣服を全てお脱ぎなさい。そして机に両手を置いて。そう、ではこの秘薬を我ら共に嗅ぎましょう。この天皇の位についたものだけが使うことが許された秘薬。まさか、皇后が育てておる繭の遺骸をわたくし自ら煎じているとはわたくしと飛鳥のものどもしか知るまいのう。うぬ、もう少し、潤いをさせようぞ」

「ああ……ありがとう存じます」

「胸の蕾を撫でましょうか? それとも秘所の小豆を茹でましょうか?」

「ど、どちらもお願いいたします」

「そうか。欲張りですねえ。しかし、よく働く若鳥ゆえ、そうして進ぜましょう。おお、ここに小筆があります。これで蕾の周りを撫でましょう。きっと季節外れの梅の花が咲きましょう。小豆はわたくし自らの舌でお味見をいたしましょう。いかがです?」

「は、早く天に昇らせてください!」

「ふふふ、気の早い。では、共に天に参りましょう」


 しばらくののち、

「ご慈愛、しっかりといただきました」

 黒いスーツのスズメが礼をした。

「よき小鳥が生まれるといいが」

「そればかりはなんとも……」

 ここで、天皇陛下は深くため息をおつきになられた。

「皇室は女性ばかりだというのに……生物学的には男性の方が女性より多く産まれると言われています。男性は染色体が安定しておらず、心身ともに弱いので死亡率が高く、そのために進化の過程でそうなったと言われています。しかし、我が皇族はその反対。おそらくはご先祖様方が近親婚をしていたツケか……さて、スズメよ。わたくしはうなぎの研究論文を執筆していることになっていますので、下がりなさい」

 と天皇陛下が言われた時にはスズメの姿はもうなかった。ただ、ピヨピヨと庭でスズメがエサをついばんでいる、なんとも心地よい鳴き声がするのみである。


 その後、スズメは小篠淳子のいる長野の療養型妊婦女性専門病院(いまは『コウノトリ産婦人科専門病院』という看板が付けられている)に清掃員に変装をして、滞在をしていた。特に小篠淳子を見張るというわけでもなく、このところの重大ミッションを行ったことで、若干ストレスが溜まったので、信州の清々しい空気と風景を観て、精神のバランスを整えようと考えたのだ。しかし、なにか心にシコリがあり、それを取り払うことができないでいた。


 そしてついに、少し精神に変調があると自覚したスズメは、この病院の理事長、鴻池鳥子を演じている飛鳥の長老格、コウノトリに悩みを相談した。コウノトリは、日本女子医科大学を卒業しているれっきとした医師なのだが専門は外科で精神科も産婦人科も専門外なのではあるが、スズメの話を聞いて一言、

「あんた、ここんとこ生理来てる?」

 と率直に尋ねた。

「あっ、来てない!」

 スズメは驚いた。ということはまだ確定ではないが、天皇陛下のお子を身籠った事になる。

「スズメ、しばらくリーダーはメジロに任せて休養をしな。まだ、男の子か女の子か検査はできないけれど、数ヶ月したらX線検査ができる。中絶はその時期ではもうできないから、男の子だろうが、女の子だろうがとりあえず出産はしなくちゃいけない。そのあと男の子だったらあの世に旅へ出し、女の子だったら飛鳥に入れて、地獄の特訓で鍛えるんだね」

 コウノトリは言った。

「ねえ、コウノトリ、わたしが男子を産んだら陛下の血を受け継いだ、貴重な男性皇族でしょ? なぜ殺さなきゃいけないの?」

 スズメが尋ねた。

「理由なんかないさ。古代から、そういう決まりになってるんだ。それも「絶対」という言葉がつくものね。もし、あんたが男の子を産んで、その子を生かそうと策略したら、あんたは飛鳥の反逆者になり、あたしたちに殺されるだけだよ。余計なことを考えなさんな。飛鳥には親子の愛情なんか存在しない。あんただってわかってるでしょ?」

「そうね。ちょっと夢を見ちゃったんだね。手間かけてごめん」

 スズメは理事長室をあとにした。


 コウノトリには納得したように見せかけたスズメだが、やっぱり納得いかない部分がある。だからかどうかわからないが、スズメは天皇陛下に身籠ったことは知らせず、体調不良で入院するためリーダー代理にメジロを送るので、次からは御用の際にはメジロをお呼びになってくださいという伝言だけをデンショバトに預けた。

 それから、清掃員の仕事も辞めて、小篠淳子のいる個室の隣の個室に入院した。小篠淳子担当者は他にいるのでスズメが関わる必要は全くないし、逆に担当者の迷惑になる可能性もあるが、なんとなくそうしたかったので、強引にそうしてしまった。そのことを知ったコウノトリは、

「あんた、鬱病か統合失調症になりかけてんじゃないの?」

 と言って、抗鬱剤やら精神安定剤やらを大量に持ってきて、

「これ、全部を朝夕のみな。どれか一つは効くだろう。あんたが元気に働いてくんないと、あたしが働く羽目になる。あたしは面倒が大嫌いなんだ。養生しな!」

 といい加減なことを言って帰っていった。だが、スズメにはわかっていた。これらの薬は全て毒であると。おそらくは、スズメを除いた飛鳥のトップ会議で、スズメの排除が決まったのだろう。この薬は飲んではいけない。しかし、個室のどこかには絶対に監視カメラが付いていて、スズメの行動は全て見られているだろう。スズメはこの病院の建築には関わっていないので、監視カメラの位置はわからない。どうするか? 考えた挙句、コウノトリの不在を狙って理事長室に侵入し、おそらくパソコンのフォルダの中に設計図などが残っているだろうから、それを見つけようと閃いた。しかし、コウノトリが席を外すような重大事はあるだろうか? ただでさえ、腰の重い女だ。コウノトリが動くのを待つのはかなり難しい。とりあえず、飲んだふりをしてパジャマに入れ、しばらくしたらトイレに流そうと決めた。まさか、下水までは調べまい。この病院はあくまでも小篠淳子一人のための病院だ。スズメの入院は単なるアクシデントである。スズメはこの病院ではなく、普通の産婦人科を受診すればよかったと激しく後悔した。だが、もはや後の祭りだと思われたのだが……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る